フリーランス法や下請法の「支払期日」は「○月○日まで」ではダメなのか
はじめに
フリーランス法のパンフレット(法律的に詳しめ)が公表され、「支払期日」について、「○月○日まで」では具体的な日を特定できないので不可、の旨が書かれているため、短文SNSで話題となっておりました(謝辞などは「おわりに」ご参照)。
つまり、フリーランス法の「3条通知」に書くべき「支払期日」は、特定の具体的な日でなければならず、「○月○日まで」では「認められません」となっています。
(前記画像1は、4条に関する解説であるという形をとっていますが、話題となっている前記画像1の内容は、4条で規定された「定め方」の問題ではなく、記載の仕方の問題であり、実質は、3条(3条通知に何をどう記載すべきか)に関するものです。)
これについて、理解できない、規制として過剰ではないか、などのご指摘を、相互連絡のない形も含めて少なからぬ複数、短文SNSで拝見したという次第です。法律に携わる方々の通常の感覚がよく分かり、それ自体として勉強になりました。
以下では、内容の良し悪しは取り敢えず置いておいて、どういう構造・文脈でこういうことが当局から言われているのかを推測して整理する、ということをしてみたいと思います。
下請法の3条書面では
たまたま私は、有斐閣Onlineで「注釈下請法・フリーランス法」という連載をしており、それまでよく知らなかった下請法の「支払期日」に関する当局の解説等について勉強したばかりでした。
(2024-07-25現在、下請法まで原稿を書き終えて、これからフリーランス法を書こう、という段階です。有斐閣Online公開ベース(月初)では、まだ、あと2回、下請法が残っています。)
前記画像1の、フリーランス法に関する、「○月○日まで」では不可、という当局の解説は、「認められません」という表現も含め、下請法に関する当局の解説から来ているものと推測されます。
昭和31年に制定された下請法では、現在と同じく題名で「支払遅延」が例示されてはいましたが、「下請事業者の給付を受領した後、下請代金を遅滞なく支払わないこと。」を禁止する規定(当時の4条2号)があるのみであったため、これを明確化・強化するために、昭和37年の改正で、新たに「支払期日」という文字列を盛り込んだ種々の規定を置き、現在の姿に近いものとなりました。
昭和37年下請法改正(名古屋大学法令データベース)
その後、昭和40年改正で、3条書面の必須記載事項の列挙が公正取引委員会規則に委ねられ、現在の下請法の条文では、
「支払期日」の定め方が規定され(下請法2条の2)、
「支払期日」は3条書面の必須記載事項とされ(下請法3条1項、3条規則1条1項4号)、
「下請代金をその支払期日の経過後なお支払わないこと」が禁止行為とされています(下請法4条1項2号)。
(3条規則 = 下請代金支払遅延等防止法第三条の書面の記載事項等に関する規則(平成15年公正取引委員会規則第7号))
「○月○日まで」では不可、という当局の解説(前記画像2)は、上記の前提のもとで、3条書面の書き方の解説として、出てきているものです。
今回は、時間の関係で、「○月○日まで」では不可、という当局の解説がどのあたりから始まったのかは、調べていません。
ただ、上記のような規定強化の流れの雰囲気、「○月○日まで」では不可、といった形式的なことを言う時代の雰囲気、などは、あり得ることかと思います。こうした文脈で、「認められない」「認められる」という表現を使うのも、何となく時代がかった、現代の当局関係者は(更地からは)使わないような、そういう気がします(個人の感想)。
また、当局としても、何かに押されて下請法の規制をしている、という面もあるかもしれないことを、頭に入れる必要はあるかもしれないと思います。
なお、「まで」を削って「○月○日」と書かざるを得ないとなった場合に取引当事者として気になる点の一つは、それより早く支払ってはダメなのか、ということですが、それについては、上記の講習会テキストの画像の末尾で、「なお、定められた支払期日より前に下請代金を支払うことは差し支えない。」とされ、概念の帳尻が合わされています。
つまり、「期日」とは、特定の日のことであり、期限という意味ではない、という前提で、「○月○日まで」では不可、との解説をし、その上で、それより早く支払っても構わない、と解説することで、全体としては実質的には期限と考えてもらってもよい、ということにしているものと思われます。
フリーランス法の3条通知では
フリーランス法については、冒頭で述べたとおりですが、その解説の前提となる法的な建て付けを確認すると、次のとおりです。
「支払期日」の定め方が規定され(フリーランス法4条1項〜4項)、
「支払期日」は3条通知の必須記載事項とされ(フリーランス法3条1項、フリーランス法公取委規則1条1項7号)、
「支払期日までに報酬を支払わなければならない」などとされています(フリーランス法4条5項・6項)。
(フリーランス法公取委規則 = 公正取引委員会関係特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律施行規則(令和6年公正取引委員会規則第3号))
「○月○日まで」では不可、という当局の解説(前記画像1)は、上記の前提のもとで、3条通知の書き方の解説として、出てきているものです。
なお、フリーランス法で、「支払期日」より早く支払っても差し支えない旨を明記した文書は、私としては、未発見なのですが、当然そうだろうという点を脇に置くとして、当局文書を探すと、例えば、フリーランス法の「考え方」に次のような記載があることをメモしておきたいと思います。
(実は、フリーランス法関係で「考え方」と名の付いた文書は複数あるのですが、上記の「考え方」は、公正取引委員会と厚生労働省の連名で法律全体をカバーしている「考え方」です。)
小括
以上が、建て付けの確認です。
ともあれ、フリーランス法に関する解説(前記画像1)と、下請法に関する解説(前記画像2)は、言い回しも含め、とてもよく似ています。
下請法と、フリーランス法(「取引の適正化」の部分)は、いずれも、中小企業庁の協力を得ながら公正取引委員会が中心になって法執行・運用を行うことになっています。フリーランス法の取引適正化の部分は、法律の条文それ自体が下請法の大きな影響のもとで起案されており、その下位の規範や解説がそれに倣おうとする(倣わざるを得ない)場合が多くなることは、想像しやすいところです。
なお、3条書面・3条通知は、契約書でなくともよい、となっていますので、これを逆に考えれば、契約書には「○月○日まで」と書いてもよい、ということになるかもしれません。
(もし、3条書面・3条通知には「○月○日」と書かざるを得ないとすれば、契約書に「○月○日まで」と書くと表現の食い違いが生じて取引当事者として不適当、という問題は、あるかもしれません。これは、それぞれの取引当事者における考え方の問題なので、これ以上は省略します。)
検査完了期日
以上で、この件の「リーガルリサーチ」は、終わるはずでした。ところが、短文SNSで、更に次のようなご指摘をいただきました。
すなわち、下請法の講習会テキストは、「支払期日」の解説と、「検査完了期日」の解説で、「期日」という文言について相互に整合的でない記載を、しかも同じページで、行っている、というご指摘です。
同じ、「期日」という文言なのに、
支払期日については、「納品後○日以内」は不可、と解説されて、35頁(前記画像2)と整合性がとられているのに対し、
検査完了期日については、「納品後○日以内」は可、とされているわけです。
「検査」は、「支払」と異なり、ものによっては所要日数が事前には分からない場合もあると思われるので、「納品後○日以内」という表現を許容する、ということは理解できます。
しかし、そうであれば、「支払期日」の「期日」という概念との整合性(それとは異なることを示すという意味での整合性)を取るために、「期日」ではなく、「期限」という文言を使って「検査完了期限」などとするとよかったのではないかと思われます。
なお、「期日」を国語辞典で調べると、
大辞林(第4版)では、特定の日、の旨の意味だけですが、
三省堂国語辞典(第8版)では、まず、期限、の旨の意味が置かれ、その後に、特定の日、の旨の意味が書かれています。
このあたりの、「期日」という言葉の意味(当局起案者を含めた人それぞれの受け止め方)の揺れも、この問題の底流にあるような気がします。
#法律文章読本 というハッシュタグを付けたくなるところです。
ところで、「検査完了期日」という表現の基は、やはり、公正取引委員会規則にあります。
下請法では、3条規則1条1項3号で、「下請事業者の給付の内容について検査をする場合は、その検査を完了する期日」を3条書面に記載しなければならないと規定されています。
下請法の3条書面は、前記の昭和37年改正によってもなお、法律で規定を書き切っていましたが、昭和40年改正によって必須記載事項の規定を公正取引委員会規則に委ねることになり、昭和40年から、3条規則が置かれています。
「その検査を完了すべき期日」(昭和40年公正取引委員会規則第4号)、「その検査を完了する期日」(昭和60年公正取引委員会規則第3号による全部改正、平成15年公正取引委員会規則第7号による全部改正)という表現の変化はありますが、ともあれ、昭和40年から、検査完了「期日」という用語が使われています。
いつから、どこで、検査完了期日は「以内」でもよいと解説されるようになったかは、時間の関係で、今回は調べていません。
「検査完了期日」は、フリーランス法でも出てきます。出てくる構造は、フリーランス法に似ています。
フリーランス法では、フリーランス法の3条通知に記載すべき事項を定めたフリーランス法公取委規則1条1項6号で、「特定受託事業者の給付の内容について検査をする場合は、その検査を完了する期日」を記載しなければならないと規定されています。
フリーランス法公取委規則は、令和6年の制定(令和6年公正取引委員会第3号)ですが、3条通知に関する部分は、内容的に明らかに、下請法の3条規則に倣って起案されています。
(フリーランス法における「検査完了期日」に関する記述(二つほどの段落)が、下請法に関する記述に混じってしまっていたので、後から推敲して、それらの段落を後ろに回しました。大きな推敲なので、注記します。)
規制対象者など
下請法において3条書面の規制や4条1項2号の支払遅延の規制の対象となる親事業者は、全て、資本金1000万円超です(下請法2条7項)。
(下請法では、3条違反は刑罰の根拠となり(下請法10条1号、12条)、4条違反は勧告の根拠となります(下請法7条)。)
それに対して、フリーランス法において3条通知の規制の対象となるのは「特定」が付かない「業務委託事業者」であり、資本金1000万円以下の法人だけでなく、個人事業者まで含み、かつ、従業員を使用しているか否かは関係ありません。従業員を使用していない個人事業者(フリーランス)でさえ、「特定受託事業者」として保護対象ともなり得るのと同時に、自らが発注する取引については、3条通知に係る規制対象者である「業務委託事業者」に含まれます(以上、フリーランス法2条5項・6項)。
4条5項・6項の支払遅延の規制の対象は、「特定」が付く「特定業務委託事業者」に限られますが、やはり、従業員を使用していれば、資本金1000万円以下の法人だけでなく、個人事業者まで含みます。
(フリーランス法では、3条通知に関する規制は刑罰の対象ではなく(フリーランス法24条)、3条違反も4条5項違反も、勧告(8条)・命令(9条)の対象です。)
そういった中で、フリーランス法において、「○月○日まで」では不可、ということが、どれほど徹底されるのか、仮に徹底されない場合にどういうことが起こるのか、「○月○日まで」では不可、というのは下請法の親事業者になり得るような規模の者にだけ求めるのだ、という「運用」をするのか、そのような「運用」は納得されるのか、そのような諸々の状況が下請法に逆流することはないか、など、法現象としては興味深いところです。
下請法について、大きな改正を念頭に、「下請」という用語の見直しを含めて、検討するのだそうで(ということは、題名改正や、古い条文のオーバーホールの意味も含めた全部改正などもあり得る)、大小取り混ぜていろいろと注目したいところです。
後日追記
上記で、時間の関係で調べていません、と書いた点について、詳細にお調べくださった短文SNSポストをいただきました。このポストやこのポストです。「支払期日」や「検査完了期日」という記述の前提となる枠組みは、上記(この拙稿)に書いたとおり古くからあるが、「支払期日」や「検査完了期日」について話題となった記述それ自体は、比較的最近に加わったものであることが分かりました。ありがとうございました。(2024-07-30追記)
おわりに
ひとたび、法令などに用語を書いてしまい、用語の解説を書いてしまうと、何十年も後までそれに縛られ、何なら、それに関係する新しい法律にまで影響する。
「○月○日まで」の話は、小さいようですが、そういうお話でもありました。
これも、#法律文章読本 というハッシュタグを付けたくなるところです。
また、フリーランス法について書くにあたって、下請法を勉強してよかった、と改めて感じました。「注釈下請法・フリーランス法」でフリーランス法の部分をこれから書くところなので、良い準備運動ともなりました。
今回の件、短文SNSで多くの関心が寄せられていました。
匿名の方が多いので、書き込み画面のスクショなどは控えますが、ebiben2008様、sayurishsd様、2m4h8様、Nobuyuki_Kawai様、kzo_tan様、mshrhsk様、の書き込みを拝見して(拝見順)、ここまで書きました。見落とし・書き忘れなどがありましたら申し訳ありません。
ここまで書いたところで、少し眺めたら、更に多くの書き込みを発見しましたが、とても多くなりそうなので、ここまで書いた段階で拝見していた上記の方々に限定して挙げたことをご了解いただけましたら幸いです。
冒頭の写真は、まあ大概にしてね、と言っているようにも見える名古屋のコアラです。名古屋のおもちちゃんは寝ていましたので、別のコアラです。
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