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拾う

こんなことは初めてだ。

わたしが山に仕掛けた野生鳥獣を生け捕るための罠に鹿でも鳥でもなく、人が掛かっている。

寝ている。いや、意識を失っている。

見たところ家を追い出されたのか、焼け出されたのか?という感じである。
服もボロで長髪を木の皮で縛っている。男女の見分けはつかない。

地面にはハギレと割れた瀬戸物やガラクタが散乱していた。このヒトが持っていたものだろう。
初めてのことに慌てふためいたいたのだろう、そそくさとガラクタと一緒に落ちていた籠を拾い上げ、散乱していたものを放り込み、ヒトと籠を荷車に乗せて山を降りた。

本当に申し訳ないことをした。
このヒトはなぜ山をうろついていたのだろう。そしてなぜ罠にかかったのかは分からないが、わたしは初めて人を殺めてしまったような気持ちになってしまった。
そして、このヒトに出来るだけのことをしてあげたいと思った。

家にもどり、荷車を見た妻も私と同じ様子だった。
私が思ったことを妻に伝えると妻も同意をした。

まずは布団に寝せて水だけでも枕元に置いておこう。
このヒトが目覚めたら、如何して何故と質問責めをすることはせずにおこうと思った。
ボロのようになっている姿からそう思ったのか、それともそうさせる何かがこのヒトにあるのかはわからない。

まる1日が経ち、意識が戻ったのだろう、水が少し減っていた。
更に1日が経ち、部屋で立ち上がっている姿を目にして初めて声をかけようとした。
しかし私は言葉がでなかった。「もういいのか」など言葉を用意していたのに咽んでしまった。
なぜなら、乱れた前髪から覗いて見える眼に、硬さと濁りが混ざっているように見えたからだ。
真珠とも瑪瑙とも違う。
とにかく私は混乱したのだ。

なぜか私はこのヒトに出来るだけのことをしてあげたいと思っていた。それは何処かでとんでもないものを拾ってしまったと思っているからだろう。

1週間が経ち、このヒトと食事を共にし、妻の手伝いをさせたりしていく中で、自然と生活に溶け込んで来たように思えた。溶けてきているのではなく馴染んできたと言う方が正しいような気がする。

このヒトは家の修理や道具づくりなど、技術に興味をもっていた。教えたことを何度も何度も繰り返し練習をしていた。
もともと家で大工仕事をしていたのだろう。

他人と一緒にいる時間が増えれば、素性を知りたくなったり、名前を聞きたくなったり、最初に気になった眼のことを詮索しようとするものだが、もう聞くことも考えることもしなくて良い気がしてきた。
特に相手に期待することもなく、依存したり、情愛を持つ感覚にもならない。無縁仏のようなヒトなのだろう。

別れの日は唐突に訪れた。
とくに前触れも置き土産もなく、去っていった。
何年かするとこの不思議なヒトのことを思い出すことも少なくなった。
思い出したきっかけは狩猟仲間と山で会話をしているときのことだ。
この山奥に住んでいた男女の見分けもつかぬ若者が大雪の日に露頭に迷っているところを助けられ、そのまま助けられた人の家で暮らすが、あるとき姿が見えなくなる。
同じことが度々起きているらしい。
それも自然災害のあとに。

私が出会ったあのヒトは大風の次の日だったような気がする。そして持っていた籠もなくなっていた。

太刀打ちできないチカラに抗うことせず、生きるために本能的に奔走する。そのたびに誰かに拾われる。
拾われて生かされているヒトがいてもおかしくはない。

その度にあの籠は重くなっているのかもしれない。

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