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短編小説 水曜日の夜【BL】15年後の同窓会 その8

これまでの話は、こちらのマガジンにまとめてあります。

***

持参したスイカを食べて1時間ほど過ごし、井上加奈子は帰っていった。

「やっと帰ったか」

ソファに寝転がり、ふてくされたように言ったのは、唯志である。

「ほんまやで。せっかくの休みやのに」

苦笑しながら、憲司はふたたび唯志の小さな頭を膝に乗せた。

「あの女、なんかイラつく」

唯志が、口を尖らせる。

「なんで?」

大きな手で黒髪をなでながら、憲司は首をかしげた。

「井上、憲司のこと好きなんちゃうかな」

キッチンから見た加奈子の様子を思い出し、唯志はきつく唇をかむ。

「まさか。今日も、単純にスイカ持ってきてくれだだけやし」

こともなげに、憲司は言った。

「いや違うね。あれは憲司に惚れてる目やで。…お前、前に向井のことは何だかんだ言うたくせに、自分のことはわからんのか」

向井は、唯志の部下である。
前に唯志が酔った時、家まで送ってきてくれたのだ。

その時、憲司は言った。
向井は唯志を狙っている、と。

「どやろ?俺は何とも思えへんかったけどな」

憲司の目が、宙を泳ぐ。

「てか唯志、ひょっとしてヤキモチ焼いてくれてるんか?」

憲司の顔が、一瞬にして輝いた。

「はぁ!?」

きれいに整えられた眉が、ぴくりと跳ね上がる。

「だってそうやん。井上が、俺のこと好きかも、て苛ついてるんやろ?」

「まぁ…そうやけど」

「それ、間違いなくヤキモチやん。可愛いな、唯志」

大きな手が、さらりとした黒髪をワシャワシャとなでた。

***

週が明け、3日が経った、水曜日の夜。
唯志と憲司は、いつものようにソファに座って晩酌を楽しんでいた。

8月の第4週ともなると、朝夕はかなり涼しくなっている。
とはいえ、熱帯夜に近い気温だ。
エアコンは欠かせない。

缶ビールを飲みながら、何となくプロ野球中継を見ていた時。

「ピロリン」

憲司のスマホが、LINEの着信を知らせた。

「ん?誰やろ」

長い指が、画面を開く。

「なんや井上か」

その後も、続けてメッセージが入っているようだ。

「井上?」

唯志は、眉をひそめる。
日曜日、スイカを持って現れた加奈子の、大輪の花のような笑顔を思い出したのだ。

「ん…ちょっと相談ごとがあるから、『たから』まで来てほしいって」

『たから』とは、地元にある居酒屋だ。
先日、同窓会を行った場所でもある。

「相談ごと?」

唯志の眉が、さらに跳ね上がった。
その心中は、穏やかではない。

「うん。ちょっと行ってくるわ。あそこやったら、歩いて行けるし」

憲司が立ち上がる。

「行くんかい。…まぁお前は、昔から人に頼まれごとされたら、よう断らんかったなぁ」

あきらめたように、唯志は口をとがらせた。

「すぐ帰ってくるよ」

その唇に軽いキスを落とし、憲司は部屋を後にした。

***

一人残された唯志は、ソファで膝を抱える。

「何やねん、ほんま」

ちびりちびりと缶チューハイを口に運ぶが、あまり味を感じない。
プロ野球中継も、ほとんど頭に入ってこない。

憲司がいたら…
二人で飲むビールは美味いのに。
野球中継も、あれこれ言いながら楽しむのに。

「なんでホイホイ行くねん。アホか」

缶ビールの最後のひと口を飲み干し、ため息をついた。
そして、憲司と楽しそうに談笑する加奈子の姿を思い出す。

…あのバカ女、絶対狙ってやがる。

ギリ、と奥歯を噛んで、唯志はごろりとソファに寝転がる。

憲司の膝枕は、心地よかった。
愛されている、という実感があった。

…そうは言うても俺は、憲司のことをどう思ってるんやろか。

いつも自分を、これ以上ないほど甘やかす、憲司。
その愛情は、よくわかっているつもりだ。

だが、自分はどうなのだろう。
憲司との暮らしが心地良すぎて、唯志はそれを考えたことがなかったのだ。

文句なしに、憲司は良い男だと思う。
170センチ以上は伸びなかった自分に対して、180センチ越えの長身。
加えて、おだやかそうに見えるが、意外と引き締まった端正な顔立ち。

バレーボールで鍛えた体に、すっぽり収まるのも悪くない。
あの腕に抱かれると、妙な安心感がある。

そして…
日曜日の朝、憲司によってもたらされた、初めての「同性」による快楽。

「あっ」

あの朝を思い出し、唯志は股間に怪しい気配を感じた。
だが、それを自分で処理する気分にはならない。

『唯志』

自分の名を呼び、優しく微笑む憲司の顔が、脳裏に浮かぶ。
嬉しいような、切ないような。
そして、愛おしいような。

「俺…憲司のこと…好きなんやろか」

今頃、憲司は加奈子と酒を飲んでいるのだろうか。
加奈子は嬉しそうな顔で、憲司の隣に座っているのだろうか。
想像するだけで、胸がムカムカする。

やっぱり、憲司のことが好きだ。
唯志は、はっきりと自覚した。

「あのバカ女、俺から憲司を横取りできると思うなよ…!」

舌打ちをして、唯志はひとつの決心をした。

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