Who?Des Galateaの日常④

承前

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「フー・ダシガラットという人物を、お探しだそうですね。」

声を掛けられたのは、BAR.タカラギコを背に歩いて西へしばらく、職人通りも半ばを過ぎたあたりの事だった。

「奇遇ですねぇ。実は私も、人を探していたことがあるんですよ。」

通りに面した大きな一枚窓の向こうには、傷薬から食料品、冒険者向けの雑貨や武器まで幅広くスタンダードで堅実な品揃え。レンガと漆喰の壁に品のいいランタンが下がり、扉にはシンプルに「open」の表示。

「フーズマリー・トラウム……フー先生という人物なんですけど。」

アトリエC、その店主シーナ・タウンゼント。バケツとひしゃくを手に、ちょっと打ち水にでも店先に顔を出したていである。

「よければ情報交換でもしません?」

言いながら、ドアに掛かった札を「close」へとひっくり返す。

「不肖の弟子は外出中で、店番役もなかなか捕まらないもので。……お茶くらいならお出ししますから。」

***

フーズマリー・トラウム、フー先生。

彼女は私の憧れでした。錬金術師の先生としても、「正義の味方」としても。

……亡くなったと聞いています。獄中で。

アカデミー地下深くにて繰り広げられた「凄惨な狂気の錬金術」。
高名な錬金術師複数名の死。
身寄りのない子供を中心とする多数の行方不明者。
錬金術における至上命題、その禁忌。

詳細は結局のところ明かされず、噂が憶測を呼びアカデミー上層部からついに箝口令が出るに至り、その首謀者であると目される彼女の名前はギルドから……世界から抹殺されました。

あの人のことだから、おおかた誰かを庇い立てして自ら罪を背負ったんでしょう。

笑えます?私はそう信じていましたし、今でも信じ続けているんですよ。
アカデミー史上最大級の汚点、闇に葬られた事件の真相を、私は追求し続けました。その奥に、きっとわたしの「正義の味方」の真実があると信じて。


おじいちゃん、違うよ、フー先生は悪くないよ、なんて。

誰に何を言われようと。彼女自身が何を語ろうと。――

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あの人は、わたしの正義の味方でしたから。

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忘れなさい、良い子だから。そう言い聞かせる祖父に、縋り付いて。

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ちゃちなペテン、或いは、そうあってほしいと言う儚い祈り。

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その無力さを知ったのは、思えばあの時のことだったかもしれません。


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――あの事件の真相を一部なりとも知っていたはずの祖父が、私に事件の事を何一つ語らずにこの世を去った時。

「ああ、あれは自分の知るべきではないことだったんだな」という不思議な納得が、ストンと胸に落ちてきて。

それきり、私は忘れることにしたんです。何もかも忘れて、ただ自分のための日常を送ろうと、そんなふうに。

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……なーんて、ね。


姿形がよく似た人物は、つい最近目にしたんですよ。

一瞬ドキッとしたんですけど、中身はあの人とは似ても似つかない……悪役気取って、はた迷惑の限りを尽くす、まるでちっちゃな子供みたいな奴で。街総出できつくお灸を据えてやったのを覚えてます。

今では、どこかで静かに反省でもしてるんじゃないですか。……アレはそんなタマでもないか。

そういえばそいつ、こんな風に名乗ってましたっけ。

悪の科学者、フー・ダシガラットって。

***

「これ、良かったらどうぞ。」

そう言って彼女が差し出したのは、つやつやとルビー色に輝くりんご飴だった。

「……らしくないじゃない、いったい後でいくら請求するつもり?」

シーナ・タウンゼントは、町一番の守銭奴で通っている。
その徹底ぶりはいささか滑稽な程だが、彼女のスタンスは等価交換を原則とする錬金術を深く信奉するが故のものであり──もしかするとそれは、「ちゃちなペテン」そのものとしての脆さ、無力さを身に染みて知る者としての振る舞いなのかもしれなかった。
なにより彼女の明かした情報はアタシにとって値千金の価値がある。対してアタシの方は何一つ、彼女の探し人に対して有益な情報を提供することができていない。訝しみたくもなるものだ。文字通りの冗談半分……。

「お近づきの印って奴です。」

はい落とさないでくださいねーと、アタシの手に飴の持ち手をしっかりと握らせる。

「あなたとはいい関係を築いていけそうですから。……似てるんですよねー。そう、とても良く似ている。まるで、」

りんご飴の深い赤を視線ですくい取るようにしてから、アタシと目線を合わせる。彼女の瞳に映るのは、特に面白みもないアタシの両目の青。……その筈だ。

「……ともかく、これからよろしくお願いしますね、『フー先生』。」

アタシは店を後にする。

***

「『これから』って……」

りんご飴を持て余しながら職人通りを進む。常と変わらぬ喧騒がひどく遠い。

それを言うなら、「これからも」でしょうが。何を今更改まって。

いや。

……これから、なのか。

まるで、りんごの赤に溶けるようにして消えた彼女の独白のその先。

こうあってほしいという誰かの願いのように。

だとしたら、アタシは……


「おう。随分と風流なもの持っとるやんけ。まるで……」

さほど大きくもないはずのその声は、鼻に付くタバコの臭いと共に、攻撃的な異物感を伴ってアタシの耳まで容易に届いた。

華やかな表通りを一本脇道にそれれば、暴力と無法が支配する都市の暗部が口を開けている。その暗がりが形を成せば、ちょうどこの男のように見えるのだろう。

「夏の祭りの後、っちゅう佇まいや。」

くらやみへ、こわれた過去へ。誘うように、引き込むように。
後に続くアタシの足取りに逡巡は無い。

***

次話

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