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短編小説

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TAGOが執筆した小説作品。ホラー、SF、恋愛、青春、ヒューマンドラマ、紀行文などいろいろ。完全無料。(113作品 ※2022/10/1時点) ※発表する作品は全てフィクションで… もっと読む
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#超ショートショート

10秒で読める、あたりまえ小説(超短編)

肩にもたれかかる彼女の長い髪からいい匂いがした。少なくとも、これだけは自信を持って言える。僕たちを乗せたこの列車の行き先は、きっと終着駅なんだ。 山岡先生はうつむきがちなクミに向かって力強く言った。 「ほら、前に進もう。まず一歩を踏み出せば、きっと以前より前進しているはずだ」 室内に響く雨音がいつもより大きく感じた。佳恵が出て行ってからもう7日が経った。それはつまり、1週間過ぎたということに他ならない。 僕にはわかるんだ。笑顔のキミを見て、みんな

『葬られた遊び』(短編小説)

アパートの前の通りで、十歳くらいの少年たちが何やら変わった遊びをしている。ビニール傘を天に掲げながら地面から勢いよくジャンプして空中で数回転。着地の時にポーズを決める。回転数と着地のかっこよさを競う遊びをしていた。 気になった僕は少年たちに声をかけた。 「ねえ、それなんていう遊びなの?」 「・・・つむじかぜ遊び」 「へえ。なんで傘を持っているの?」 「傘があると空中に浮きやすいんだよ」 「そうなんだ」 「次は兄ちゃんの番なんだ。ほら見ててっ!」 どうや

『境界』(超短編小説)

長い参道に沿って露店の明かりが延々と続いている。 ミヤコは父に連れられて、年に一度の稲荷神社の夏祭りに来ていた。参道の先が全く見えないくらい、人でごった返している。浴衣を着た同級生の女の子、恋人同士のお兄さんとお姉さん、団扇を持って歩く大人たち・・・。 父の手をしっかり握り、人ごみを縫うように歩いていく。自分より背の高い大人と大人の狭い隙間を抜けていくのは、人間の木でできた森を探検しているみたいだった。たまに父の手が離れそうになるが、そのたびに指先に力を

『第三の説』(超短編小説/550字)

「空が回っているんだぞ」 「違う。地面が回っているんだよ。僕たちは丸い地面の上にいるんだ」 「嘘つくなよ!コッペ君」 「プット君こそデタラメだろう」 プットとコッペは、朝から、天動説と地動説で言い争っていた。それを見つけたロズウェ先生は、二人に向かって言い放った。 「はははっ、プットもコッペも間違っているぞ」 「えっ?」 「先生までデタラメ言わないでよ」 「本当だ。お前たちが話しているのは、宇宙図鑑13718巻の第211章に載っている太陽系にある地球というチッポケな

『くまのポッチョ』(超短編小説/ホラー)

会議が始まってから4時間を過ぎようとしていた。 意見や内容をまとめるべき立場の人間は、一向にまとめようとせず、さらなる可能性を追求する。 「なるほどね。いや、ちょっと待てよ。そういう意味ではこういう考え方もあるな。となると・・・」 会議中の課長はイキイキしている。そして会議は毎回のように長い。一番ひどい時は、30分で終わりそうな議題であっても6時間かかった。課長に悪気がないのはわかっているが、メンバーたちは辟易としていた。これまでに長い会議の成果が出た

『枕元のどろろん』(超短編小説/950字)

「それはそれは暑い夏の夜のことでした・・・・」 時計は夜9時をまわろうとしていた。6才の健人は布団の上で母の肩にひっついていた。人一倍恐がりなのに、お化けや妖怪のお話が大好きだったから、今日もまたちょっと怖い絵本を読んでもらっていたのだ。 絵本の表紙には不気味な赤鬼が描いてあった。 「河童、化け猫、唐傘お化けなど数え切れないくらいほどの妖怪たちが参道を行進していました・・・」 お話をじっと聞いていると、母の声に、変な声が混ざり始めているのに気づいた。

『AM3時のアルパーラ』(超短編小説)

「ん・・・この音は」 1階のリビングからきこえるピアノの音色で、僕は目が覚めた。枕元の目覚まし時計を見ると深夜3時だった。小学生の娘が練習でもはじめたのか、いやこんな真夜中に弾くはずがない、ってことは妻か、いや妻はついさっき隣りで寝息を立てていた、じゃ誰だ?それにしてもなんと見事な演奏だろうか。僕は寝ぼけながらも多少警戒しつつ右手にバットを持って階段をゆっくり下りた。 ♪〜 リビングのガラスドアごしに見える。窓からの月明かりに照らされた人影が、子犬のワルツを

『角の跡』(超短編小説/400字)

「パパ?カブちゃん寝てるの?」 7歳の優貴が可愛がっていたカブトムシが息を引き取った。私は親として子にどう説明していいのか迷っていた。 「天国に旅立った」と言えば済む話かもしれない。でも、その便利な耳障りの良い言葉で終わらせたくなかった。大切にしてきた生き物との初めての死別。どう感じ、どう受け止め、どう心に折り合いをつけるのか。自分の感情と正面から向き合ってほしかったのだ。 迷った挙げ句、飾り気のない事実の言葉で説明することにした。 「カブちゃんは一

『泣き顔』(超短編小説)

カーラジオから懐かしいクリスマスソングが流れている。もうそんな季節なのかと音量を上げた。リズミカルな曲に合わせて、鼻歌を口ずさみ、ハンドルにのせた両手の指先を踊らせる。それくらい、今の自分は上機嫌なのだ。 隣県の病院に向かっている。あと数時間で、産まれたばかりのわが子に、はじめて対面できる。出産には立ち会えなかったが、一刻も早く会いたくて海外から戻ってきたばかりだった。 環七で渋滞に巻き込まれていた。車がほとんど進まないのは、この道の先のどこかで行われて

『他人』(超短編小説)

「私は他人のままがいい」 千登勢には独特の間合いがあった。普段から何を考えているのかわからなくて、たまに予想もつかないことを言い出す。僕のプロポーズの返答がそれなのは、やっぱりおかしいと思うのだ。 「えっと・・・それ、ごめんなさいってこと?」 「・・うーん」 「俺を好きじゃないってこと?」 「好きでいたいからよ」 千登勢は難しそうな表情をした。 「ちょうどいい距離感ってあると思うの」 「・・・」 「結婚したら距離が近づきすぎて、弘也のことが見えなくなると思

『教室』(超短編小説)

我慢は限界を迎えようとしていた。この授業が終わるまであと30分近くもあるのに。 昨晩、高級さつまいもの鳴門金時を食べ過ぎたことが原因なのはわかっていた。お腹の中でどんどん新しいガスが製造されているのは明白だった。 もし今、少しでもガスが漏れれば、たちまち教室全体に充満し、やがて犯人探しが始まるだろう。赤面した犯人の表情は一生みんなの記憶に刻まれるだろう。広志は想像しただけで恐ろしかった。 額からは汗が吹き出し、腕には鳥肌が立ち始めた。もうだめだ・・

『荷台』(超短編小説/750字)

初夏の陽射しは眩しかった。 とめどなく額に垂れる汗をタオルで拭き取る。担任の先生も髪がびしょびしょになって頭皮に張り付いていた。 中学の校外学習で大農場に来ている。早朝の薄暗い時間から、生徒10人で農作業を手伝っている。農業はこんなに腰にくるものなのかと思った。一刻も早く終わってほしかった。 「そろそろお昼にしましょう!」 農家のおじさんが生徒たちに声をかけた。みんな作業の手を止めて嬉しそうに目を輝かせた。 「ほら、丘の上に大きなかしわの木が

『函の悪戯』(超短編小説/400字)

菊地正春様 先週は誘って頂きありがとうございました。お蕎麦、大変美味しかったです。繊細な蕎麦の香りとサクサクの天ぷら。正春さんに連れていって頂けなければ、あの名店に出会えなかったと思います。同時にお店がそこにあったから正春さんと一緒に蕎麦を食べることができたということですね。今度信州に来られるのはいつになりますか? 「何これ? お父さん宛の手紙みたいだけど・・・」 「えっ何?」 母はその古い便せんを見た瞬間、さっと私から奪い取った。そして読まずにエプロンのポケット

『かなでの宇宙』(短編小説)

「あれがカシオペア座だよ」 「カシューペ座?」 「カ・シ・オ・ペ ・ア・座」 「えっと、カシューペア座、どれ?」 「ほら、あのマクドナルドみたいな形の・・」 「あった!」 父が教えてくれたカシオペア座は、奏(かなで)が生まれてはじめて知った星座だった。 奏が住んでいる街は、四方が山に囲まれた高地にある。“星に近い街”というキャッチフレーズの通り、標高が高く空気も澄んでいて夜になれば空には数え切れないほどの星が輝く。 7歳の奏が夜空の存在を意識しはじめた