ルーシィ・リヴィングストンの日常⑥

承前

「んぎゃっ……!!」

必死で悲鳴を押し殺す。恐怖に起因するものではない。平時であれば「きゃわいい」という年頃女子に相応しい黄色い嬌声であったところ、あまりの不意打ち具合と無理な嚙み殺しのせいで、意図せず濁音が付いた形だ。

狭いながらに整理整頓が行き届いたわたしの城・教会の台所にて、さっそく件のティーセットでお茶をしようと梱包を解いたわたしだったが、ティーポットの蓋を開け、中身を覗いて仰天した。だって……

ポットの中から、毛むくじゃらの小さなネズミのぬいぐるみが、眠たそうな目をこちらに向けていたのだから。

わたしはなんかもう、たまらなくなってしまって、口を押さえてしゃがみ込み、ばくはつしそうになる感動と戦う他なかった。下手に騒いで、こんな高そうなモノを(そういえば値段を聞くのも忘れていた。なんてことだ。)持っていることがノートンさんにバレたら、きっとまた面倒な事になる。このティータイムだけは、誰にも邪魔されるわけにいかない……。

お洒落なポットの中に詰め込まれたかわいいネズミ。この茶器が、どれほど豊かな文脈の上に成り立っているものであるのかを、わたしは知らない。だがその雄弁さはわたしの無知を破り、心を震わせるに余りある。

ここに神父さんがいれば、と思わざるを得ない。この感動を共有する相手が、今すぐ欲しかった。それに、彼女ならこれらの参照元のことを知っているはずだ。いつも通り、得意げな顔で楽しげに、歌うようにわたしに講義をしてくれるに違いないのに……。

――錬金術とはつまり、世界に刻まれた共通認識を利用するすべなのですよ。

「板」に……世界に刻まれた物語、その登場人物や情景を引用・参照する事で、界の隔たりを超えて力を引き出す。……まぁ、「有名なあのお話からの引用だから、特別な力や効果があってとうぜんじゃん」って、こう……みんなから納得と同意を引き出す、昔のネタの威を借るというか……錬金術で作られたものの効果っていうのは、だいたいそういうものでして。

だから、知られなければ納得は生まれない。もし、かつては当然の景としてそこにあり、世界のあめつちとして認められていた物語が誰からも忘れ去られてしまったとしたら、それを参照した錬金術も、力を失ってしまうかも知れません。

でもね、単なる引用、模倣、猿真似も、本物と比して無力なわけでは決してないんです。

知る人ぞ知るあのネタを。かつて栄えしあのスレを。わたしたちの手で模倣し、今の時の流れの中で新しい物語を加える。

真にすぐれた引用と参照は、時に認識の隔たりすらも超えて響く。わたしたちは、「木霊を放ち投げ返す」と呼んでいます。

わたしたちには、何度でも「語り直す」機会が与えられている。加速し続ける時の流れと、忘却に抗う権利"だけ"は、なんびとにも――

神父さんは、数日前から教会を留守にしている。黒ずくめの、三角帽子を被った怪しげな男性と二人で、えらく深刻そうな顔でアップルパイを齧ってから、置き手紙一つで居なくなってしまった。

「困ったことがあったらノートンさんに言ってくださいね」じゃあないんだよと憤慨はしたものの、残していったアップルパイがめちゃくちゃ美味しかったので許したのだった。神父不在の旨を掲示さえしておけば、特に誰が困ることもない。

お湯が沸くまでしばらくかかる。気を紛らわすついでに、折角だから改めて考えてみることにしようか。

「教会の神父さん」。彼女が一体何者であるのか。

***

次話

#しぃのアトリエ #AA長編 #小説

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