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短編小説 夏の香りに少女は狂う その2

このシリーズは、こちらのマガジンにまとめてあります。

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ジジジジジジジジジ…
まだ朝7時だというのに、もうクマゼミの大合唱が始まった。
8月1日、夏真っ盛りという日である。

「リン、今日から明美ちゃんとこ、行くんやろ。まぁ泊まりいうても、着替えはその日に持って帰っといでや。洗濯物、貯めたくないからな」

朝食の準備をしながら、リンの母である雅子が言った。

「あと、松風庵(しょうふうあん)の『みかさ』買うてあるから。手土産に持って行ったらええわ」

言いながら、と雅子は冷えた麦茶をテーブルに置く。

「手土産とか大げさな。明美んとこやで?いる?」

「まぁ奈津子さんも、気ぃ遣う仲じゃないけどな。それでもお世話になるわけやし。とりあえず持って行き」

奈津子さん、というのは明美の母である。
雅子とは年齢も近く、時々はお茶を飲みつつお互い夫の愚痴を言い合っているらしい。

「義之くんも帰ってくるんやろ?」

雅子が問う。

「うん、さすがに明美1人で留守番するのは、用心悪いからって」

「そうか。義之くんが居てるんやったら、安心やな。あの子はしっかりしてるから」

雅子もまた、義之のことは子供の頃からよく知っている。

明美の所には、とりあえず2日ほど泊まる予定である。
特に予定はないが、海に行くことだけは決めてあった。

「ほな、行ってきます」

ほんの少しの着替えと水着を持ち、リンは家を出た。
明美の家までは、歩いて5分もかからない。

ジジジジジジジジジジジ…
セミの大合唱は、さらに音量が上がっていた。

そして、午後。
リンと明美は素麺を食べ、クーラーを効かせたリビングでくつろいでいた。

「あかん、暑い。外に出る気とかせぇへん」

ゲームに熱中していた明美は、とうとうスマホを置いた。

「暑い言うても、クーラー効いてるやん。天国やで」

リンは、涼しい顔でツイッターの画面を見ている。

「こんな時、彼氏でもおったらなぁ、て思うわ。高校3年間、とうとう彼氏できへんかったわー」

明美が嘆く。

「えー、彼氏とか、欲しい?私は別にいいわ。男とか面倒くさい」

「なんでー。リンくらい見た目が良かったら、選び放題やろうに」

実際、リンは誰もが認める美少女である。

可愛い、というよりは「きれい」と言ったほうが正しい。
美女というには若すぎるが、少女が大人の女になろうとしている、どこか危うげな雰囲気を持っていた。

「彼氏とかおったらさ、しょっちゅうLINEとかせなアカンやん?そんなん面倒くさい。自分のやりたいことも、彼氏に縛れたらできへんようになるやん。それがイヤやねん」

「でもさ、美久とか彼氏とエッチしたっぽいやん?やっぱ、そういうことも興味あるやん。もう高3なんやし」

美久、というのはクラスメートである。

「美久?あの子、彼氏ができてから一気にメイクが濃くなってるやん。あんな女にはなりたくない。まぁエロいことに興味がないわけちゃうけど、別にエッチするために彼氏作りたいとか思わんしなぁ」

うつぶせに寝転がっていたリンは、頬にかかる黒髪をかき上げた。

リンとて、年頃の少女である。
少女から大人へ…自分の体が変化するにともない、「性」についての興味はそれなりにある。

「だってさ明美、初めての男で失敗したらイヤやん?」

リンはいたずらっぽく笑って、体育座りの明美を見上げた。

「あんたその顔で、男子見つめてみぃ。一瞬で落とせるで」

明美はため息をついた。
それほど、リンの笑顔は魅力的なのだ。

明美とて、決して不細工ではない。
ベリーショートがよく似合う、いわゆる「イケメン女子」である。

「あー、彼氏欲しい。少なくとも高校生の間に欲しい!」

それだけ言うと、明美は冷蔵庫に向かった。

「リン、麦茶いる?」

「うん、欲しい、ありがと。あ、忘れてた!お母さんに松風庵のお菓子もらってたんやった」

リンが立ち上がった時、玄関の扉が開く音が聞こえた。

「あれ?お兄ちゃんかな?」

明美は、麦茶のボトルをダイニングのテーブルに置き、玄関に向かう。

しばしたって、明美が義之を伴ってリビングに戻ってきた。

「お、リンちゃんやん、めっちゃ久しぶりやん」

義之が、人懐こい笑顔を見せた。

「あ…うん、何年ぶりやろか」

なぜかリンは、ドギマギしてしまった。

リンにとっても「学ランのお兄ちゃん」だった義之は、すっかり「大人の男」へと変貌を遂げていたからだ。

『かっこいい…』

何の変哲もない白いシャツに、ジーンズという恰好の義之だったが、それがリンにはとても魅力的に見えた。

「リンちゃん、泊まっていくんやろ?夜になったら、海でバーベキューでもやろっか」

義之の笑顔を、なぜかまともに見ることができなかった。
リンはうつむき気味に、小さく「うん」とうなずいた。

バーベキューという言葉に反応したのは、明美である。

「お兄ちゃん、マジで!!バーベキュー!やろ!食材買ってこんと」

「あ、市内で買ってきた。今無職やから、そんなに高い肉は買ってへんけどな。今日はリンちゃん泊まるって、オカンが電話で言うてたから」

「ナイスや兄ちゃん!!」

「バーベキュー用の炭も買ってきた。あとは酒買いに行くくらいかな」

きょうだいのやり取りを聞きながら、リンは自分の心臓が早鐘を打つのを感じていた。

→その3へ

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やばい…
短編と言いながら、長くなりそうな気がしなくもないです。

「短くまとめる」という才能が、私にはないのかもしれません。



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