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身代わり狸物語 「第8話…おわり」

14 新たな誓い

 翌日(一月二日)、あらゆる精密検査をしましたが、全部異常がありませんでした。熱も食事も平常に戻り、明日は、退院しても良いことになりました。
 病院の説明で、警察署も交通事故を取り消してくれたとの先生の話を聞いて、改めて運転手の気転の利いた対処に心から感謝しました。
「仕事も見通しがつき、東京の会社の了承も得たので、一緒に帰って来い」

 と社長から直接連絡があり、退院の日にお父さんと一緒に帰ることになり
ました。
 一月三日の朝の東京は、快晴でした。飛行機から見る富士山は、一段と美しく輝いていました。大晦日に上京したときには、こんな晴れ晴れとした気持ちで帰れるようになるとは、夢にも思いませんでした。
 お母さんは、この度の出来事について、詳しくお父さんに話しました。飛行機の中で見た夢のことや夢の中で、父親やお大師さまにお礼参りをすることを約束したことなどを正直に話しました。


「君のお父さんやお大師さまが、助けてくださったのか……。また、親狸が身代わりになってくれたのだな!」
 とお父さんは、一つひとつ感心しながら聞いていました。
 お母さんは、この幸せを決して忘れてはいけないと考えていました。  また、お父さんの健康が回復したら、子供達を連れて、必ず、四国八十八か所参りをしたいと、改めて誓いを立てていました。

15 身代わり猫

 土、日を利用して、四国八十八箇所参りをするようになってから十か月が過ぎ、今日は、いよいよ結願寺の大窪寺を目指していました。この間に、身代わり狸を四匹と身代わり猫の死骸を五匹も埋葬しました。
 お母さんは、その都度、ビニール袋に死骸を丁寧に入れて、事故に遭った近くの畑などに埋葬し、般若心経を唱えて弔いました。
 今回も、国道から結願寺の大窪寺に向う県道を百mくらい入った人家の前で、車にひかれている小さな子狸に出会いました。何時ものように、お母さんが下車して、ビニール袋に死骸を入れていると、通りがかった農家の主婦らしい人が声を掛けてきました。
「車にひかれた狸の死骸をどうするな?」
「何処かの赤ちゃんの身代わりになった、子狸だと思うと可愛そうなので、埋めてあげようと死骸を拾っているんですが、この辺りの畑の隅に、埋葬してもよろしいでしょうかね?」
 と逆にお母さんが尋ねました。
「身代わりになった狸とは、どういうことな? もう少し詳しく聞かせてや……」
 と聞かれて……、
 お母さんは、これまでのことや身代わり狸や猫の亡骸を見かけたら、拾って埋葬していることを簡略に説明すると……、


『それは不思議なことやね! うちにも同じことがあったんよ!』
 とお母さんと意気投合して、主婦の家でお茶のお接待を受けることになりました。
 主婦の自宅は、県道から少し山側に入り込んだ、庭の広い大きな農家でした。庭先の長椅子に腰掛けて待っていると、山盛りの柿の入った竹籠をさげて来て…、
「子供さんたちに、食べてもろうてや……」
 と十年来の知人にでも、接するような愛嬌のある顔を見せてくれました。続いて人数分のお茶が出され、日ごろから、お四国参りに来た人などのお接待に慣れているのか、その手際の良さに少々驚かされました。

 主婦の話によると……、
『主婦の息子さんが、中学生のころから五年間も、大事に、大事に可愛がっていた猫が、ある日、県道で地元の軽四輪車に飛び込んで、ひかれたそうです』
『この猫は大変頭が良く、国道の信号でも見極めて渡るという、この辺りでは、評判の賢い猫でした。その猫が、しかも狭い県道で、地元の軽四に、自分から飛び込んで死んだものですから、噂はすぐに広まり、やっぱり利口な猫だと言っても、“畜生は、畜生だ!″ と皆から軽蔑されたのです……』
『あんまり可愛そうだったので、私が拾って帰って、庭先の畑に埋めてやったのです』


『……ところが、この猫がひかれた日のほとんど同じ時間帯に、大阪に就職している息子が、バイクで軽四輪車と接触し、十mほど飛ばされたが、少しも怪我がなかった旨の電話があり、家族一同驚いたものでした。息子が可愛がっていたこの猫が、息子の身代わりになって死んでくれたのだ、この猫は、“身代わり猫だということで、庭先に墓を作って祭っているのです』


『それからは、道路で猫が引かれていると、思わず手を合わせて祈るようになりました……。どこにも、誰にも説明のできない不思議なことがあるものですね……』
 とその時の感動を思い出しながら、身振り手振りで話してくれました。


 結願寺の大窪寺の参拝は、何時もより丁寧に、家族全員が両手を合わせて拝みました。
「後は、高野山に行って、家族全員が健康で無事に、四国八十八箇所参りを終ったことを、お大師様と父親に報告するのみだね!」
 とお父さんが満足そうに言いました。
「高野山参りも、年内には済ましたいね!」
 お母さんも、晴れ晴れした明るく弾んだ声で言いました。
 今回の経験から、家族全員の心の中には、〝身代わり狸〟〝身代わり猫〟への思いが、何時までも深く残りました。
 
 今後、読者の皆さんも、〝身代わり狸〟や〝身代わり猫〟に出会った時は、どうかこの話を思い出してくださいね……。

                            おわり

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