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母の教え№14  酒 酔 い

〇 酒 酔 い

 私の家は、集落内に一軒しかない床屋だったので、遊興設備のないこの時代には、集落内の“溜まり場”になっていた。毎晩のように、いろいろな酒酔いが、入れ替わり立ち代り立ち寄っていた。


 中には、正気をなくするくらい酔っ払って、客同士が喧嘩をしたり、ヨモダ(理屈に合わない、無茶苦茶を言う)を言い合う者も出てきたりした。
 こんな時も母は手馴れたもので、怒らさないように上手に相手をし、適当にあしらって帰していた。中には、足を取られて、家族の迎えが必要な酔っ払いもいた。

 酒酔いには、笑い上戸から、泣き上戸などと特定の癖を出す人が多いが、中でも、酔うほどに次第に人相が変わり、すぐに喧嘩をする怒り上戸が一番面倒な部類だった。こんな人に限って、必ず、翌日、家族と一緒に謝りにやって来た。
 『昨夜は、ヨモダを言ったようで、本当に申し訳ありません。酔い過ぎて何も覚えていないので、許して欲しい……』と決まり文句の平謝りである。
 こんな時、母も、『両方共に、随分、酔っておられたので、仕方ありませんよ…』と決まり文句の慰めを言って、愛想笑いをしていた。
 『いくら酒に酔ったからと言って、全然心にないことを言う筈がない。また、思い出せない部分はあっても、酔い過ぎて、全く何も覚えていないと言うことはない!』と母は、酒酔い達のずるさやカッコ悪さを指摘し、家族も恥ずかしい思いをすることも強調して、この人達を、自分の子供達の反面教師にしていたように思う。
 『酒は、楽しい時に飲め! 何よりも酒をおぼえる、”飲み初め”が大切だ!』と言うのが母の持論である。
 『酒は、魔法の水だから、悲しい時に飲む癖をつけると、泣き上戸になり、腹が立った時に飲む癖をつけると、怒り上戸になる。飲み始める時の酒は、”必ず、楽しい時”にだけ飲め……』  
 『男は、練習してでも、一合や二合の酒位、飲めんといかん!』『酒は飲んでも、飲まれるな!』と酒については、子供の頃から、慎むように、特に、厳しく言っていた。
 『20歳になるまで、酒は飲むな!』と母から一度も言われたことはないが、私は、なぜか自然に、成人するまで酒は飲んではいけないと考えていた。

 長兄が父の床屋を継いで、家長として組内の付き合いをするようになってからも、20歳になるまでは、酒を飲まなかったように思う。これらも酒酔いの醜さを、子供の頃から、目の当たりにしていたからだろう。
 私は、母が長兄に対して、酒の飲み方について厳しく叱っているのをよく聞いていた。
 長兄は、少し酒を飲むと声が大きくなり、ニコニコして良く喋るだけで悪い酒酔いではなかった。

 しかし、母は、こんな時にも……、
 『一合や二合の端酒を飲んで、大物言うな!』とか、『男チャバ(良く喋る人)値打ちがない!』と頭から怒鳴っていた。

 私の酒の飲み初めは、同級会のような楽しい時に限定していたので、酒癖の悪い方ではないと自負している。仕事柄、酒を飲む機会が多かったが、母から厳しく教えられたように、最初から酒に飲まれないように、意識していたので、ほとんど酒で失敗することはなかった。
 『酒を飲み過ぎるのは、もともと自分の口がいやしいからだ…』『直接、他人の口を開けて、無理に酒を流し込む人はいない。嫌だ、嫌だと言っても、自分の口が飲んでいるのだ……』『杯を、飲み干すから注がれる。杯が満杯なのに、その上に注ぎ足す人はない!』と言うのが母の理論である。

 これまでに何度か、自分が酒を飲む限界を確かめてはいるが、その日の体調も左右するので、過信すると飲み過ぎて、二日酔いに苦しむことになる。酒を飲む前に、牛乳を飲んだり、クロレラの錠剤を呑むなどの、一般的な悪酔い予防をすることも大切だ。

 しかし、母が教えてくれたように、毎回、酒に飲まれないように意識して飲むことが何よりも大切である。           


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