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ちょっと役立つ、「サンプリングエラー」という問題の理解 Sampling Error

もう5年ぐらい、当地の大学院生に応用統計学を教えています。でも今日は面倒くさい数式は一切なしに、実社会で役立つであろう概念のお話をします。どう役立つか? これが分かると、社会のいろいろな所での問題点が見えてしまうのです(笑)。

「全体(母集団)とサンプル」

皆様が知りたいことがありますよね、例えば観光客はいつ戻ってくるのか、あるいは世間のどの程度の人が自宅待機・経済再開慎重派でどの程度の人が経済再開賛成派なのか、とか。でも例えば日本全体で人口126百万人居ますし、米国ならば310百万人居ますので、とても全員には意見とか聞けないですので、全体(母集団:population) を知るために、サンプル(標本:Sample)を採って、そこの意見を以って全体の意見はこうだろうと推測する訳です。

例えば、米国では2週間前には、国民の約7割が経済再開慎重派で2割強が経済再開賛成派だという情報がありました。その時期に米国南部アラバマ州(フロリダ州の隣です)のビーチに行って、ビーチで日光浴をする人達にCNNがインタビューをした画像があります。(Alabama Beachgoers Explain Why They Aren't Worried About Rising Cases In State)3分ぐらいのビデオなので、気楽に笑いながらご覧ください。

これを見た後の印象は如何でしょうか? 「誰もマスクせず、誰も感染リスク気にかけていない、何と能天気な、11万人死んでいるのに、狂気の沙汰だ」、と感じられたかも。「いいなあ、そこに行きたいなあ」と思った貴方、日本では変人扱いでしょうが、アラバマ州のビーチに行くと仲間だらけだと思ったかもしれませんね(笑)。

「サンプリングエラー」

ビーチに行くという決断をしている時点で、日光浴している人達は既に2割の経済再開派である確率が高くなりますね。自粛賛成派はビキニでビーチに来ないでしょう。故に、このビーチで無作為にインタビューしても、米国民全体(母集団)の意見を再現していることにはならない可能性が高い事がお分かりいただけますか? 母集団の様子とサンプルの様子が乖離していると、サンプルを知ることで、母集団を推測することが不正確になります。但し、劇的で非日常的な画像を流して資料率を稼ぐのがビジネスのメデイアにとっては、7割の国民が自宅待機・マスクしている時期に、「如何にアラバマ州のビーチは無法地帯になっているのか」というのを全国放送すれば、それなりに視聴率は稼げるでしょう。自粛警察の神経を逆なでするわけですから。

日本でも、多かれ少なかれ、メデイアはこれを意図的に行っている、いや、統計学のサンプリングエラー問題のような余計な事を考えずに視聴率を稼げるような画像や内容を編集しろ、となっていても不思議ではないですね。街頭インタビューで紛糾するような話題については、日本のメデイアは会社によっては、それあまりに誇張ではないの?という編集や表現がなされる事がありますが、今後、皆様は「このサンプルは母集団を忠実に反映しているのか」という意識を持つだけでも、面白いぐらいに捏造や意図的編集が見えてきます。例えばサンプリングエラーを意識した世論調査で2割が反対しているような話題で、あるTV局が5名程度に街頭インタビューしたら皆全員が反対・批判的意見で、「ごらんのように国民全体には批判が高まっています」とコメントつけるような例です。

このサンプリングエラーは母集団と少数サンプルの間で属性情報が乖離しすぎているという問題ですが、これがわかって、世の中を見ると、結構いろいろと見えてきてしまうのです。情報の良き消費者になるためには役立つ概念なのです。ではもう少し観光産業に関連する実例を。

「経済復興再開の判断を如何に決定するかの構造的問題」

ビーチと言えば、当地で時々眺める日本語ニュースで、どこどこのビーチを今年の夏は閉鎖するというような記事を見た気がします。日本の100倍超程度(正確には6/8時点で感染者数117倍、死亡者総数は123倍)の米国でフロリダ州のビーチもほぼ開放(注:感染者数が多くて閉鎖していたマイアミ地区ビーチも今週明日オープン、そして州内全箇所ビーチ再開)、感染者集中したニューヨーク市もついに段階的再開に向かうという状態で、何故、日本の一部は観光客ハイシーズンの夏を閉鎖するという決断がはやばやと出来るのか、極めて米国側から見た発想ですが不思議ではあります。

逆に日本から見ると、「日本の100倍も感染者が居てどうして早々と、しかも自粛賛成派・経済再開慎重派が7割も居るのに、どうしてそういう狂気の沙汰の観光復興需要受入・経済再開の判断が出来てしまう訳?独裁政権でなくて、民主主義なのに?」と思われるかと推察します。 両国に長く住んでいるので、これを説明するには文化的な側面と政治意思決定の構造的側面があると感じます。あれ、統計学の話じゃないの? はい、統計学の話です。

「米国での地域経営意思決定手法と日本との相違:実はサンプリングエラー?」

日本の場合は、関ヶ原の戦いから江戸幕府が260年超、1868年明治維新から150年超、合計400年超の間、お上様に年貢を払って、後はお上様の善政を期待するというビジネスモデルで国が回ってきました。故に中央政府や都道府県知事・市町村長が自粛を要請すると、法令や罰則規定が無くても大多数の皆様はそれに従って行動できるという素晴らしい特性があります。一方米国の場合は英国植民地だったのに反旗を翻し独立したのが1776年で、憲法修正条項にあるように、国民の自立心がより強く「われわれ納税者」という意識が強いのです。即ち、税金払ってもそれは我々国民の金だからという意識が相対的に強いと言えます。

米国の場合は、「地域住民の感染者発生リスク」と「地域産業がキャッシュフロー無しで破産・従業員失業するリスク」を見比べて、2割の経済再開派に「工夫してリスク取ってビジネス再開する機会を与えてやろう」と言う判断につながる一方、リスク取るぐらいならば不戦敗でも良いと考える人の割合が多く、経済閉鎖で破産する地元産業界に冷酷な態度が日本に多い気がします。リスク許容度は両国民でかなり違うと感じます。(前のポストでこのグラフを表示していますのでご参考に)。
何故か? 自粛継続か経済再開かの判断で、その重要な地域政策決定権者が全員給料変化なく出続けている人達(役所と各首長というサンプル)だけならば、感染リスク回避のみに過剰に敏感になり、自粛期間中に収入なく苦悩を背負っている地元産業界(母集団の一部)の意見は反映されにくい訳です。年間75百万人という米国最大の観光客が訪れるオーランド(オレンジ郡)の場合は市長が「経済再開復興委員会」を設置し中小企業を含む民間企業代表者を委員に任命し、委員会から再開提案を出させる手法なので、地元産業界という母集団の意見がより反映されたサンプル(委員会)から、現場に精通した良い案がすぐに出て来ます。

この意思決定過程と構造を分り易く言うと、米国は「感染者でたら業務停止命令出すけどリスク取って見る?」と知事・市長が経済再開を切望する地元産業界にリスクを取らせる方法。日本は「県知事・市長の指導で業務停止したが、いつ再開案出すのか、遅い!」と言う文句を地元政府に言って産業界がリーダーシップ取らない、いや、取れない、もしくは、リスクを取る機会を構造的に与えられない様に見えます。

「政策決定に広く地元産業界の意見を反省させるサンプリングを如何に実施するのか:経済復興委員会任命」

米国型の地元産業界代表者に「経済再開復興委員会委員」を任命し、経済再開については地元納税者の地元産業界の自主的努力に任せる、という形にし、且つ日本でよくありがちな大企業優先でなく、地元の中小ビジネスオーナー(床屋、ヘアサロン、教会、食堂)も大企業と一緒に委員に任命すると、より真剣且つ迅速に産業再開の動機づけが進みます。地元産業界という母集団の意見をより忠実に表出したサンプルになっていますね。(写真はオレンジ郡経済再開委員会委員・地元床屋のオーナー)。このおじさんとか経済自粛で収入ゼロ、且つ金融機関から与信枠がある大手企業(デイズニー等)とは切迫度が違う訳ですが、そういう中小企業オーナーをきちんとサンプルに入れる政治意思決定をすると母集団との乖離は減ります。委員には地元の大手病院もきちんと複数入っていますので、感染症予防に関しては、このような床屋や中小企業が直接に医療関係者のアドバイスや意見を委員会内でもらえる訳です。

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此処までは、地元有権者全てという広義の母集団ではなく、雇用と税収を支える地元産業界という母集団を反映するサンプリングを如何に実施するかで議論してきました。

7割の自粛賛成・経済再開慎重派住民に直接語る仕事は知事・首長の重要な仕事です。「このままだと雇用が失われ、税収が減って、近い将来納税者の皆様へのサービスが低下するかもしれません。それを防ぐには経済再開を実施せざるを得ません。感染防止については引き続き地元政府で対処します。」という地域納税者向けメッセージ発信は必須です。 一方で、経済再開に関しては県知事・市長が地元産業界の自主性を信じて、「皆様の産業の運命は自分達で提案して下さい。提案書は我々首長が迅速に審査します。」と言うビジネスモデルにする訳です。 

これはもう一つ迅速な経済再開へのメリットがあります。 地元役所主導の日本型再開案だと、例えば宿泊産業の再開提案で新オペレーションのベッドメイク手法とか、レストランキッチンの新運営手法とか、ベッドメイクやプレップシェフしたことのない役所の若手職員が現場が完全に納得出来る新マニュアル書ける可能性は低いですね。それを待って役所から出てきた案に文句言う産業界と言う日本型の図式は生産性が低いのですが、米国型にすると地元業界が自ら作った詳細や再開案ベースの委員会提案が地元政府に採用され正式な政策として出てきた場合、当然に地元業界は即完全に賛成です。首長案に反対が出る訳なく(自分達がZoomで何度も会議して作った案だから)、副次的には首長に対する地元産業界からの支持率が上がります。一生懸命若手役人に再開案作らせて(かわいそうに)、首長がその案を出すと、産業界から文句言われる日本方式より皆の効率は良さそうかも。

如何でしょうか? 母集団、サンプル、サンプリングエラー。 Bye for now!(終)

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オーランドはテーマパークも順次再開業しています。勿論、新オペレーションで来訪者にはマスク着用、体温チェック等を要求しています。ユニバーサルスタジオ再開、今週はシーワールドも再開、デイズニーは部分開業し、来月全面再開です。これらテーマパークも皆経済復興委員会メンバーです。

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大変恐縮でございます。拙文、宜しくご笑納頂ければ幸甚です。原 忠之(はらただゆき)