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短編小説

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TAGOが執筆した小説作品。ホラー、SF、恋愛、青春、ヒューマンドラマ、紀行文などいろいろ。完全無料。(113作品 ※2022/10/1時点) ※発表する作品は全てフィクションで… もっと読む
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2019年11月の記事一覧

『いいことを言いたい男』(超短編小説)

「なんだか、いいことを言いたい気分だなあ」 突然、ケンが何か言い出した。 「なにそれ」 「ほら、今の俺たち、むちゃくちゃハッピーじゃない? この雄大な大自然の中で、木々のざわめきと川のせせらぎをBGMにして、最高に贅沢な時間じゃない? 俺、いつもはソロキャンプだからさー、いいこと言いたくても独り言になっちゃうんだよ」 晩秋のキャンプ場は、夜になってかなり冷えこんでいた。吐く息も白くなる。湯気の立ったぽかぽかのコーヒーを口に運んでから僕は言った。 「マジやめて

『かつら飛ばし』(超短編小説)

できることなら、目を覆いたかった。 目の前にいるのは、私の知っているいつもの彼ではなかった。つむじ風に吹かれ、カツラを必死に追いかける情けない男だった。 * その衝撃的な出来事の後、私たちは公園のブランコに腰を下ろした。交わす言葉は何もなく、気まずい空気だけが流れていた。 「あの・・・なんか、ごめん」 「何が?」 「・・・さっきのこと」 いつもの自信に満ちあふれた彼はどこにもいなかった。隣には、かつらが不自然にずれた男がいた。 「・・・びっ

『真夜中のおとん』(100文字ドラマ)

アパートで暮らす冴えない独身男35歳。深夜に突然インターホンがなる。ドアの覗き穴から外を見ると、ウェディングドレス姿の親父が立っていた。「何も言うな・・お前が言いたいことはわかる」「お、おやじ・・・」 #100文字ドラマ #物語 #ストーリー

『言の蟲』(短編小説)

彼は私をぐっと引き寄せ、強引に唇を奪った。 「えっ、急に何を・・」 突然のことに頭が真っ白になった。でもそこには強く拒まない自分が確かにいた。嫌ならば、はっきりと拒否して彼の肩を押し返せばいい。でも、できなかった。抵抗しようとする素振りも見せていても、心は強く彼を求めていた。彼の荒い鼻息が私の首元を熱くする。次第に全身の力が抜けていく。 許されない恋とわかっている。ずっと気持ちを押し殺してきた。自分に嘘をつき続けてきた。 「ま・・待って」 図

『渋谷』(超短編小説)

一向に人の列が途切れない長いエスカレーターを降りると、目の前には、渋谷のカオスが広がっていて、今にも私を吸い込もうとしていた。 私はたまに、突拍子もない世界を想像してしまうことがある。 もし大きな隕石が、渋谷のど真ん中に落下したらどうなるだろうか。このスクランブル交差点を行き交う人間も、あの犬の像も、ギャルの聖地も、全てが塵のように粉々になるだろうか。再開発で日々進化するこの街に巨大クレーターができるだろうか。トランプ大統領がツイッターで「お悔やみ申し上

10秒で読める、あたりまえ小説(超短編)

肩にもたれかかる彼女の長い髪からいい匂いがした。少なくとも、これだけは自信を持って言える。僕たちを乗せたこの列車の行き先は、きっと終着駅なんだ。 山岡先生はうつむきがちなクミに向かって力強く言った。 「ほら、前に進もう。まず一歩を踏み出せば、きっと以前より前進しているはずだ」 室内に響く雨音がいつもより大きく感じた。佳恵が出て行ってからもう7日が経った。それはつまり、1週間過ぎたということに他ならない。 僕にはわかるんだ。笑顔のキミを見て、みんな

想いは旅路を彷徨う。(『漂流』あとがき)

初の試みですが、今回、短編小説『漂流』のあとがきを書いてみることにしました。そもそも、あとがきって何を書くのかよくわかっていませんが。 『漂流』は、もともと『恋愛妄想作家』のサイドストーリーとして、書き始めたものです。本編では、恋愛妄想作家の主人公であるキャロライン本郷氏の名前もところどころで登場します。 主人公は、人間ではなく、一冊の文庫本です。文庫本視点で物語は進んでいきます。小説で、ちょっと変わったこと、他の人がやらなさそうなことに挑戦したかったのです。 今年の6

『漂流』(短編小説)

私は「文庫本」である。 背中には値札シールの剥がし跡が残っている。そう、私はブックオンの百円コーナーで売られていた「ロマンチな接吻」というベタなタイトルの小説である。そんな私は今、なぜかチベットのポタラ宮にいる。なぜ、ブックオンの百円コーナーにいた私がチベットにいるのか。これから始まる話は、私がこの地に辿り着くまでの壮大な物語を記したものだ。 * 私は新宿の大型書店で初めて日の目に晒された。初版ではなく中途半端な第3版として「話題作コーナー」に平積みに