日本の携帯キャリア及びGalaxyのバンド縛り問題

追記 4月7日の新製品発表会に際する質疑応答の内容を追加

東京五輪版Galaxy S21のバンド塞ぎ

三星はオリンピックの公式スポンサーであり、大会会場や放送時に広告を打っているが、他にも参加した選手や関係者に自社携帯電話のオリンピックモデルを配布している。
2020 東京五輪でもGalaxy S21の特別モデル、Galaxy S21 5G Olympic Games Editoin が配布されたのだが、その仕様に関してネット上で騒ぎが起きていた。
そのきっかけは、大会中に配布された端末が転売サイトに出品されたことにある。

https://smhn.info/202107-galaxy-s21-olympic-is-resold

勿論、記念商品だからとはいえ一度本人が入手した端末をどのように扱おうとそれは個人の自由であり、すでに使用している端末がある人や、中には本国で十分なサポートが得られておらず、金銭的に余裕のない選手もいるだろう。
だから転売自体は特に問題のある行為ではない。とはいえ、度々限定品や記念品を転売目的で購入・入手する人々が炎上する日本のネットにおいてはセンシティブな話題であることは間違いない。
しかし一方で、転売に一定の理解を示す声が現れていた。
その理由は配布端末が「バンド塞ぎ」をされていることにあった。

https://twitter.com/nullpo_x3100/status/1425719923490189312

上のツイートにあるように、東京五輪版S21はドコモ版S21と同じ電波仕様であり、日本の他社キャリアのものどころか海外でも使われるLTEバンド(周波数帯)にも対応していなかったのだ。
そのため、海外選手が本国に戻ってもこの端末を満足して使えない可能性がある。

↓ 選手配布モデルの電波仕様を確認した動画


一つ指摘しておきたいのが、ここで五輪版はドコモ版とは異なる仕様にするべきだったという意見は的外れである。
そもそも今まで五輪で配布されてきたモデルは現地で販売されているものと同じ技術仕様となっている。
問題はドコモに限らず日本のキャリアの習慣にある。
それを語る前にまずは過去の五輪モデルを前例として問題点を炙り出していきたい。

前例:2018年平昌五輪モデル

2018年の平昌五輪で三星が配布した端末はGalaxy Note8である。
廃部モデルはKTが独占販売したGalaxy Note8 PyeongChang Editionとデザイン以外は同じ仕様である。
独占販売とは言うものの、韓国の場合キャリアに関わらず同じ端末の電波仕様は共通である。

http://blogofmobile.com/article/99480

そこで問題の本質に迫るためにGalaxy Note8(SM-N950)の地域ごとのモデルにおける電波仕様を比較していく。
この端末には地域・キャリアごとに6種類のモデルが存在する。
N950F/FD(国際版)N950N(韓国版) N9500(中国版)
N950U(米国版) SC-01K (ドコモ版)SCV37(au版)
ただし、au版のSCV37については詳細なバンド仕様(特に国内外で使用されている周波数帯)の情報が発見できなかったため、これを除く5つのモデルの周波数を書き出していく。
(後述するがN950Uは厳密にはキャリアごとに仕様が異なる。そのため、ここではunlockedモデルのN950U1のバンドを記載するものとする。)

N950F/FD
1,2,3,4,5,7,8,12,13,17,18,19,20,25,26,28,32,38,39,40,41,66
N950N
1,2,3,4,5,7,8,12,13,17,18,19,20,25,26,28,38,39,40,41
N9500
1,2,3,4,5,7,8,12,13,17,18,19,20,25,26,28,34,38,39,40,41
N950U
1,2,3,4,5,7,8,12,13,17,18,19,20,25,26,29,30,34,38,39,40,41,66
SC-01k
1,3,4,5,7,12,13,17,19,21,28,38,39,40,41,42
(太字は韓国版にはないバンド 取り消し線はKT・ドコモがそれぞれ使用しているバンド)

これを見ればわかるが、韓国版N950Nはグローバル版とそこまで差がない。
一方で、ドコモのSC-01Kは明らかに他のモデルと異なっている。
B21という世界でドコモだけしか使っていない周波数帯に対応していることもそうだが、何より対応バンドの数が他のモデルに比べて少ないのだ。
使用バンドの数に違い(KT:4、ドコモ:6)はあるが、N950NはKT以外の15の周波数帯に対応しているのに対して、SC-01Kは10個だけである。

実はドコモ版Galaxy S21の4Gバンド仕様もNote8と全く同じである。
Galaxy S21の東京五輪モデルにおける問題は、日本のキャリアにおける「バンド縛り」思想から生まれたものだった。

日本キャリアの「バンド縛り」

日本の通信キャリアが扱うAndroid端末は、販売キャリアの周波数帯に特化しており、他社の持っているバンドに非対応であることが多い、というのはそれなりに知られている。
これにより、例えsimロック解除によりスマホはそのままでキャリアを変更したとしても、端末が他社の電波、特に周波数が低く地下や店内でも繋がりやすいプラチナバンドに繋がらないため使い勝手が悪くなる。
このいわゆる「バンド縛り」は一部のユーザーだけでなく、キャリア乗り換えの障害を排除して競争を促進させることに腐心してきた総務省も問題視するようになった。
違約金の廃止や回線契約と端末購入の分離、Simロック原則禁止などの改革が進められてきた日本において、一部の他社バンドを削る行為はは未だ残存するスウィンチングコストの筆頭である。

https://www.soumu.go.jp/main_content/000798884.pdf



一方で、バンド縛りを擁護する声も聴かれる。一つは、「他社バンドに対応することで価格が高くなる」ことを恐れてのものだ。
それに対しては、Xperiaなど全社バンドに基本対応しているSimフリーモデルを販売しながら同時に各社それぞれにバンド削りを施した端末を提供し、コストをかけてバンドを縛っている現状からすれば、必ずしもバンド対応がコスト増に繋がるとは限らない。
むしろ、モデルを統一することで同一ラインで生産を完結できるなど、規模の経済が働くことで却ってコストが抑えられるのではないかと反論することができる。
コストとして槍玉に挙げられる技適認定申請にかかる諸費用についても、敢えてモデルを分け複数回に渡って申請するより、単一モデルとして申請すれば費用は一回分で済むはずである。
よって、「他社バンド対応が価格に転嫁される」という意見は一見妥当に見えても現状を考えれば穴が多い。

とはいえ、「どうして他社のサービスでも利用可能にしなければならないのか」という意見にはある程度の説得力がある。特に、そのモデルが一キャリアの限定販売であるような場合には。
現状、通信の質やオプションサービスにおいて三キャリアには特段違いがあるようには見えない。特に、2020年末に低価格プランを発表した以降は通信価格においてもほぼ横並びといっていい。
その中で、他社との差別化を図れる数少ない要素がキャリア限定端末である。初めから自社に呼び込むための商材を他社に開放する義理はない。
他社の通信は他社のサービスであって、自社が提供するサービスではない。

しかし、このバンド縛りが自社のサービスにすら影響しているとしたらどうだろうか?

日本のキャリア端末は他社バンド以外も貧弱

上で見たようにドコモ版Galaxy Note8は他のモデルに比べて対応バンドが少ない。ドコモ版にのみ存在していたB21とB42(au版も対応)を含めても明らかに足りていない。
他モデルにあるB2,8,18,20,25,26はドコモ版では一切対応していない。
これによって影響を受けるのがドコモが提供する国際ローミングサービスである。

国際ローミングサービスとは簡単に言えば、海外滞在時でも現地のキャリアが日本のキャリアと提携しているならば、契約しなくとも日本のSimでその回線を使用できるようにするサービスである。
ドコモでは「パケットパック海外オプション」という定額プランを提供している。

では、仮にドコモ版Galaxy Note8をローミングサービスを利用して海外で使う場合に何が起こるだろうか。

残念ながら、現在ドコモは提携先のキャリアを明らかにしていない。
地域と端末の組み合わせでローミングサービスが使用できるか否かを検索できるのみになっている。
そのため古い資料を参照せざるを得ない。
下の画像は、2014年における対応国・地域と対応事業者のリストである。
消滅、合併により存在しない事業者もあるが、概ね現在でも展開しているキャリアが掲載されている。

2014年におけるドコモのLTEローミングサービス対象地域とキャリア

https://www.docomo.ne.jp/binary/pdf/service/world/roaming/lte/LTEkokusairoaming.pdf

この中でイギリスの提携先キャリアとしてEEが挙げられている。
EEが保持しているLTEバンドは以下の4つである。
B1(2100MHz) B3(1800MHz) B7(2600MHz) B20(800MHz)

このうちB1,3,7はドコモ版Note8でも対応している。
そのため、EEの回線を通してローミングサービスを使用することは可能である。
問題はB20に非対応であることで、これはプラチナバンドであることから地下鉄や他の周波数が届かないエリアをカバーするために使われていると考えられる。
そのため、イギリスでこの端末を使用する場合、繋がりにくいエリアが頻発する可能性が考えられる。
つまり、ドコモ版Note8は他のモデルでは対応しているB20を削ることで、自社のサービスである国際ローミングの使い勝手を日本の他社回線で使用した場合と同程度に下げているということになる。

他の地域でも確認しよう。
韓国の提携先として挙げられているのはKTである。
保有しているLTEバンドは
B1(2100MHz) B3(1800MHz) B8(900MHz)の三つである。

EEの場合と同様にB1,3に対応しておりローミングサービスは利用可能だが、プラチナバンドのB8が削られている。
そのため、繋がりやすさは同じくB8を利用しているソフトバンクと同程度であると考えられる。
(ただし、国内版GalaxyはソフトバンクのVolteを塞いでいるため、通話に関してはKTが勝る。)

B20が削られている事情は分かりかねるが、B8が使えないのは他社のプラチナバンドでの使用を不可能にするという縛りの発想によるものである。
このように国内キャリアが囲い込み戦略を取ることで、自社のサービスすら満足に提供できなくなるならば、それは愚策だとしか言いようがない。

(後述するが、三星はソフトバンクとの確執という別の問題を抱えていることに注意。それでも、SBでも扱っているXperiaのドコモ版でも同様にB8,20が削られているところからして上の結論に変わりはない。一方、他社バンド対応に積極的なAQUOSはR6などの機種でB20を維持している。)

Galaxyの米国モデル

これまで日本キャリアのバンド縛りについて述べてきたが、実は日本以外にも積極的にバンド縛りを行っている国が存在する。
それはアメリカである。
その実態と日本市場との違いをまとめていく。

Galaxy S21 Ultraの米国版SM-G998U/U1にはキャリア版と直販モデルであるunlockedモデルを合わせて6つのバリエーションが存在する。

SM-G998UZAAXAA Unlocked
SM-G998UZAAVZW Verizon
SM-G998UZAATMB T-mobile
SM-G998UZAAATT AT&T
SM-G998UZAASPR Sprint
SM-G998UZAAUSC US cellular

上のページからモデルごとのLTEバンド対応状況を確認できる
(なぜか文字が潰れている)

モデル別の対応LTEバンドを整理すると次のようになる。
見やすいようにUnlockedを基準にして、他モデルは差分と各社バンドを表記する。
取り消し線は削ったバンドのうち他社で使用しているもの
太字は主にそのキャリアで使われているバンド
US cellularは不明

Unlocked (B1,2,3,4,5,7,8,12,13,14,18,19,20,25,26,28,30,38,39,40,41,46,48,66,71)

Verizon
-(B1,14,25,30,71) 
B2,4,5,13,46,48,66

T-mobile -(B14,30)
B2,4,5,12,66,71

AT&T -(B14,48,71) +(B29) 
B2,4,5,12,14,17,29,30,66

Sprint -(B18,19,30)             
B25,26,41

US Ce -(B1,3,8,14,18,19,20,28,30) +(B29)
B2,4,5,12

米国版Galaxy  S21 Ultraの対応LTEバンド一覧

米国版Galaxy S21 Ultraでは、主要プラチナバンドまでは削っていないにしろ、B66,71といった周波数帯がいくつかのモデルで非対応となっている。

主要なプラチナバンドに関しては消費者と中小キャリアが一体となって政府機関に訴えた結果、どのキャリアモデルであっても対応するようになったという経緯がある。

一方、米国では他キャリアのBandに対応しない端末が“普通に”販売されている。ただし、対応Bandに関する議論がなかったわけではないようだ。

 米国では、700MHz帯のLTEにおいて「Band 12」と「Band 17」を運用している。Band 12はT-Mobile USの他、中小キャリアにも割り当てられている。一方で、Band 17はAT&Tに割り当てられている。この割り当てには、いわゆる「電波オークション」が利用されたという。

 Band 12はBand 17と同じ周波数帯を含んでいる。そのため、Band 12に対応する端末は対策を講じればBand 17でも通信できる。しかし、Band 17にしか対応しない端末はBand 12では通信できない。

 「端末メーカーが販売数の見込めるAT&T向け端末(≒Band 17にのみ対応する端末)の開発に注力して、Band 12に対応する端末が少なくなるのではないか」と危機感を抱いた中小キャリアは、消費者団体と共に「Interoperability Alliance(相互運用性アライアンス)」という団体を結成し、規制当局であるFCC(米国連邦通信委員会)に対応を求めた。

 その結果、FCCは端末におけるBand 12とBand 17の相互運用性確保を義務付ける規則の検討に入った。それを受けて2013年9月、AT&Tを含む大手キャリアが“自主的な”取り組みとして端末におけるBand 12への対応(=相互運用性の確保)を進めることをFCCに確約した。最終的に、FCCは2017年10月に規則の改正を採択している

IT media Mobile : 海外では携帯電話やスマホの「バンド縛り」はある? 総務省が調査
https://www.itmedia.co.jp/mobile/articles/2204/01/news172.html


よって、キャリアごとにバンド仕様の違うモデルを用意している点においては、日本と米国における三星の戦略は同じであるが

・米国版は他社の主要なプラチナバンドは塞いでいないが、日本版は他二社のB8及びB18(B26)/B19に非対応である。
(B28は三キャリアで活用に温度差があるため主要なプラチナバンドとは言い難い。)
・米国には(B29を除いて)全てのモデルの周波数に対応しているUnlockedモデルが存在するが、日本には三社バンドに対応した直販モデルは存在しない。

という違いがある。
この二点を見ても、米国は日本市場での問題点をある程度は回避しているという印象を受ける。

もう一つ米国版と日本版には共通点がある。
それは、これらのキャリアモデルが実はハード設計上全て同じものであり、ソフトウェア調整によって使える周波数が制限されているという点だ。

アメリカ国内において製造、販売、あるいはアメリカから輸出される通信機器はFCC(Federal Communication Commission)による認証を受けなければならない。
Galaxy S21 UltraのFCC IDはA3LSMG998Uであり、キャリアごとのモデル別に申請されていないことが資料から分かる。
テストされる周波数のリストを見るとUnlocked版の対応バンドと同じである。
ただし、Unlocked版はAT&TやUS Cellular版にあったB29に非対応であるため、この二つのモデルに関しては別のハードがある可能性は残る。
しかし、アンテナの設計図を見るとB29のRx(Radio Receiver)が存在することが判明した。
B29はSDL(Supplemental Downlink)という下り専用のバンドであるため、携帯端末はこの電波を発信せず、基地局から受信するのみである。
したがって、電波の放射仕様に対しての認証であるFCCではスマホ側でB29に関するテストを行う必要はない。

https://fcc.report/FCC-ID/A3LSMG998U

A3LSMG998U(米国版Galaxy S21 Ultra)の対応周波数一覧
アンテナ設計の図
1.Antenna A Tx/Rxの6にLTE B29 Rx(Radio Receiver)の表記がある

また、米国版Galaxy S21(A3LSMG991U)のFCC認証の資料にはunlocked版(SM-G991U1)とそれ以外(SM-G991U)は同じモデルであることが明記されている。
https://fccid.io/A3LSMG991U/Letter/Attestations-20201208-v2-A3LSMG991U-LTE-Attestation-letter-update-5031450

A3LSMG991Uはキャリア版S21(SM-G991U)とUnlocked版S21(SM-G991U1)の双方に該当する

よって、アメリカ版Galaxy S21 UltraはUnlocked版、キャリア版含めてすべて同じハード設計であると考えられる。

日本版においても同じ状況である。
つまり、日本で発売されているGalaxyのうち、複数キャリアで取り扱われるものについてはある時期からハードを共通化している。
例えば、2021年にドコモ、au両社から販売されたGalaxy S21は、型番上はそれぞれSC-51B,SCG09と異なるが、FCC認証では同じA3LSMG991JPNとして申請されている。

添付資料にはASLSMG991JPNがSCG09、SC-51Bに該当することが記載されている

ただし、日本で電波機器を使用する際に必要な技術基準適合証明(技適)の申請においては、キャリア別の申請がなされている。
これが意味するのは、三星は本来一回で済むはずの技適申請を複数回行うことで手間と費用を余計に掛けているということだ。
その目的はソフトウェア上だけでなく法律上も他社のバンドを使用できないように縛るためだと考えても問題ないだろう。

スマホを国内で売る際に行う技適(正確には工事設計認証)申請の費用は正確な値では明らかになっていない。
公開資料から考えるに、バンドごとに手数料がかかると考えた場合、一端末当たり数百万円ほどであると推定できる。

工事設計認証に係る手数料の例

(参入障壁やバンド追加の足枷となるかを考えてもそうだが)この価格を高いとメーカーが感じているかは分からない。
ただ、少なくともこのプロセスを繰り返してまでバンドを制限する必要があると考えているのは間違いない。
では、その動機はなんであろうか。

日本版Galaxy:キャリアとメーカーの責任循環問題

2021年5月31日に総務省が開催した第19回競争ルールの検証に関するワーキンググループに関して公開された資料の中に、「周波数制限を設けている理由」についての質問に対する三キャリアの回答が掲載されている。
三社とも、「対応周波数はメーカー側に判断を委ねており、当社側から制限を要請・強制していない」と答えている。

https://www.soumu.go.jp/main_content/000752496.pdf

これをどう受け止めるべきだろうか。
確かに、端末の中には一つのキャリアで専売しているものがあり、メーカー側が設計・製造コストを考えて周波数を削るというのは理解できる。
問題は複数キャリアで同じ端末を販売しているのにもかかわらず、各キャリアモデルごとでバンドを制限するような場合である。
特にGalaxyの場合キャリアごとで対応周波数が違えど内部構造は同じものを販売しており、バンド開放に特にコストはかからないはずである。
それなのにメーカー側が「自主的に」塞いでいるというのは説得力のない話だ。

動機として考え得る可能性を提示する。

①慣習として行っている
特に要請はないが、かねてより制限することが業界におけるスタンダートであるため敢えて変えることなく塞ぎ続けている。

この場合、メーカーは無意味な行動を取り、しかもそれを見直すことができない状況に陥っている。
ただこれは、外部からの指導により容易に解決するはずである。

②忖度をしている
特に要請はないが、制限することでキャリアに良い印象を持ってもらえるという目論見から行っている。
或いは反対に、制限しないことでキャリアからの待遇が悪くなることを恐れている。

やはり無意味であるため、メーカー側への行政の働きかけで改善されうる。

そもそも①②はキャリア版でもバンド縛りをしていないメーカー(SHARP、OPPO)がある以上考えにくい。

③要請や強制はしていないがインセンティブを与えている
要請はされていないが、バンド制限をすることで見代わりに納入量や卸値を増やすという条件を提示されて、合意している。

一番問題のある状況がこれである。
形式上は自主判断ではあるが、バンド縛りを行わなければ結果的に不利な条件を飲んでしまうことになるため、実質メーカー側には選択の余地が無い。
このような事業者同士の契約はキャリアとメーカー以外が原則として詳細を知ることができず、行政が本格的に介入するまでは検証が難しくなる。

3キャリアの回答に表れているように、日本のスマホ市場には責任の循環構造があると考えている。
キャリアで販売されているモデルは、当然各メーカーがハード、ソフトともに作っているわけであるが、形式上は各キャリアがメーカーに製造委託を行っている、OEM(ODM)モデルであると捉えられている。
その証拠として、ドコモは新製品発表の際に、「ドコモが新モデルを開発した」という表現を用いる

株式会社NTTドコモ(以下、ドコモ)は、デザインとカメラ機能が一新された「ドコモスマートフォン Galaxy S21 5G SC-51B」と、Galaxy史上最速※1CPUでゲームも快適な「ドコモスマートフォン Galaxy S21 Ultra 5G SC-52B」の2機種を開発し、2021年4月22日(木曜)に発売いたします。

報道発表資料 
「ドコモスマートフォン Galaxy S21 5G SC-51B」
「ドコモスマートフォン Galaxy S21 Ultra 5G SC-52B」の新商品2機種を開発・発売
https://www.docomo.ne.jp/info/news_release/2021/04/08_00.html

日本向けのカスタマイズに関与しているとはいえ、ベースモデルが存在する以上開発しているのはキャリアではなくメーカーだろう。
それでも、キャリアによる開発という建前を置くことで、メーカーはサポートや修理依頼、ソフトアップデートなどをキャリア側に任せることができる。
結果的に言えば端末の仕様や欠陥に対する批判についても、キャリア側が責任を引き受けている。

しかし、実態はメーカーが製造した端末をキャリアに卸しているにすぎない。
だからこそ、キャリアは「メーカーの自主的な行動である」と普段の建前を捨てて主張することができる。

キャリアはメーカーに、メーカーはキャリアに責任を転嫁できるために、本来の目的である仕様の改善にたどり着く前に責任主体を巡っての議論で有耶無耶になってしまう。
この循環構造によって、本来の顧客であるユーザー側の要望が果たされないおそれが出てくる。
不満を訴えても、メーカーとキャリアによって責任先をたらい回しにされるからだ。

メーカーとキャリアはいわば共犯関係にあるので、すべきことはこの構造を指摘した上で双方に改善を迫ることだろう。
それができるのはユーザーではなく行政による外圧だけである。

消費者の利便性を損なう行為には行政の介入が必要

総務省は今年4-5月にかけて、競争ルールの検証に関するWGにおいてバンド縛りについてのヒアリングを各事業者を対象に実施する方針である。
ここでの注目は、端末メーカーを対象としたヒアリングである。
19回WGにおいてもそうだが、それ以前はキャリアの主張のみが参照され、実態解明には程遠かった。
今回メーカー側から説明がなされることで、キャリア側の主張の妥当性およびバンド対応の障害となっている事項を明確にできる。

ヒアリングにおいてメーカー側になされる質問は以下の通り

キャリアに納入する端末の対応Bandを決定するプロセス
利用者視点も立った「納入先以外のBandにも広く対応する端末」
「納入先のBandを中心にした端末」のメリットとデメリット
第26回会合で例示した総務省消費者センターに寄せられた意見について、改善できること
対応Bandについてルール化、あるいは業界標準化された場合のメリットとデメリット
ヒアリング対象のメーカーの端末の実態を踏まえた事項

これらのヒアリングを踏まえて、総務省によるルール作りが行われ、その後改めてキャリアとメーカーに対応を求めていくものと思われる。
或いは先立って「自主的に」対応が進められる可能性もある。
いずれにせよ、何もしなければ、キャリアとメーカーは消費者利益を考慮せず密室の契約で完結しようと試みるだろう。
今までもそうであったように。 

結局、行政の介入という外圧がなければ自らの利益のためにユーザーの利益を損ねても問題ないと考えてしまう、自浄作用のない業界ではあるというのが嘆かわしくはあるが。

追記 4月7日に発表された日本版Galaxy S22/S22 Ultraは事前のFCC認証からドコモ版/au版ともに同一ハードを使用していることが明らかになっていた。
しかし、前例にもれず各モデルごとに他社バンドを塞いでいる。

WGの結論を受けての今後の対応を注視していく。

追記
4月7日のGalaxy新製品発表会後に記者・ジャーナリストが小林謙一三星電子日本CMOを囲み、バンド縛りに関する質問を行った。
結果的に言えば、WGでの「メーカーに決定権がある」というキャリアの回答とは異なり、キャリア側から指示や要望に対応する形で周波数制限が行われている現状が回答から示唆されている。

記者
なぜSシリーズをsimフリー(直販)モデルで出さないのか?

小林CMO
出さないわけではなく、タイミングを計っている。
すでに取引のあるキャリアとの関係や競合他社の動向を見定めたうえで継続検討している。

記者
Galaxyはバンド制限がされていることが多いが、その対応についての現状はどうなっているのか?

小林CMO
フラグシップモデルは立場上キャリアのOEMであるので、通信事業者の提案する内容に対して真摯に対応している。

記者
キャリア側は「メーカー側に主導権がある」と回答している。
また、FCC認証では同一ハード設計である端末をキャリアモデルではバンドを塞ぎ合っていることにネット上では疑問の声が上がっていた。その点についてはどうか。

(4/10 消えていたので再追加 動画非公開後に記憶をもとにして書いたため正確ではない可能性がある)

記者
日本モデルはFCC認証上では同一ハードであるのにキャリアごとにバンドを塞ぎあうことに疑問の声が多くある 。
キャリアはメーカーに決定権があると主張しているが、何故このような 
ことになっているのか?

小林CMO
(CMO回答に迷う)本音で言っていいですかね?(隣の担当者に)
オブラートに包んで言えば、我々が色々提案するが、その中でキャリアがある種「指示」、このようにして欲しいという強い要望を出して、それに対応している。
現時点ではどちらに主導権があるかは明示していない。

記者
メーカー側としてはバンドを共通にすることとモデルごとにバンドが異なるのと、どちらがユーザーにとって有利だと考えているか

小林CMO
(CMO迷う)難しい質問で、どう答えるか。
自分が話すと個人の主観的が入ってしまう。
(担当と相談)別途検討で。(今回はノーコメント。)

記者
関連して、Galaxy M23がn79(ドコモの5Gバンド)に対応していないのは何故か?

小林CMO
良い質問ですね。(CMO苦笑)どうしましょうか。
(担当に確認)すみません、(回答は)持ち帰りということで。



  


余談 SB問題と楽天モバイル

三星日本が抱えるもう一つの問題がソフトバンクとの断行状態である。SBは2015年にGalaxy S6 edgeを発売したきり、その傘下のYモバイルを含めてGalaxy端末を取り扱っていない。
その原因については諸説ある。
例えば、三星が蘋果を優遇し続けるSBに愛想を尽かした、キャリアは取り扱いに際して三星に契約料を払っているがSBがこれを嫌がった、恩義があるSHARPを優先するためなど。

かつて、三星が日本でフィーチャーフォンを販売するに際に頼ったのがソフトバンクであった。その2社の関係が変わったのはSBのiPhone独占販売開始にあることは間違いないだろう。
それ以降、三星はiPhoneを販売できないドコモやauに端末を卸し、ソフトバンクはGalaxyを二回の例外を除き販売していない。
それだけではなく

・日本のGalaxyはSBのプラチナバンドであるB8に非対応
・B8に対応している海外版でもSBの4G回線による通話/SMS(VoLTE)非対応

といった徹底的な関係断裂ぶりが見られていた。

これは、原則として三キャリアに対応することを求められるSimフリー(非キャリアモデル)を三星日本が出すための大きな障害となっていた。

しかし、2022年4月から状況が大きく動き始めた。
まず、海外モデルのアップデートによりソフトバンク回線でのVoLTEが開放された。


これは、ソフトバンクの3G停波を控えての対応ではないかと見られていた。
ソフトバンクと提携して日本でのローミングを提供している海外キャリアからすれば、シェアの大きいGalaxy端末での通話が出来なくなるような事態を看過できない。
そのため、三星とソフトバンクは確執を棚に上げても対応することを迫られたのだろう。

しかし、事態はそれに留まらなかった。
4月7日に行われたGalaxy新製品発表会において、三星日本は初のSIMフリー(直販)モデルであるGalaxy M23 5Gを発表した。
そしてこの端末は国内版としてはSB版Galaxy S6 edgeB8以来7年ぶりに対応したモデルである。

他の最新モデルであるS22/S22 UltraやA53 5GはB8非対応であり、ソフトバンクが扱うこともなかったが、三星日本の市場戦略が確実に良い方向へと向かっているのは確かだ。
キャリアで発売される予定の上の3機種はハード仕様からしてB8に対応していないが、今後の機種においては対応する可能性がある
それは総務省とキャリア、メーカーのやり取り次第ではあるが。
(個人的な予想ではあるが、海外での前例やコストを考えて3社のプラチナバンドであるB8/B18(B26)/B19への対応義務化のみで手打ちとなると考えている。)


それでも、もう一つ見過ごされている問題が残る。
それは楽天モバイルのGalaxy端末における制限だ。

楽天は参入当初販売基準を満たしていないという理由でiPhoneを取り扱うことができなかった。
そのため、高価格帯のラインナップとして販売したのがGalaxy S10とGalaxy Note 10+である。
この2つの端末はauとドコモから既に販売されていたが、大きな違いとしてキャリア版ではそれぞれ制限されていた2社のバンド(B18,B19,B21)がフルで使える。
これによりSB回線非対応ではあるが実質的なsimフリーモデルとして扱うことができると期待の声が上がっていた。

しかし、楽天版Galaxyは確かにバンド塞ぎは行わなれていなかったが別の制限が施されていた。
それはキャリアアグリゲーション(CA)の封印である。

CAとは4Gもしくは5Gの複数の周波数帯の電波を束にして通信することで、速度を格段に上げることのできる技術である。
そのためにはアンテナなどのハード設計もさることながら、バンドの組み合わせごとにCAが出来るようソフトウェアで調整する必要がある。

Galaxy S10はドコモ版・au版はそれぞれのキャリアの周波数においてCAが可能であった。
しかし、楽天版はCAの機能自体が塞がれている。

service mode
CA-Disabledの文字列を確認できる

楽天モバイルは4GバンドしてはB3しか保有していないため、CAが無効であっても実使用に問題はない。
ただ、この端末をauやドコモの回線で使用した場合、場所によってはCA可能な端末に比べ通信速度が著しく低下する。

ドコモ版Galaxy S10(SC-03L)の通信スペック
PREMIUM 4G(ドコモのCAサービス)での理論最大受信速度は1576Mbps


楽天版Galaxy S10の通信スペック
ドコモ版と対応バンドは共通しているが、CA非対応のため最大受信速度は400Mbpsに留まる


なぜこのような制限を設けているのか。
楽天は新参キャリアであるため、メーカーに対する力関係では他三キャリアほど強くはないだろう。
だから、楽天が指示したと考えるのは難しい。
むしろ、三星日本側が提示したのではないだろうか。

考えうる理由としては、敢えて楽天側に有利な条件を出すことで交渉を上手く進めようと図った可能性がある。
これはまだ穏当な仮説である。
或いは、普段から端末に制限を付けている以上、新参入といえども何かしらの縛りを付けなければいけないと忖度した可能性。
一番悪いパターンでは、ドコモやauでも発売されている端末を両社バンド完全対応にした場合、その二社で販売している同機種の売り上げに影響することを恐れ、直接または間接的に圧力をかけられた。

いずれにせよ、楽天モバイルがこの問題について公式に説明していないため真相は不明である。
また、今後説明がなされたり、CAが解放される可能性も低い。
バンド縛りに比べて認知度が低く、WGにおいても楽天だけが質問を受けなかったことから、行政の場においても指摘されずに有耶無耶になることだろう。
そして、iPhoneの取り扱いを開始した楽天はそれ以降Galaxyの新端末を発売していない。
このまま幕引きとなってしまうのであろうか。

CA制限は楽天だけではなくドコモやauのGalaxyにも施されている可能性がある。
仮にバンド制限が撤廃されたとしても、次の策としてCA縛りを残すということはないだろうか?


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