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死者との対話 その③

亡くなった友人A氏の夢を去年の8月に見た事を今まで誰にも話したことが無かったのです。その夢の後、かなり長い間思い出してはシクシク泣いていました。

noteに書いて言語化する事で思いが昇華されたのかもしれません。

その話をnoteに投稿した今年の夏の終わりにまたA氏の夢を見ました。

仲が良かった頃みたいに商店街を2人で歩くだけなのですがA氏の服の洗剤の残り香まで感じ取れるような鮮明なものでした。

○当時のA氏の彼女への遠慮もあり彼女よりも悲しむことを自分に禁じていた事を思い出しました。

○当時、次から次へと起こる出来事(違う友人も続けて亡くなった)に翻弄されていたし何より辛すぎて悲しみの本質を直視していなかったみたい。

○悲しみの本質とは、純粋にその友人の不在が悲しいと言うことです。

○今年の夏にnoteに投稿したせいで消化され過去の私が救われたみたいです。苦手な言語化!noteのおかげで出来ました。

○当時、死後の世界関係の本を読み漁りました。よくよく考えたら常に死んだらどうなるかは小学生の頃から興味があります。

○今は亡くなるとは世界中に散らばっていたその人と言う自由な存在が自分の中のその人の存在のスペースに瞬時に回収されて戻ってくるイメージです。

今年も一年ありがとうございました。noteは色々な方の意見や考え方を知る事が出来るので楽しいです。少しずつ自分も投稿していて良かったです。 良いお年を😊



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