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母の教え№32  〇 おわりに

 
 ○ おわりに
 
 父は、私が1歳9カ月の時に出征し、3歳3カ月の時に戦死したので、父親に何かをしてもらったという記憶が全くない。 
 その分、母とは、高校を卒業後、地元の郵便局に就職して、昭和40年4月に京都郵政研修所に入所するまでの25年間余りを過ごして来た。
 そこで私は、三人兄弟の中でも、一番多く母の教えを受けており、母の考え方を受継いでいると自負している。
 母は、私たちが子供のころから、何かにつけて、自分の経験や世間話・例え話でいろいろのことを教えてくれた。特に、冬の夜長などは、散髪に来た最後の客が帰った後の火鉢の残り火を囲んで、家族四人が夜中まで話しこむことが多かった。
 そこでこれまでに、いろいろな場面で教えてくれた「母の教え」を再度、思いつくままに列挙し、私の「母の教え」の締めくくりとしたい。
 
 
1 子育について
 
〝子育てについては、いろいろな人がいろいろなことを言うが、一般家庭ではそんなに難しいものではないと思う。基本は、三歳になるまでに仕込まないかん。「三つ子の魂百まで」といわれるように、学校に行くまでに「ありがとう!」と感謝の言葉が率直に言える子供に育てることが第一だ。
 第二は、金持ちと貧乏人の家庭に生まれた子供とでは、いろいろと条件が違ってくるが、とにかく、「我慢のできる子供に」育てないかん。この点、金持ちより貧乏人の方が、我慢する機会が多いので有利だが……。
 第三に、美しい花を見て、「綺麗だ!」と思える子供に……、夕日が沈むのを見て、涙が出るほど感動できる子供に育てることが大切だ! それには、まず親が子供の前で、感動して見せることだ……。
 第四に、子供のころは、元気で楽しく友達と遊ぶことが何よりも大切だ。小学校の間には、はがき一枚が自由に書ける程度の学力を身に付けさせれば十分だ。それ以上の学問は、荷物にはならんが、生きて行くためにはそんなに役立たん。人間元気で他人と協調さえできれば、どんなことをしても最低の生活はできる。義務教育の間は、特に勉強せんでも、先生の話しさえ真面目に聞いておれば理解できる筈だ!
 第五に、他人の立場になって考えることのできる人間に育てよ。何時もかも、他人のことばかりを考えてはおれないが、時には他人の立場になって考えてみよ! 他人のことを考える余裕と優しい心を持つ子供に育てよ。
 特に、この五つのことが母親の子育ての基本である〟
 
 〝子供のしつけは、そんなに難しいことではない。日頃から、親が実際にやって見せておけば良いだけだ〟
 
 〝子供は、二十四時間は、良い子では居られない。家の中でいい顔ばかりさせられている子は、外で意地悪をせざるを得ない。家で好きなだけやんちゃをさせておけば、外では、良い子で居られるだろう〟
 
 〝子供の前では、他人様のことは噂するな! 特に、担任の先生の良いところは、ドンドン話しても、悪口は、絶対に子供の前でするな! 「うちの子は、先生の言われることをちっとも聞かん」と嘆いている母親がいるが……、子供は、親の鏡みたいなもので、親が批判した先生が好きになったり、指導を率直に受け入れる筈がない。また、担任の先生が好きにならなければ、学校も勉強も面白くない筈だ〟
 
 〝親の面倒を見ているとか、見らされていると思えば、辛くてしんどいことも、自分のためにしているのだと思えば少しの労も苦にならない。いちいち自分の子供に教えなくても、常日頃から、年寄りを大切にしている姿を見せておけば、今度は自分が年取った時に、同じように大切にしてもらうものよ。自分がろくに親の面倒を見てもいないのに、自分が親になった途端に、子供が見てくれないと嘆き悲しむ人もいるが……〟
 
 〝いくら貧乏しても、自分のお腹を痛めて生んだ子は、三人一緒に手元で育てたい。いくら大切に育ててもらったとしても、育てるだけの親とお腹を痛めて生んだ実の親とでは、子供を思う基本が違う〟
 
 
 
 
2 人生について
 
 〝人生は、映画や芝居と同じよ。映画や芝居は、1時間か2時間で悪人が善人に変わるが、人生は、悪人が善人になるには、何十年もかかる。どんな人に対しても、誠心誠意尽くしてさえおれば、「以心伝心」と言って、いつかはこちらの気持ちが、相手に伝わるものだ。気持ちが相手に伝われば、一枚一枚薄紙を剥がすように人は変わる〟
 
 〝人生は、そう捨てたもんじゃあないよ!″
父ちゃんには、早よう死に別れたが、立派な三人の子供にも恵まれたし、これからたくさんの孫にも恵まれるだろうしね……。
 私に、二女が生まれて、孫が一男五女になった時、母に気を使って、「女ばかりで生んで、すまんことよ」と言ったら……、
 ”罰当たりなことを言うな! 世の中は周り回よ。お前ら三人が、人様が育てた大事な娘さんをもらったんじゃから、今度はお前らが大切に育てて世の中に返す番よ〟
 
 〝人間は、「ただ人がいい」だけでは駄目だ“
 特に、人の上に立つようになったら、「ただ人がいい」善人だけでは、駄目なんよ! 相手の嫌がることも言ったり、少し根性が悪くても、相手のためになることは、きびしいことを言うことも必要な時があるんよ〟
 
 〝相手に好かれようと思えば、まず、こちらが相手を心から好きになることよ゛相手の良いところを早く見つけて好きになる。この気持ちは、「以心伝心」して、いつかは、こちらの気持ちが相手に少しずつ通じるものよ〟
 
 〝自分が得をしたり、自分の意見を通すための嘘は駄目だ! 相手を擁護したり、相手のためになると思う嘘は、時にはついても良い。昔から「嘘も方便」ということもある〟
 
 中学校の運動会で、友達と結託して、遅いもの同士がゆっくり走る次兄に……、
 「お前が遅いのは、生まれつきだから仕方がないが、一生懸命に走らんのは許せん。五体満足に育てたかいがない。ずるい考え方に、友達を巻き込むな」また、「勝負は時の氏神、負けてもいいから、一生懸命に走ったかどうかが大切だ!」
 
 〝喧嘩は、同じレベルの者がするんよ! 母ちゃんは、祖母ちゃんや伯母ちゃんとはレベルが違うけん喧嘩にならん。両方が同じ線上で突き当たるから、喧嘩になるのよ。賢い方が、少し我慢して横に除けたり、より上の方から見下ろしておれば、喧嘩になりようがないものよ
 
 〝お前ら、貧乏人、貧乏人と言って嫌がるが、貧乏も捨てたもんじゃないよ。貧乏の経験はいくら努力しても金持ちにゃぁ出来ん。
 金持ちは、貧乏人の本当の苦労はわからんが、貧乏人が頑張って金持ちになれば、そんなに努力しなくても、貧乏人と金持ちの両方の気持ちが分かるようになる。それだけ、幅の広い人間になるということよ。貧乏も捨てたもんじゃあないけんなあ〟
 
 〝嫁さんをもらう時は、仲人口は信用するな。必ず、自分の目で確認しろ。結婚は、本人同士のことも大切だが、家と家との繋がりでもあるから、家族や親戚との関係も考えた上で判断した方がいいよ。娘を知りたいなら、その母親を見れば分かる、することなすこと全く同じだから……〟
 
 〝知らずにしないのと、知っていてしないのとは大きな違いだ。知らずにせん者は、何時まで経っても気がつかんのですることができんが、知っていてもせん者は、しようと思えば何時でもすぐにできる。母ちゃんの知っていることは、一応教えておくから、親が養っている間は、親の言うとおりやってもらいたい。大人になってするかせんかは、お前らの勝手だが……〟



3 期待について
 
 〝うちの子らは、大学の教授や総理大臣になれるとは思わんが、他人より少し努力して、他人より少し偉い人になってもらいたい
 
 〝私たち兄弟に対して「悪いことをして、新聞に載せられるような人間には、絶対なってくれるな!」と日頃から言っていたが……、
 浅間山山荘事件で、犯人の母親が、マイクで自分の子供に出てくるように呼びかけているテレビの実況放送を見ていた母が……、
 母ちゃんだったら、「うちの子は撃ち殺してもいいから、早く人質を助けてくれ!」とマイクでおらんでやる(叫んでやる)から覚悟しとけよ!
 
 〝お金は欲しいけれども「お金のために自分の本当の気持ちを捨てるような人間になって欲しくない」と母ちゃんは思っている〟
 
 〝母ちゃんも戦争は、大嫌いだ! でも、お国を守るための戦争なら、3人とも喜んで行かせるよ! 敵が攻めてきた時、若い者が国を守らなかったら、一体誰が守るのよ!〟
 
 〝親の恥は、子の恥。子の恥は、親の恥よ。母ちゃんがいくらええ格好をしても、お前らが悪けりゃ母ちゃんが笑われるし、母ちゃんが笑われることは、お前らが笑われちょるということよ。恥ずかしかったら、他人に迷惑をかけんことよな

 
 
4 その他
 
 〝この時代(戦後)、満腹になるまで食事ができること事態ありがたいことよ。こんな雑炊でも、食べたくても食べられない人はたくさんいる。贅沢言うと罰が当たるぞ!〟
 
 〝食べ物に感謝しながら、黙って食べろ。良く噛んで早く食べろ。早食いも能力のうちだ! 他人様に仕えたら、ゆっくり食事などしておれん。食いそびれるのは、お前らぞ〟
 
 〝酒は、楽しい時に飲め! 何よりも飲み初める時が大切だ。酒は、魔法の水だから、悲しい時に飲む癖をつけると泣き上戸になり、腹が立った時に飲む癖をつけると、怒り上戸になる。男は、練習してでも、一合や二合の酒くらい飲めんといかん! 酒は飲んでも、飲まれるな! 酒を飲み過ぎるのは、もともと自分の口がいやしいからだ……。直接、嫌がる人の口に、無理やり酒を流し込む者はいない。嫌だ、嫌だと言っても、自分の口で飲んでいるのだ。コップや杯を飲み干すから、注がれる。杯が満杯なのに、注ぎ足す人はいない筈だ!〟
 
 〝少し酒を飲むと、声が大きくなりニコニコして良く喋るようになる長兄に……
 「一合や二合の端酒を飲んで、大物言うな! 男チャバ(良く喋る人)値打ちがない!〟
 
 〝いくら寝食を共にしている親子でも、相手の考えていることまでは分からない。分からん時は、口に出して言ってみることが大切だ〟
 〝馬鹿になるなら大馬鹿になれ、半馬鹿が一番つまらん〟
 
 〝「かくし芸」などを当てられた時は、ぐずぐずせずに最後までやれ! 終われば、少々下手でも必ず拍手がもらえる。いくら上手でも、途中でやめたり、歌(曲目)を代えたりするのはみっともない。下手な方が、後の人がやり易いので喜ばれる。 
 
 この外にも、「ならぬ堪忍、するが堪忍」とか、「因果応報」「以心伝心」「臨機応変」「誠心誠意」など、いろいろな言葉を使っていろいろのことを教えてくれた……。
 

                             おわり


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