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機能性アンティーク

時計に異常なまでのこだわりがある。
それは機能性。
ファッション性を無視しているわけではないが、時刻を知ることの正確性を重視したいのである。
当然その結論は電波時計に落ち着く。
いつ頃からあるものなのかどういったシステムになっているのか知りもしないが、初めてその機能を知った時はただただ打ち震えた。
そんなに便利なものがあるのか、と。
我が家の掛け時計、所有する腕時計2本とも電波時計である。腕時計に至ってはソーラー式で電池交換も必要としない。

掛け時計にソーラーシステムがあったとすれば部屋に太陽光を取り込む必要があるので、それは快しとしない。
なので電池交換は厭わない。
さらには温度計も湿度計も備わっている。当然日付も電波で受信してくれる。
そういう時計を探した時、もっと個性的なデザインなものを探したが見つからず、現在のシチズンに落ち着いた。
今思えばこの無骨なまでの機能性が逆に美しい。額に『CITIZEN』と記しただけで、まるで高級ホテルの警備員のような重量感•重責感が備わる。
如何なる時でもただ静かに時を刻むのである。

教えてほしいわけだ、時刻を。
「時刻を合わせる」という行為はこちらが時計に教えている状況である。
そこにいささか憤慨があるのだ。

機能性に美しさを感じる。
アンティーク物も大好きだが機能性が豊かに備わって初めて美しい物もあるのだと思う。
時計、鞄、家、車、、、つまり道具か。
装飾性ばかりに気を取られ、機能を疎かにする行為は美しくない。
「カッコいいんだけどねー。使いにくいんだよなー」と言っているひとの苦笑いには見ていられない痛々しさがある。
もちろんそれはモノにもよるが。

例えば楽器などは近年次々と機能性が重視されるようになり、昔では考えられないほど扱いやすいモノになっている。
とは言え所謂ヴィンテージと呼ばれる年代物などは、現代技術でも出せない風合がある。
経年劣化による質感なのだ。
私はこの経年劣化というものも激しく好きなのだ。
楽器はもちろん、革やデニム、その他衣服にもその味わいが生まれる。
そのことについてもまたいつか別章で書く必要があるだろう。

つまり機能性と経年劣化のコラボレーションが美しいのだ。
決めた。
今所有する掛け時計、腕時計をアンティークと呼ばれるまで付き合い切ろうじゃないか。
そう言えば古い時代の便利グッズはとてつもなく愛おしい。
そこを目指そう。ああ目指そう。

まさかこの書き物が、ここに着地することになるとは私自身予想もしなかったのだ。


※オマケ
私のアナログ腕時計、ベルトは交換してある。
最も経年変化を楽しめる『ヌメ革』のベルトである。
知らず知らずのうちに機能性と経年劣化のコラボレーションをしていた。ないす。

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