田舎の甘夏
僕が母ちゃんの田舎に遊びに行った時のことだ。
「祐ちゃん、裏の畑に甘夏あるから取ってきてええよ」
って、ばあちゃんが言ってくれた。どうせ半分道楽で作っているようなものだから、好きなもの選べばいいって。
ばあちゃん家の近所に住んでいる従妹の舞ちゃんが、大きなかごを持ってきて僕にハイってにっこり笑って渡してくれた。そうか僕は荷物持ちですか、そうですか。確かにこのかごは舞ちゃんが持つには大きすぎるから仕方がないかなと思って、僕はかごを抱えて舞ちゃんの後をついていく。
果樹園が見えてきた。
「うわあ。甘夏いっぱいなっているよお」
舞ちゃんが歓声を上げて手を叩いてはしゃぎ、僕は絶句する。
木々に実っているのはどこからどう見ても、馬鹿でかい丸々太った金魚だ。鱗が光を反射して、テカテカとした鮮やかなオレンジ色が目にまぶしい。
僕は恐る恐る実を指差して、
「これ本当に甘夏?」
と聞くと、舞ちゃんは訝しげな顔で、
「そうだよ。祐ちゃん、都会っ子だから甘夏知らないの? でも、お店では売ってるでしょ」
とこともなげに言うが、僕の知る限り、金魚は屋台かペットショップで売っているし、ああいう風に木に実ることはない。ああ、でもこんなに大きな金魚は見たことがないな。舞ちゃんは、本当に都会っ子って駄目だねえと言いたげにため息をつくと、するすると甘夏の木によじ登って、次々と金魚、いや、甘夏をもいでいった。そして、きゃらきゃら笑いながら僕が手にしたかごの中に投げこんでいく。恐る恐る覗きこむと、やっぱり金魚だ。丸い瞳がまばたきもせずにこちらを睨みつけている。ただ、生臭さはなく、柑橘系のさっぱりとした甘みが鼻腔をくすぐる。
やはりこれは甘夏なのか、それとも金魚なのか。信じるべきは嗅覚か視覚か。恐る恐る指でつつくと、ほどよい弾力で指を押し返してきた。ううむ、分からん。
やがて僕が重さに音を上げるほどかごの中がいっぱいになると、舞ちゃんはひょいと木から下りてきて、ばあちゃんのところに戻ることになった。
僕たちを出迎えたばあちゃんはかごを見て、呆れたように
「まあこーんなたくさん、もいできて。食べきれないんじゃないの」
とため息をつきながらも、あの重いかごをひょいと僕の腕から取りあげて、
「ほいじゃ、剥いてあげるから、その間向こうで遊んでいなさい」
と台所の奥へ消えていった。
この日の三時のおやつは、剥きたてのぷりぷりと瑞々しい甘夏。僕と舞ちゃんは取り合いする勢いで食べていった。どこからどう見ても、剥き身の甘夏だったし、味も甘夏で、僕が見たのはきっと何かの間違い、勘違いだったんだろう。
ばあちゃんはニコニコ笑いながら、あっという間に甘夏が消えていく様子を見守っていた。
「まあだ、たっくさんあるから、夜にも出してあげるね」
だってさ。
確かに美味しいけれど、連続して食べるのはちょっときついかもなあ。でも、山盛り取って来ちゃったこっちにも責任があるからと僕は納得した。舞ちゃんも、神妙な顔でうんとうなずき、そして僕の方を見てちらっと舌を出した。やり過ぎたって思っているんだな、やっぱり。
そして、夕食時間に食卓に並んだのは、見たことの無いお刺身。これが身がきゅっと締まって、淡白だけどしっかりとした旨さ。
「これ美味しい! なんのお魚?」
僕がばあちゃんに聞くとばあちゃんは一瞬目を丸くし、
「何言ってるのよ。これ、さっきの甘夏の残りよ」
と答え、一緒に食べていた舞ちゃんも
「これだから都会っ子って何も知らないのね」
ときっぱり口に出して僕のことを冷たい目で睨む。
僕がおやつに食べた甘夏は一体なんだったのか。
それを聞ける雰囲気では無かったけれど、思い切って聞いてみれば良かった。
田舎から戻って、ペットショップで、小さな金魚を見るたびに、あの甘夏と称した食べ物を思い出して僕は生唾を飲み込む。
これ、食べられるのかなあ。