BMJの院内心停止の論文を臨床医とちょっと読む
先日、救急専門医を持っている4名(一人は蘇生のエキスパート)でピッツバーグの大久保先生が書いたBMJの院内心停止に関する論文を読みました。院内心停止はどの科でも起こりうる事象ですが、蘇生時間が30分〜40分を超えると予後は厳しいということが改めて可視化された論文です。
大久保先生は僕が研修医時代からお世話になっている先生で、EM Allianceなどのイベント通じて色々と教えていただきました。本論文はCC-BY 4.0ですが、事前に著者にも話を通しています。
ピッツバーグと言えば救急集中治療研究のメッカとも言うべきところです。Second authorの小向先生は京大・阪大の蘇生研究グループとよく論文を書いておられ、これまでにもtime-dependentな解析を中心にBMJやJACCなどの雑誌に論文を掲載されています。3rd authorのDr. Andersenも蘇生領域における大家ですが『この人凄くて丁寧なんですが、めっちゃ細かいですね…』とのこと笑。優れた研究者は大抵細かいし、僕の留学時の大ボスであったCarlosもそうでした。たまに何言ってるか分からなかったけど(ニュアンスが汲み取りきれなかった)。
というわけで今回読んだのは下記論文ですが、時間が足りなかったので後半は駆け足です。ご容赦ください。
Okubo M, Komukai S, Andersen LW, Berg RA, Kurz MC, Morrison LJ, Callaway CW; American Heart Association’s Get With The Guidelines—Resuscitation Investigators. Duration of cardiopulmonary resuscitation and outcomes for adults with in-hospital cardiac arrest: retrospective cohort study. BMJ. 2024 Feb 7;384:e076019.
1. この論文を知った時読もうと思いましたか?
抄読会では必ず『なぜこの論文を選んだのか?』を聞いてます。自分が面白いと思っていない論文を紹介されても面白くないので。メンバーの理由としては『チラッとアブストラクトを見て、院内心停止なら30-40分くらいで厳しいんだなくらいでしょうか』『BMJに載ったから結構興味ありました』『大久保先生の論文だから』等等…
やっぱり知ってる先生の論文が有名雑誌に載ったら読もうと思いますよね。
僕ともう一人のエキスパートの先生は
・30分という時間は実感通りで、目新しい気はあまりしない
・何で今頃このトピックがBMJに掲載されたんだろう、何がポイントだったのか
という研究者視点も踏まえてスタートしました。
臨床研究論文はドメイン(領域)知識が無いと読むのが難しいので、蘇生のエキスパートの先生と意見が一緒で安心しました。実際にはアブストラクト読んだ後はもう本文読まないかもしれないですが、この論文の内容を正しくアブストラクトだけで理解できた人がどれだけいるのかは謎。
ちなみに、読み始めたはいいのですが、本文が長くて途中ちょっと挫折しそうになりました(著者の先生方ごめんなさい)。
2. 本文はどこから読む?
意見が少し分かれたところで、目的を確認する、あるいはイントロを読んだらディスカッションの最初の一段落を見て内容を確認するという意見が出ました。
30分過ぎてもROSC(自己心拍再開)しなかったら厳しいというのは臨床医の共通感覚でしょう。いち臨床医として読んだ場合、研究手法が正しいと仮定すれば、アブストラクトなどで数字で確認したらOKと思うかもしれません。
僕とエキスパートの先生はまずknowledge gapに注目しました。先程述べたように、なぜこれが今BMJに掲載されたのか?その理由も気になったからです。
そうするとお作法通り、本文第二段落には下記のように書かれていました(書かれているべきところに書かれていないと一気に読む気が失せるので、お作法は大事)。Knowledge gapとしては、既知のことだけど、ちゃんとしたデータが無いとのことですね。そして2020年の国際蘇生・循環器領域のコンセンサスでもいつ心肺蘇生を中止するかの推奨を明示できなかったと。
大久保先生はInternational Liaison Committee on Resuscitation (ILCOR)のメンバーでもあり、蘇生の研究をずっとされておられるのでなるほどなと。データがあるようで無いところにこの研究を提示したという形でしょうか。当たり前だと思っていることが当たり前だと示すデータが無い、というのは実は良くある事ですが、非常に重要な点で、僕はこういう研究が大好きです。
でも2012年のLancetから同じGWTGのデータで似たような論文が出ているはずで、これは僕とエキスパートの先生は知っていました。なので、この過去の研究との差分は何なのかなというのはエキスパートの先生と話をしましたが、その差分はDiscussionで論じられているでしょう。この辺りはConnected Papersなどで類似文献を探してreviewすると結構情報あるのではと思います。
査読をしていると、たまに『実は論文があるけどイントロで触れられていない』『イントロで触れると弱くなるからディスカッションでしか出さない』パターンがあるんですが、査読中にそれが分かると結構印象悪いです。
論文の読み方は進行の都合で合わせていますが、実際に読む順番とかは僕はそんなに気にしません。自分のスタイルで読めば良いと思っていますので。この辺の話や本記事の内容は大抵僕の本に書いてあります(この記事を読んでへえ〜と思った人は僕の本を再読して頂けると理解が深まるかと思います)。
3. 方法を読む
次に何を見るか?
僕以外の参加者は『まずparticipantsを見ます』とのことでした。僕は先にデータソースを確認しました。論文を読むときには、僕は最初にデザインとデータソースを確認しています。それで大体の内容が想像つくのと、やはりdesign & settings/data sourceがmethodsの最初に来るのには意味があるのだと思います。
本研究は記述研究であり、用いられているGet With The Guidelines(GWTG)のデータは非常に有名で、American Heart Association(AHA)が主導している全米規模のレジストリです。蘇生、脳卒中、心不全、冠動脈疾患、心房細動などのレジストリがあり、このデータを用いた研究がLancet, JAMA, BMJ, Circulation(AHAの雑誌)などから沢山出ています。米国なら申請すれば誰でも使えたと思います。解析は結構大変と聞いていますが。
蘇生領域における問題はデータの入力と欠測になります。例えばアウトカムの死亡のデータはほぼ間違いないと思いますが、問題は心停止中の情報です。喫緊を要する事態でどのように時間情報などを正確に取得しているのか?そのデータシートはどうなっているのか?もちろん査読でこの辺は問題ないと判断されているでしょうから、そんなに気にせずparticipantsに進んでも良いかもしれませんが(exposureの項目でこの辺は補足されています)。
僕はデータ解析(data analysis)における心構えで下記十箇条をよく紹介しているのですが、これらが分からないと結局はその論文を理解するのは難しいでしょう。
ということで、僕はこの抄読会に合わせてGWTG-Rのデータ入力フォームを確認してきました(非常に綺麗な入力シートで、入力項目も多い)。基本的に入力項目が多さと情報の正確さ・入力率はトレードオフの関係にあります。
米国はリサーチアシスタントが情報を入力するのですが、施設における情報の記録や処置内容にはある程度ばらつきがあると思います。ただ、そのばらつきはおそらくランダムな部分が大きく、650施設という膨大な施設数である程度吸収されると考えられるため、この施設数が無いと中々成立しない研究だなと。これほどの院内心停止レジストリは他にはありませんから。ただ、仮に日本で行ったとしてBMJが取るかと言われるとちょっと疑問…(エキスパートの先生も同感と)。それはGWTGのこれまでの実績も大きい部分もあるかもしれません。データベース研究における、そのデータベースと研究チームへの信頼は大事。
あとはlimitationにもありますが、このような研究に参加するのがmandatoryなのかvoluntaryなのかは結構重要です。GWTGはlimitationにある通り、voluntaryなので一般化可能性が限られる可能性があります(本論文のlimitationでは上手に切り返しており、勉強になりました)。
4. 対象患者
本研究の対象患者は成人の院内心停止患者であり、2000年から2021年までのデータを用いています。除外したのは人工心肺を既に用いていた患者、DNAR、時間情報の欠測、120分以上の蘇生行為を行った患者、蘇生に人工心肺を用いた患者、アウトカムの欠測とあります。
僕は年度に注目しましたが、何名かの先生は除外基準に注目していました。僕が最初に思ったのは2000年から2021年というのはサンプルサイズ的に減らしたく無いのはわかる一方で、あまりにも期間が長すぎます。2000年当時のシステム・ガイドラインによる蘇生確率と2021年では相応に異なるでしょう。実際に査読でもその指摘がなされた結果、前半後半に分けた感度分析を行なっています。これは予測の研究におけるtemporal validationでもよくある問題です。
除外基準で人工心肺を除外するのは仕方ありません。また、120分以上の蘇生行為を行う人というのは、それなりに理由があるからでここの人たちの結果を一般に外挿するのは困難であろうことから問題ないと思います。この基準は過去の基準と合致しています。
あとは欠測ですが、これは院内心停止という性質上、相応に欠測が予想されます。あまりに欠測が多いと、『心停止時の情報が収集できるような患者』の情報しか得られないため、結果の妥当性・一般化可能性に問題が生じる可能性があります。実際にそれなりに欠測があるのですが、欠測がrandomである事をできるだけ示すために、Supplementalに心肺蘇生時間の欠測がある患者とない患者の比較の表がありました。ここでP値を使って比較するとサンプルサイズが大きくてよく分からなくなるので(全部の項目に差がありと出てしまうので)、standardized mean difference<0.25であれば差が小さいとしています。
ちなみに成人が16歳なのか18歳なのか20歳なのかよく?問題になりますが、僕はそこはそんなに研究結果に影響を与えることは少ないんじゃないかなと思います(policyや発達の研究は除く)。
5. Exposure & Outcome
評価項目は心肺蘇生の時間であり、ROSCまでと明示されています。また、データ入力の正確性は下記のように担保されていました。さすが。時間の定義やROSCの定義などもちゃんと記載されていますが、この辺りは既に同じレジストリから論文が出ていると楽ですね。
アウトカムは退院時の生存予後と神経学的予後。日本だと転院などが気になるかもしれませんが、退院時にpoor functionalな人が劇的に良くなる例というのはほぼ聞いたことがないです(稀にありますけど)。
6. 解析
ここはかなり躓きポイントでした。最初流し読みしていた段階ではちょっとよく分からず、suppleの図表や式を見るまでピンときませんでした。極論すると、単に割り算をしているだけなのですが(特別な解析手法を用いているとか、因果関係のようなassociationを見ているとかいうわけではない)。個人的に初学者は統計解析部分はバッサリ切って良いと思っていますが(正しい解析をしていると見做して読めば良い)、分母が何か?が分からないとちょっと数字をどう見たらいいのか困る気がします。
分母に蘇生中止をした患者を含む場合と含まない場合で分けているのが大事なポイント。ちょっと何言っているか分からないって画像が思い浮かんできた人は、supplementalを見て、ChatGPT(Claude3)に投げるとわかりやすいかもしれません。Time-dependent probabilities notations (Supplemental Figure A)のところをコピーしてChatGPTに貼り付けて解説して、って指示すると結構具体的に教えてくれます。
7. 結果
ここまで見て、僕には特に大きなつっこみどころは感じられませんでした。結果も臨床感覚と合致するものだと思います。合致しない時にどうするんだという場合は、それはそれで面白いのですが。勉強会ではここまでで一時間使ったので、ここからはサラッと笑
ただ、「このままCPRを続けるべきか?」という臨床医の素朴な疑問に対する部分的な答えを数字で明示してくれているのは臨床医に取って非常に大きなメリットではないでしょうか。
今回の結果そのものは至ってシンプルですが、非常に数多くの層別化が行われています。一部思うところがあったので、読んだメンバーと一緒にレターを書いてみたいと思います。
また、2011年以降のデータのみを使うと、(おそらく)蘇生後のケアの発展により結果が少し変わったことが示されています。
8. 考察・限界・結論
これまでの研究結果のレビュー含めて非常に参考になるので、臨床的・研究的に興味のある先生は一読をお勧めします。特にunanswered questionがここまで明示してある論文は少ないので、おそらく大久保先生らのチームが既に取り掛かっている課題なのであろうと推察します。
個人的に注目したいのはself-fulfilling prophecyの部分。内野先生のブログが分かりやすいでしょうか。自己成就予言と呼ばれるところで、ここは蘇生の研究では避けられない部分かなと。
一点興味深かったコメントとして、臨床医の先生が『正直、limitationはそんなには読まないことが多いです。あまり臨床に反映させる部分がないような気がして』とコメントしていたのが印象的でした。僕は研究者なのでlimitationこそが大事と思ってしまうのですが、確かにそういう考え方もあるなと。理想を言えば限界を知った上で理解して用いる、なのですが、updateし続ける中では複数の論文が同じ方向を向いているかを知っていれば十分なこともあり、limitationは研究者側の課題なのかもしれません。もちろん読めるなら読んだ方がいいですよ!
総論として、シンプルな課題と結果でありながら全部読み解くのは中々大変な論文でしたが、上記にある通り、当たり前だと思っていることが当たり前だと示すデータが無い、だからそれを世界最大の院内レジストリを用いて示したのはやはり凄い点だと思います。そして臨床医にとっても、このようなデータが示されることでdecision makingの参考になります。
9. 補足事項(著者とのやりとり)
今回のnoteの記事執筆にあたり、著者の大久保先生には大変お世話になりました。心より感謝申し上げます。一部紹介可能なコメントをいただいたので補足します。
とのことでした。Knowledge gapの答えが明確ですね。
僕自身はちょっと枝葉を見過ぎた読み方になっていたなと反省しています。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?