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母の教え№12  町議会議員選挙

○ 町議会議員選挙

 昭和30年3月31日、五か町村が合併しての第一回目の町議会議員選挙が実施された。
 旧村には、五つの集落があり、この中でも私の生まれた集落から、4人が立候補することになった。
 合併後初めての選挙で、票の流れが全く読めないとはいえ、定数30名の町議選に、一集落から4人もの人が立候補することは、当時の戦況として大変無謀なことであった。

 その上、4人のうちの2人が同じ組内からの立候補することとなり、誰もがこの2人が共倒れになることは間違いないと噂になっていた。
 このうちの1人が、私のうちの隣の人で、当然、組でも推薦しており、日常から何かにつけお世話になっている人だけに、我が家の母と姑と小姑の 3票は、確実にこの人に投票されることになっていた。
 特に、姑と小姑は、読み書きが出来ないので、事前に、母から苗字を書いた紙で、何度も何度も苗字を書く練習をしていた。

 選挙戦が白熱して行く中、投票日の二日前の深夜、同じ組内のもう1人の立候補者のBさんが、いきなり奥さんと一緒に訪ねて来られた……。
『非常に言いにくいことだが、山田さん所の一票で良いから、是非、私に投票してくれないか……』と言う依頼であった。
 この家族は、組内でも、遠く離れたところに住んでおられたが、我が家が戦争遺族ということで、日頃から目にかけてもらっており、困った時には、お金を借りたり、娘さんに編み物を頼んだりするなど、家族ぐるみのお付き合いをしている間柄でもあった。

 『選挙参謀の票読みでは、確実に当選圏内だと言ってくれているが、少しでも上位当選したいと思い来たのです。山田さん所は、お隣のAさんが立候補されており無理だとは思ったが、日頃から親しくして貰っているので、ひょっと一票でも、もらえるかなと軽い気持ちで来たのだから、あまり心配せんように考えほしい…』

 母は、一瞬、返事に困ったが……、
『お二人は、どちらも甲乙つけがたい立派な人で、願うことなら、両方とも町会議員になってもらいたい人です。しかし、既に、義母と義姉は、隣のAさんに入れると言って苗字の練習をしており、今から変える訳にはいけませんし、それなら、私の一票をまわしたら良いところですが、ご存知のとおり、ここは激戦区のひとつで、一票たりとも粗末にできない状況です……』
『隣のAさん本人からは、直接、票の依頼はありませんでしたが、組でも推薦している人ですし、おそらく入れてくれるものと思われており、それだけ私を信用してもらっているのだと思います。

 もし、私のようなものの一票でも、当てにしていただいていたのならありがたいことですが、どうぞ私に代わる人を他に探してもらいたいと思います。お二人とも当選してもらいたい人なので、申し訳ないが、はっきりとお断りした方が良いと思いますので…』

『このような理由で、どうしてもあなたに入れる訳にはいかないのでお断りしたい』と気を悪くされないように願いながら、丁寧に、はっきりとお断りしたそうです。
 お二人は、うなずきながら熱心に、母の言い分を聞いてもらっていたようだったが……
 なお、『余分なことですが、私と同じように、お断りできない義理があって、入れると答えた人もたくさんおられると思うので、もう一度、動かぬ票を抑えて、お二人ともに確実に当選されることを願っております……』と母は、丁寧に、心からお詫びしたとか……
 訪問されたご夫婦も、母の言い分を十分に理解していただいて、『もう一度、選挙参謀と票を洗い直して、親戚・知人の確実な票を集計してみたい』と感謝しながら帰ってい行かれたそうです。

 それから二日後、選挙結果が発表されたが、大方の予想どおり、隣のAさんは、定数30名中30番目、投票依頼に来られたBさんは、数票たらずの次点で涙をのまれたそうです。

 落選したBさんご夫婦が、選挙結果が出て数日経ったある日の夜遅くなってから、再び訪ねてこられ…、
『いろいろとご心配いただいたが、既に、ご承知のとおり落選してしまいました。あなたを訪問した後、選挙参謀を集めて、改めて票読みをしたが、みんなが、“親戚の票も多く、ほとんどの人から快諾をもらっているので、大丈夫楽勝だ!”と言うので、次の手を打つところまでいかず、その結果、見事に落選しました……』
『他人の気持ちは、判らないものだ。今考えてみれば、投票してくれた一票よりも、入れてくれなかったあなたの一票の方が、どんなにありがたかったかと家内とも話しながら感謝しております。そんなことで、どうしてもお礼が言いたくて、夜分遅く申しわけなかったが、家内と訪問したのです。

『次回の選挙では、あなたの意見を大切にして、絶対に当選してみせます』と感謝しながら、決意を新たに帰っていかれたが、四年後の選挙には、身体を壊されて、とうとう立候補されなかったそうです。

 その後、Bさんの家族とのお付き合いも深まり、今まで以上に何かにつけて面倒を見てもらうようになったが……
『花子さんは、女性(後家さん)だが、ものごとの善悪をはっきり言う人だ』と言う噂が広まって、母の信用が高まっていったそうです。

 子供の頃から、“相手のためになると思う、本当の意見は、はっきりと相手に伝えるべきだ”と教えられてはいたが、実際には、なかなか実行ができずに苦しんでおりますが…。


 特に、選挙関係になると無責任なもので、何人もの後援会名簿に平気で記入している自分たちが、恥ずかしくなってしまう今日この頃です。

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