彼女たちのコズミック・イラ Phase09:あんなに一緒だったのに

サブタイで察してください。実はあの曲が流れていた内は、まだそこまで鬱展開ではなかったという事実。ガチの地獄展開はRIVERが流れ始めた時からかと。

次回からはアウラとギルの2人による計画、研究となります。


クライン博士の死はメンデル内で自殺として処理され、プラントには事故死として報告された。最高評議会委員の妻が不慮の死を遂げたという事態に世論は騒めき立ったものの、メンデルという秘匿されるべき場所の話であったため、多くが語られることのないまま人々から忘れ去られるのであった。

博士の死から数日後。必要以上に清掃がされた研究室内で、ギルはアウラと2人きりで話をしていた。

「ギル、本当にごめんなさい。そして、ありがとう。」

謝罪、そして感謝。落ち着きを取り戻していたアウラは研究デスクの椅子へ腰を掛けたまま、少し離れた椅子に座っていたギルにそう述べていた。

「詫びることはともかく、感謝なんてしないでほしい。まだ、本当に自分のしたことが正しいのかが分からないんだから。」

クライン博士の死を偽装することに、ギルは協力をしてしまっていた。本来であればアウラを咎める必要があるにも関わらず、彼は彼女の罪を隠匿したのであった。

「博士が帰ってきたことを、オルフェたちには話していたの?」
「いいえ、彼女が帰ってきていたのを知っている子供はいないわ。あの子たちには、彼女とラクスは用があって戻って来られなくなったと伝えておくわ。」

子供にさえ嘘をつかなければならないという事実に、アウラは静かに苦い表情を浮かべていた。そして彼女は、自身と同じ罪を背負おうとするギルに対して、立ち上がりながら顔を向ける。

「本当に……あなたも大きくなったわね。」
「当然さ。ここに帰ってくるのは3年ぶりなんだから。」
「そうね……それだけ時間が経てば、子供はみんな大きくなるものよね。」

3年前は赤子であったオルフェも、その後に遺伝子改良を受けて人工子宮で生まれた子供たちも、出会った時はまだあどけなさが残っていたギルも、アウラが見違えるほどに成長をしていた。だがしかし、そんな我が子たちの成長を共に見守る存在は、もう彼女の傍にいなかった。

「やっぱり……ここにいるのは少し辛いわ。場所を変えて話をしましょう。あなたにも言いたいことや、私に聞いておきたいことがあるでしょうから……ね。」

アウラの言葉を聞いて、ギルは小さく頷いて提案を聞き入れる。しかし、それと同時に困惑もしていた。そうして彼に語り掛けてくるアウラの表情は恐ろしいほどに穏やかであり、その目には生きようとする意志がほとんど宿っていないのであった。

コロニー内が日を落とし、夜を告げる夕暮れに染まる頃。屋外の自然区画でギルとアウラは互いの3年間について語っていた。

「それで、プラントのカレッジで遺伝子工学と薬学を専攻することにしたんだ。」
「やっぱり、私の見込んだ通りだったわ。ギル、あなたにだったら私の計画を安心して引き継げそう。」
「引き継ぐって……アウラ……」

ギルの成長に喜びを見せつつも、無気力さが滲み出ていたアウラ。彼は彼女の喪失感を理解しており、その上で彼女に問いかける。

「アウラはこの3年間、楽しいこととかはなかったのか?」
「もちろんあったわよ。オルフェたちの世話も研究スタッフにだけじゃなくて私もしていたし、計画にもかなり進展が見られた。」

アウラもまた、自分たちが決して安全とは言い切れないメンデルの中において、日々を気忙しく送っていた。そして、そんな彼女の活力となっていたのはもちろん

「いつ、あなたと博士とラクスが帰ってくるかって。久しぶりに会って、腑抜けていたりだらしない姿なんて見せられないもの。」

ギルのため、博士とラクスのため。アウラは日々を研究に費やしながらも、決して心が折れることなく毎日を生き抜いていた。その傍らにはオルフェを始めとした子供たちもおり、彼女は細やかな幸せも感じて3年間を過ごしていた。

「ねぇ、ギル。プラントで博士と会うことは出来ていたの?」
「そ、それは……」

アウラの問いかけに、あまり良い表情を浮かべないギル。しかし、今さら自身と博士について隠すべきものもないと思い、正直に話し始める。

「ほとんど会うことは出来なかった。僕はただの学生だし、博士は最高評議会委員の妻。そうなる前でも、シーゲルさんが立ち上げた黄道同盟の活動をサポートすることで大変だったみたいだし。」
「そう……やっぱりあの子も幸せで、楽しそうに暮らしていたのね。」
「たま会うことが出来ても、博士は本当に忙しいみたいで。それに……いつも一人じゃなくて、警備や秘書の人が一緒だった。」

博士が自分たちとは違う世界の人間となっていく様子を、ギルはアウラよりも間近で見ていた。そう語ってくれるギルの寂しそうな表情だけで、アウラは博士の変化変容を十分に理解するのであった。

「アウラ、一つ聞いてもいい?」
「ん?どうしたの?」

アウラに対して正直に語ったギルは、それまでよりも複雑な表情を浮かべて彼女に問いかけをする。

「ラクスはオルフェと一緒になるって、アウラと博士が決めたんでしょ?」
「……ええ、そうよ。あの子も3年前までは、それを認めてくれていた。」

しかし今は違ってしまっていた。それはアウラと別れてから、クライン博士をより近くで見ていたギルにも分かることであった。それでも彼にはまだ、理解の及ばない点が残っているのであった。

「それじゃあ、どうしてラクスとオルフェは一緒じゃないといけなかったの?」

計画にとって不可欠な存在。未来を作るため最高の相性を持って生まれた2人の赤子。ギルはもちろん、博士もそれを理解してアウラに協力をしていた。しかし、それがラクスとオルフェの将来を約束する理由ではなかった。

「ギル、あなたも博士と同じことを聞いてしまうのね。」
「ごめん、アウラ。でも……どうしても知っておかなくちゃいけないと思ったから。」

賢く聡明なギルは、それが本来聞くべきでないことだと理解していた。しかし、それでも彼はアウラに問いかけていた。そうしたギルの覚悟を見せた問いに、アウラもまた一切を包み隠さず話し始めるのであった。

「ギル、あなたは人を好きになったことはあるかしら?」
「えっ?う、うん……まぁ、一応。」

突飛な逆質問に戸惑いながらも、ギルはアウラの問いに答える。彼も一人の男である以上、異性を意識し、行為を抱いた経験も少なからず存在していた。

「アウラにだってあるでしょ?人を好きになったり、ヘンに意識をしてしまうことくらい。」
「ええ……あるわ。ずっと、ずっと想い続けていた……!初めて会った時からずっと……ずっと傍にいた人を。」
「ずっと傍にいたって……っ!?まさかアウラっ!」

アウラの言葉を聞いたギルはすぐに理解した。彼女の想い人とは、共に研究と計画を続けていた友人であり同僚、長年のパートナーだったクライン博士なのであった。

「察しがいいわね。それも当然か……あなたの初恋だって、きっと彼女なのだから。」
「そ、それは……まぁ。」

驚きを露わとしたまま、ギルはアウラの言葉を肯定する。彼女の言葉通り、ギルもまたクライン博士に対して恋心を抱いていたのであった。

「でも、アウラ……知ってたの?僕がクライン博士のことを……その……」
「はぁ……あなた、計画参加の時にした話を忘れたの?あの時あなたは、自分で博士が好きだって言っていたでしょ。」
「いや、僕はただ……博士のことを考えると、その……ヘンな気持ちになってというか。」
「それが恋というものよ。ギル、私にはあなたと同じ人を想う気持ちがあったの。そう、私はクライン博士を、彼女のことを……愛していた。」

ギルは既婚者であったクライン博士に恋慕を抱き、自らの心に葛藤していた。彼自身はその苦しみの理由を自覚しており、それが異性を想う心なのだと感じていた。しかし、アウラが博士に特別な感情を持っていたことには、到底理解が及ばないのであった。

「分からないでしょうね。女が女を好きになる気持ちなんて。普通の女性はもちろん、男であるあなたには特に。」
「うん……分かるけど、分からない気がする。」

同じ人間に好意を抱いていたにも関わらず、ギルとアウラの間には大きな隔たり存在していた。そして、彼女はクライン博士に抱いていた思いは、時が経つにつれて溢れていく。

「プラントは同性愛、性差に関して職業選択の面では寛容だわ。そうしないと、人員が揃わないでしょうからね。」

労働、学問、研究、あるいは警備警護などに準ずる軍事的な業務、産業。そうした就業に関する規則規律は社会維持ために寛容である一方、社会維持のために統制されている面も存在した。

「ただでさえ出生率が低くなっているというのに、同性のカップルなんて論ずるに値しないもの。私がこのメンデルにいなくたって、それくらいは理解出来るわ。」

職業選択や主義、思想、社会的性差に制限はなかったものの、婚姻という概念は厳格に統制されているのがプラントの社会事情であった。その社会の規範に従わざるを得ないアウラは、自らの心を押し殺したままクライン博士と長きに渡る友人関係を築いていたのであった。

「何よりも……彼女が私とは違っていた。あの子は普通に男性に好意を持ち、人並みの幸せを女性として求めていた。私がそうした彼女の……自由を阻むことは出来なかった。」

自由。愛しているからこそ、アウラはクライン博士を縛り付けるようなことをせずにいた。研究費用調達のために接触したシーゲル・クラインとの結婚も、計画参加に際して彼女の出産を容認したことも、プラントへ帰る際にラクスを託したことも。全てはクライン博士の意思を尊重してアウラが決めたことであった。

「それじゃあ、遺伝子改良の計画研究にオルフェとラクスを選んだのは……」
「私と彼女は共に添い遂げることは出来ない。だったらせめて、私の子供と彼女の子供を添い遂げさせることが出来れば……それが、オルフェとラクスが一緒じゃなければいけない理由よ。」

驚きと困惑の表情を浮かべ、アウラの言葉を前に絶句をするギル。そしてまた彼女の人間として、そして女としてのエゴを垣間見たことで、不思議な安心感も得ているのであった。

「私にとって、オルフェとラクスは唯一の希望。あの子たちが必ず結ばれる未来だけが、私がこの計画を進める原動力よ。」
「計画を利用したわけではないと?」
「語弊がある言い方ね。パトリック・ザラが私に提示した依頼は、コーディネイターの出生率低下の改善よ。そんな絵空事のような問題解決をするというのに、どうしたらモチベーションを維持出来るというのかしら。」
「ずいぶんと人間臭いことを言うんだな……アウラ。研究者らしくない。」

最大限の敬意と、最大限の侮蔑が籠ったギルの言葉。しかし、それでも彼はアウラを憎むことが出来なかった。どれほど彼女が身勝手な所業に及ぼうとも、ギルに新しい世界を示してくれたのは、他ならぬアウラだったのだから。

「ラクスはどうする?多少強引にでも、メンデルに連れてくることも出来るとは思うけど。」
「それはやめておきましょう。下手な真似をすれば、シーゲルだけでなくパトリックや最高評議会までを敵に回すこととなる。それに……」

そう言いながらアウラは、自らの手を見つめて言葉を詰まらせる。博士を手に掛けた自分が、その娘にどのような顔をして会えばいいのか。彼女はラクスに会うことを恐れているのであった。

「いずれはオルフェや他の子たちにも会わせるわ。でも、今はまだそれが出来ない。ラクスを取り戻すのは……あの子の娘を……」

アウラの中でぶり返してくる後悔と自責の念。そして彼女は、やはり想い人がいない世界で生きる意味を失うのであった。

「ごめんなさい、ギル。やっぱり私……もう無理よ。計画と研究の資料は全部あなたに渡すから、もう……私のことは放っておいて。」
「くぅっ……!」

全てを放り出そうとするアウラに対して、ついにギルは怒りの感情を芽生えさせる。彼は彼女の両肩を掴むと、激しくその身体を揺さ振りながら声を荒げる。

「いい加減にしろアウラ!僕はそんなことを言わせるためにあなたを助けたわけじゃない!」
「じゃあ……どうして助けたりなんてしたのよ……!?」
「それは……!分からない。自分でも、本当に分からないんだ。でも、僕はまだ……アウラのために何かをしたいと思っていたから。」

自分には何が出来るのか、ギルにはそれさえも分からなかった。しかし、目の前で絶望に暮れるアウラを放っておくことだけは出来ずにいた。

「ギル、それじゃあ……お願いがあるの。」

そう言うとアウラは、自らの両肩を掴んでいたギルの身体を抱き締める。逞しく成長したギルの身体はアウラの背丈を既に超えており、彼女はその胸板に顔を埋めるのであった。

「ちょっ……あ、アウラ!?」
「ギル……本当に逞しくて、立派になったね。もうあなただって、立派な大人になったんだよね。」

困惑するギルの胸で、我が子の成長を感じるようにその温もり感じるアウラ。そして、彼女は彼に細やかな願い事を口にする。

「少しだけ……ほんの少しだけでいいから。私のことを……慰めて。」

夕暮れの日差しが消えようとする中、アウラはギルの身体を抱き締め続けていた。もう戻れない、戻るつもりはないと、新たな決意を胸に秘めて。そして、宵闇が2人を包もうとする中で、ギルは静かにアウラの身体を抱き締め返すのであった。

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