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難しい日本語

誰かに用があるとき、「御用があって来ました」というと、この「御用」は誤用となる。

「御用」は、相手が自分に用があるとき、自分が相手の用のことを言うときに使うのであり、自分の用のことを御用とは言わない。

そこで尋ねられた。「御用だ御用だ!って言いますよね?」

この場合は、自分が相手を捕まえることになる。

「お縄を頂戴しろ!」と言うが、頂戴は、自分がもらうときに「頂戴します」という。

相手がもらうときには、普通は言わない。

時代劇でよく聞くのは、上から目線の言い方だからなのだろうか?


「御用だ御用だ!」とはしゃぎながら、その子達は部屋を出ていった。


相手と自分の視点が目まぐるしく入れ替わり、最終的に相手を敬う気持ちを表すのが日本語だ。

相当難しい言語を我々は使っているのだ。


それでも英語は我々にとって難しい。

英語は簡単だから世界で共通して使われているはずなのに、決して簡単ではない。


本当に人間はアンバランスだ。