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母の教え№15 しつけと子育て(1)               1 ててなし子

○ しつけと子育て

 母は、〝しつけ〟については日頃から、『しつけは、やり続けることだ』と言って、日常の行動に、特に厳しかったように思う。
『知らずにしないのと、知っておいてしないのとは、大きな違いだ』と言うのが母の持論である。
『知らずにせん者は、何時まで経っても気がつかんのですることができんが、知っておいてせん者は、しようと思えば何時でもすぐにできる。母ちゃんの知っていることは、一応教えておくから、親が養っている間は、親の言うとおりにやってもらいたい。大人になってするかせんかは、お前らの勝手だが……』と理屈攻めで来るので、子供は逆らうことができない。

 しかし、私の場合は、時々逆らっていたのか……、
『これまで三人の子供を育てたが、横着言うのは、お前だけだ!』とよく怒られていた。
 また、私は、二人の兄からも『つべご、つべご!(末っ子)』とか、『甘えん坊!』と言ってよくからかわれたものだ。
 確かに兄達が、母に口答えをしているのを一度も聞いたことがない。父がいない分、父親の役目も兼ねていたのか、兄達にとっては、母の言うことには絶対服従であったように思う。
 母は、毎晩の話し合いの時にも、いろいろなことを、例え話で面白おかしく話してくれた。

 今考えてみても、注意されて嫌な思いをしたことよりも、実例を挙げて面白おかしく話してくれたことの方が、印象に強く残っている。
 『しつけは、そんなに難しいことではない。日頃からやっておればいいだけだ…』
 『五軒向い側の魚屋の奥さんは、養子に貰った娘の〝しつけ〟だと言って、自分は長火鉢に立て膝をして、長いキセルで煙草を吹かしながら、子供に正座をするように厳しく教えておられたが、こんなことでは、子供が横着になるだけで、親の言うことを素直に聞くはずがない。
 『日頃から親が正座していて、“食事の時は正座しなさい”と言えば、子供も自然に正座するようになるはずだ!』と言うだけあって、私たちに注意する前には、自分自身もそのように律していたように思う。
 特に、食事の時のしつけは、厳しかった。食事の前には正座して、皆で一斉に「いただきます」と言うことはもちろん、クチャクチャ音をたてて噛んでいると、いきなり拳骨が飛んでくることもあった。雑談をしながら食べていると……、
『食べ物に感謝しながら、黙って食べろ!』『よく噛んで早く食べろ。早食いも能力のうちだ!』『人様に仕えたら、ゆっくり食事などしておれん、食いそびれるのは、お前ら自身ぞ!』

 ーー長兄が、床屋に弟子入りし、早速、❝早食いが役立った❞と漏らしていたーー

 また、親戚のお祭に呼ばれたときなどに、どの料理を食べようか(我が家では、食べ物の種類が決まっており、このようなことはない……)と迷い箸をしたりすると、後で厳しく注意された。また、家族が揃っているのに、一人だけ先に食べたりすると、『びろびろせずに待て!』と言って拳骨が飛んできた。
 その反動からか、この歳になってから、待てずに先に箸をつけ、妻から文句を言われることが多い。

 この他にも、私たちが大人になって子育てするのに役立つようなことも、いろいろと面白おかしく実例を挙げて話してくれた。その頃は、『子供に子育ての話をしても……』と不思議でならなかったが、母は、自分の考え方を残すのは、今しかないと考えていたのだろうか?

 その後、自分がサラリーマンになって、夜遅く帰ることが多くなり、初めてそのことに気づかされた。物心ついていく我が子と対話したいと思っても、その時間が取れないことが多くなり、つくづくと反省させられた。
 その分、私は、新婚の頃から妻に対して、母が私たち兄弟に話してくれたように、自分の考え方や母からの教えを話して来たので、その何分の一かは、妻の口から子供達に伝わっていると確信している。

 それは時々私が、公序良俗に反するようなことをすると……、
『花子さん(母の名前)の子供が、そんなことをしていいの……』とか、『花子さんの子供として恥ずかしい……』と私をたしなめることが多いことからも実証されている。


 
1 ててなし子(父無し子)

 近所の奥さんたちが、何時ものように数人が集まって雑談をしているところへ、最近、近所に帰省してきた女性が、赤ちゃんを連れて参加した。
『お久しぶりですね』『お元気でしたか?』
『まあ、可愛い赤ちゃんだこと!』
 などと奥さん達は、それぞれにお愛想を言い合いながら、会話が盛り上がって行った。奥さん達が、ワイワイ、ガヤガヤと話しに夢中になっている間……、“じーと”赤ちゃんの両方の手を見ていた三歳の坊やが、いきなりお母さんの袖を強く引いて……、
『お母ちゃん! 手が無いと言っていたけど、ちゃんと赤ちゃんには手がついているよ!』と、さも不思議そうに大きな声で言った。
 一瞬、シーンとなったが、手馴れた奥さんがいろいろ言ってごまかし、その場は切り抜けたそうだ。


『子供達の前では、人様のことは噂するな!』  
 とこの話を例に出して言ってくれたが、子供心に印象深く残っている。
その後、妻にもこの話をして、私たちの子育てに役立てたことはいうまでもない。  

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