真っ赤な髪のヤンキーと漫才がしたかった。
「オレたちなら、お笑いで天下取れると思うねん。ダウンタウン目指していっしょに漫才やってくれ」
と電話をかけてきたのは真っ赤な髪のヤンキー。
通っていた公立中学校が荒れていた。
男子トイレはほとんど喫煙所だったし、近隣中学校とくだらない喧嘩もしてた。闘技場を運ぶ戸愚呂よろしく毛布を万引きしたことを自慢してるアホもいた。
卒業式では特攻服が華麗に列をなし、集合写真は毎年ヤンキー雑誌に掲載された。高校に行かないヤツは、そのまま暴走族や街のチンピラになった人間も少なくない。ヤンキー漫画よりチープなストーリー。
田舎すぎて法律が届いてなかったんかな。軽トラで少年ジャンプ売ってるおっさんおったもんな。
ヤンチャな人間が多いサッカー部だったこともあり、ヤンキーたちとは付かず離れずの距離を保った。いっしょに遊ぶことはほとんどないが、彼らにビビることも、馬鹿にすることもなかった。
自分が2年になり「一個下はおだやかでありますように」と願ったのも束の間。入ってきたひとつ下の学年がこれまた豪華だった。入学式には金髪、茶髪、銀髪、赤髪…ドラッグストアに並んでる箱みたい。
モテるとでも思ったのかサッカー部にも派手な髪のヤツが何人か入ろうとしてきたが、鬼を煮詰めた恐さと厳しさを兼ね備えた顧問は問答無用の門前払い。
「ほんまにサッカーやりたいんやったら、まず黒に染めてこい」
正当な恫喝。
「まぁ今日のヤツらはだれも戻ってこんわな」
全員がそう思ってた。
しかし、翌日。十数時間前まで真っ赤な髪をしてた男が一人、真っ黒に染め直して現れた。
鬼の顧問は少し口角を上げて言う。
「大したもんや。ええぞ。入部せぇ」
アキラの入部が決まった。
まえにも少し書いたが、うちのサッカー部は強かった。完全な強豪校。県予選にあたる市の大会では決勝でも大差で勝つ。
もちろん練習だってかなりキツい。入ってきたばかりの中一だって、小学校サッカーの経験者ばかり。
アキラはめちゃくちゃ下手だった。
まともにボールを蹴れず、止められない。背も小さいし、足も短くて遅い。ついでに歯も無かった。
ただ、いつも底無しに明るかった。
1年だったこともあり、春はほとんど雑用みたいなことしかさせてもらえなかったが、常に声を張り上げ、ことあるごとにボケ倒し、顧問からも先輩からも愛された。
まさに「ムードメーカー」ということばがピッタリの男。
例に漏れず、ぼくもアキラを可愛がったし、アキラもとてもなついてくれた。
ふたりともお笑いが好きで、練習のあと、好きなお笑いについて熱く語った。
「松ちゃんのボケ最高やったな」
厳しい練習にも、その時間を楽しみに耐えることができた。
ただ、夏休みになり、アキラがポツポツと練習を休むようになった。
練習を無断で休むことが続き、その度に顧問にきつく怒られ、夏休みが終わるころにはもうほとんど来ていなかった。
2学期がはじまる頃、真っ黒だったアキラの髪の毛は真っ赤に戻った。サッカー部も辞めた。
友だちであることには変わりはないが、大きな寂しさが残った。
ぼくもサッカーへの情熱がずいぶん小さくなってしまっていた。
辛いカレーのあとに飲むラッシーのように、キツい練習のあとアキラとしゃべることがご褒美だったから。
アキラがいなくなり、練習に身も入らず、試合にもだんだん出れなくなり、負のスパイラルは止まらなかった。
幸い勉強はできたから、意識をどんどん高校受験に寄せた。
いつ辞めてもいいような態度でサッカーを続け、3年の夏に引退した。
もうすっかりサッカーのことも忘れ、初めてできた彼女のことで頭をいっぱいにしながら、卒業式を待っているころだった。
やっと買ってもらえた携帯電話が鳴った。
アキラだ。
「ひさしぶり」
と明るい声で話し出すこいつを最近学校で見てなかった。
「おー、ひさりぶり。おまえ学校来てるか?」
「行ってんで。あんま授業は出てないけど」
「出ろや」
とかぶせ気味でツッコミを入れ、くだらない話と、あの頃のような熱いお笑い談義に花を咲かせた。
その花がしおれたタイミングで
「もうすぐ卒業やなぁ」
アキラが寂しそうに言う。
「せやなぁ。でも、アキラがサッカー辞めてからあんまり会えてなかったやん。学年もちゃうし、そもそもおまえをあんまり学校で見かけへんのよ。卒業してもあんまり変わらんやろ」
「そうかもしれんけど。やっぱサッカー辞めんかったらよかったかも」
そういや、アキラがサッカーを辞めた理由をちゃんと聞いたことがなかった。
「なんであのときサッカー辞めてしもたん?がんばってたのに」
真面目なトーンでことばが返ってくる。
「オレな、小学校からアホやってん。アホなことばっかして、目立つのも好きやって、ヤンキーにもあこがれた。悪いこともして、悪い友だちもいっぱいおった。でも、中学になったら変わりたいと思ってた。
せやから髪も黒くしたし、サッカーがんばってみた。
でも、全然上手くなれへんし、いつまで経ってもまともに練習試合にさえ出してもらわれへん。
夏休みになってサッカー以外の自由な時間が増えたら、だんだんまえにおった悪い仲間とつるむようになって、そのまま流されてしもた」
分かるなぁ。分かる。
ぼくだって、アキラの立場であの練習をこなすことはできなかったと思う。
辞めたことに関して、とやかく言う権利はない。
上手くなれない劣等感を抱えたまま、みんなを笑わそうと道化師に徹し続けたサービス精神は簡単に真似できることじゃない。そんなアキラが好きだった。
だけど、納得のいかないこともあった。
「辞めるのはいいよ。でも、ヤンキーに戻ることなかったやん」
本心だったが、むずかしいこともわかっていた。
中学生の生きる社会に選べる選択肢は多くない。
「そうや。そうやけど、友だちがそこにしかおらんねん」
「いや、オレもおるやろ」
「でも、かしこいやん。頭もええし、高校も大学もいくやろ。でもオレはアホやから、たぶん普通の高校もいかれへん。かしこい人の邪魔したら悪い」
アホのくせに生意気に気を使いやがって。と苛立ち、アキラにことばを返す。子どもと子どもが、大人のフリをした口喧嘩。
「頭の良し悪しと、オレとおまえが友だちかどうかなんて関係ないやろ。おまえまわりのヤンキーとは遊びたいと思わんけど、アキラとお笑いの話をするのは好きや」
アキラも語気を強め言い返す。
「オレやってめっちゃ好きや。むしろほんまはコンビ組んで漫才してほしい。ずっと思ってた。オレたちなら、お笑いで天下取れると思うねん。ダウンタウン目指していっしょに漫才やってくれ」
咄嗟に出かけた「アホか」のことばを飲み込み、ちょうどいい返事を探す。
天下なんか取れるか。と現実を真正面から見つめつつ、それでも、ほんの少し心が踊った。理由は、M-1が狼煙を上げた瞬間だったから。
正直な気持ちを伝える。
「アキラ、ごめん。今すぐお笑い芸人になるとは約束できん。でも、M-1に出てみたい。ここでもし、自信がもてる結果が出せたら、そのときもう一回真剣に考える。それでええか?」
アキラが電話越しでも大喜びしているのがわかる。
「オレ、ほんまにアホやけど一生懸命ネタ考えてみる。漢字あんまり分からんけど、字も汚いけど、とりあえず書いてみる。待ってて。ほんまありがとう。ほんまにありがとう。M-1がんばろう!がんばろう!」
電話を切り、コンビ名考えないとなー。がんばってたらダウンタウンにも会えるかなー。漫才ってどうやってつくるんやろ。
幸せな妄想にふけった。
ワクワクする。
なんの実績も経験もないけど、ワクワクすることだけはできた。
全然ウケへんかもしれんけど、まだ中学生。なんでもええわ。
相方は赤髪で歯抜け。インパクトだけは十分や。
数日が経ち「アキラ」と表示された携帯電話の着信音が鳴る。
「どんなネタ書いてきたんやろ。オレの考えたコンビ名になんて言うかな」
音を止めるために通話ボタンを押すまでの、ほんの数秒。気分はすっかり漫才師だった。
「おー、ネタできたか?」
開口一番、確認する。
「少年院いく」
「そのまえに学校来い」
突拍子もないボケに、感発入れずツッコんだ自分に酔う。
「せやねん。ほんまは学校行きたいねん。
でも、行く権利がないねん。」
「義務養育や!」
「少年院も義務や!」
「義務ちゃうわ」
「オレは義務やねん」
と笑いながら泣き出すアキラが、冗談を言ってないことがわかった。
窃盗などを繰り返した罪がついに、少年行きの切符に形を変えたらしい。あまりのことで、細かい内容はほとんど覚えていない。
「ごめん、オレから誘ったのに。コンビ組まれへん。ほんまにごめん。この電話で最後にする。もうオレと関わったらアカン」
泣きながら返事を返す。
「おまえはほんまにアホや。くそボケや。なんもおもんない。なんにもおもんない。ちゃんと反省せぇ。二度と犯罪行為なんてするなボケ!」
「わかってる、ほんまにごめん。ほんまにごめん」
「ネタは考えたんか?」
一応最後に聞いてみる。
「考えた。聞いてくれるんか?」
「あたりまえやろ、はよ言えアホ!」
そこからの数分間、ぼくらはちゃんと漫才師だった。
「もうええわ」
「どうもありがとうございました」
「ほなまた」
「また、元気で」
「アキラも」
電話を切る。
それ以来、アキラとは二度と連絡をとっていない。
どこでなにをしているかも当然知らない。
ただ、この季節になるといつだってあの頃を思い出す。あいつと漫才してたらどうなってたかな。ぼくの人生もなにかちょっと違ってたのかな。
昨日、決勝で披露された10組の素晴らしい漫才を観て改めて思う。
アキラのネタ、全然おもんなかった。
もうええわ。
ありがとうございました。
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