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吉田先生

朝から携帯に間違い電話がかかってきた。
相手もすぐに間違えたと気付いて、謝罪がありそれで終わり。

ふと思い出したのは5年前くらいによくかかってきた間違い電話だ。

職場で昼休みに寝ようとしていると、知らない番号から携帯に電話がかかった。

「吉田先生。助けてください」

少ししわがれた明らかにおばあさんのその声は、
そう僕に訴えて来る。
ただ、僕は吉田ではないし、先生でもない。

「申し訳ないのですが、お電話番号を間違えていらっしゃると思います」

そういうと、その声は震える声で謝罪して電話を切った。

しかしその電話はその後も何日かおきに続いた。

「吉田先生、わからないことがあって」

「吉田先生、お元気ですか」

何日か話を少しずつ投げかけられるうちにわかったことがあった。

①.吉田先生はお医者さんじゃなかった。他のかかりつけに行った話とかもされたし、吉田先生も病院にはこまめに行くように言われたのだ。
これはホッとした。緊急の医者として間違い電話をされてるのならと不安な気持ちにもなっていたからだ。

②吉田先生はその声の老婆よりも年上らしかった。
「私よりも断然人生の先輩だものね」なんて言葉もでていた。

二月が経ったくらいの事だ。

知らないが見慣れた番号から、また電話がかかってきた。

「吉田先生、相談に乗ってください。

私、ゆきこちゃんと喧嘩しちゃった」

私は、「違う番号ですよ」と言わずに話を聞いてみた。

そしてわかったのだ。

その声の老婆は、今はもう自分が中学生に戻っていること。
吉田先生は中学生の頃の担任だということ。

一通り話を話すと、
その声は満足したのか電話を切った。

その後も一ヶ月くらいは何度か電話がかかってきたが、その後プツリとなくなった。

きっと吉田先生はもういない人だったのだろう。
その声に対して、僕は代わりになれただろうか。

祖母が介護施設に入っている際、祖母は私を亡くなった祖父と勘違いして、

「あなた。愛しているわ」

と言った。
私は手を握って、

「僕も愛していますよ」

と言った。
祖母は優しく微笑んでから、コクコクと眠った。
僕は代役をきちんとつとめられただろうか。

固定電話でなく携帯が日常の生活主体になってから、間違い電話はとんと少なくなったんだろう。
だから間違い電話の度に思い出す、吉田先生の話。
いつか吉田先生に直接話せたらいいななんて思っている。

#コラム
#エッセイ

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