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ハンス・ロスリング『FACTFULNESS』の概要と感想

事実に基づいて(ファクトフルに)世界を見る目を養う本。正確なGPSが道案内に役立つように、正確に世界を見ることができれば人生に役立つ。

玉石混交の情報があふれる高度情報化社会では、情報を疑う力、自分の頭で考える力が重要となる。事実に基づく「真実」はどれか考える以前に、そもそも自分自身の判断は信頼にたるものなのだろうか。そんなときに知っておくと便利なセルフチェック10項目を伝える本の詳細をお伝えしよう。

正しく世界を見るのを阻害する10の本能とその対策

人間には世界をドラマチックにとらえてしまう本能がある。
事実に基づいた世界の見方ができないのは、知識不足やフェイクニュース、悪徳メディアなど低品質な情報のせいではなく、人に備わっている脳の基本的な機能に原因がある。

人間の脳は、何百万年にもわたり狩猟や採集をすることに特化して本能を磨いてきた。だが、現代社会ではこの本能は正しい情報を理解するのを阻害することがある。

不足した砂糖や脂質を確保するため、摂取すると多くの幸福感が出るように進化した本能は、十分食料が確保できる現代では肥満の原因となっている。同じように、一瞬で妥当な判断が求められる狩猟採集社会で生きるために磨かれた本能は、一呼吸おいてじっくりと事実を吟味する理性を抑え誤った結論を導き出してしまう。

本能の赴くまま世界を見ると、ノーベル賞受賞者であってもたやすく間違った結論を下してしまう。だが知識不足している場合でも、10の本能の存在を前提に理性を働かせることで「事実に基づく世界の見方」ができるようになる。

1.「分断本能」を抑えるには:大半の人がどこにいるかを探そう

「世界は分断されている」という思い込み。

分断本能を抑えるには「平均の比較」「極端な数字の比較」「上からの景色」の3つのポイントを意識する。

平均を用いて情報を単純化すると分布を隠してしまい、あたかも分断されているように見える。分布で見ると重なっている部分がありそれほど分断されていないことが多い。

ブラジルでは最も裕福な10%の人たちが国民所得の41%を得ているという極端な数字は目を引き感情を駆り立てる。だが、41%はここ数十年で最も低い数字であり、レベル1貧困世帯は最も少なくなっており残りの59%の所得で国民全体はだいたい真ん中ぐらいの生活をしている。

「先進国」と「途上国」という分類を「4つの所得レベル」に置き換える
レベル1:水の調達はバケツで泥水、歯ブラシは指、移動手段は裸足、調理方法は焚き火、料理は毎日粥、収入は1日2ドル、世界に10億人
レベル2:水の調達は複数のバケツ、歯ブラシは1本のプラスチックを家族で使う、移動手段はサンダルに自転車、調理方法は焚き火や使い捨てガスコンロ、料理に粥以外のバリエーションも、収入は2ドルから8ドル、世界に30億人
レベル3:水の調達は水道、歯ブラシは家族1本ずつプラスチック製の歯ブラシ、移動手段はバイク、調理方法はガスコンロ、料理は冷蔵庫に入れたもの色々、収入は1日8ドルから32ドル、世界に20億人
レベル4:水の調達は水道、歯ブラシは電動歯ブラシ、移動手段はクルマ、調理方法はガスコンロ、料理はもう色々、収入は1日32ドル以上、世界に10億人

レベル4の生活しかしらないとレベル1~3の生活の違いがわからず、世界を金持ちと貧乏人の2つに分けて考えてしまう。実際は大半の人が真ん中らへん。50億人/70億人。上から景色を見るだけでは世界が分断されるように見えてしまう。

2.「ネガティブ本能」を抑えるには:悪いニュースのほうが広まりやすいと覚えておこう

「世界はどんどん悪くなっている」という思い込み。悪くなっていると思うのなら、過去と現在の状況を統計データなどで比較してみること。

戦争や飢饉、災害、腐敗、テロなどニュースは基本的に悪い出来事を伝える。新聞の一面に「航空機、無事着地」「農作物の収穫、成功」「木登りできた」といった記事は乗らないので、良いニュースは視界に入りにくい。

「悪い」と「良くなっている」は両立する。「悪い」は現在の状態、「良くなっている」は変化の方向だ。保育機で育つ早産児は危険な「悪い状態」ではあるが、日ごとに「良くなっている」といったイメージ。

3.「直線本能」を抑えるには:直線もいつかは曲がることを知ろう

「世界の人口はひたすら増え続けている」という思い込み。

グラフには直線だけでなく様々な種類がある。
・所得レベル別に見た学校教育の平均年数、女性の初婚年齢、趣味への支出は「直線グラフ」
・識字率、予防接種、冷蔵庫の所有率はレベル3で100%になる「S字グラフ」
・女性一人あたりの子供の数はレベル2で一気に下がり3と4で低く平らになる、予防接種のコストも同様の傾向がみられる「すべり台グラフ」
・虫歯、交通事故の死者数、子どものでき死者数、最適なトマトの水やり量はレベル3でピークとなる「コブ形グラフ」
・旅行距離や交通費、所得、二酸化炭素は指数関数的にレベル4で増える「倍加グラフ」

4.「恐怖本能」を抑えるには:リスクを計算しよう

危険でないことを、恐ろしいと考えてしまう思い込み。

人は恐怖に包まれると、判断力が鈍る。恐怖は過大評価につながる。恐怖でパニックになると正しい判断が下せなくなるので、大事な決断をする前に落ち着いてから冷静にしよう。

5.「過大視本能」を抑えるには:数字を比較しよう

「眼の前の数字がいちばん重要だ」という思い込み。

ひとつしかない数字をニュースで見たらできるだけ量ではなく割合で計算し、その数字が重要かどうか判断する。目の前にある単体の数字だけで判断しないこと。

・この数字は、どの数字と比べるべきか?
・この数字は、1年前や10年前と比べたらどうなっているか?
・この数字は、似たような国や地域のものと比べたらどうなるか?
・この数字は、どの数字で割るべきか?
・この数字は、合計するとどうなるのか?
・この数字は、ひとりあたりだとどうなるのか?

『ファクトフルネス』

6.「パターン化本能」を抑えるには:分類を疑おう

「ひとつの例がすべてに当てはまる」という思い込み。

人はいつも何も考えずに物事をパターン化し、すべてに当てはめてしまう。それは思考の枠組みで、意識の高さは関係ない。パターン化せずに一つ一つの物事を捉えていたらすぐに頭がパンクしてしまうが、パターン化は世界の見方を歪めてしまう。大事なのは間違ったパターン化、分類に気づき、より適切な分類に置き換えること。分断本能のところで「先進国」と「途上国」という分類を「4つのレベル」に置き換えたように。

7.「宿命本能」を抑えるには:ゆっくりとした変化でも変化していることを心に留めよう

「すべてはあらかじめ決まっている」という思い込み。

人や国家、宗教、文化は少しずつ変化している。自然科学の基礎に賞味期限はないが、社会科学の基礎にはある。牛乳や野菜と同じで新鮮な情報を仕入れ続けアップデートすることが大切。宿命は存在しない。

8.「単純化本能」を抑えるには:ひとつの知識がすべてに応用できないことを覚えておこう

「世界はひとつの切り口で理解できる」という思い込み。

単純なものの見方と単純な答えには警戒すること。特に政治思想。効果を測定せず、政治的理想を追求したところで何も得られない。アメリカの自由な市場が国家の問題をすべて解決できるという単純な思想は、医療や格差の問題を解決できていない。規制と自由のバランスが大切だが難しい。

苦労して専門知識を得ると、その知識を様々なシーンで使いたくなる。だが、トンカチが釘を打つのにしか使えないように、ひとつの知識だけで解決できることはわずかしかない。様々な工具、様々な専門知識を準備しよう。

9.「犯人探し本能」を抑えるには:誰かを責めても問題は解決しないと肝に銘じよう

「誰かを責めれば物事は解決する」という思い込み。

飛行機事故を睡眠不足のパイロットのせいにしても次の事故は防げない。なぜパイロットはウトウトしたのか、ウトウトしたパイロットに操縦桿を握らせないためにどうすればいいのかが重要だ。

誰かがわざと仕掛けなくても、悪いことは起きる。その状況を生み出した、絡み合った複数の原因やシステムを理解することに力を注ぐべき。

10.「焦り本能」を抑えるには:小さな一歩を重ねよう

「いますぐ手を打たないと大変なことになる。という思い込み。

焦るとほかのドラマチックな世界観を掻き立てる本能も引き出され、冷静な分析ができなくなる。一呼吸おきデータを見て、未来予測では複数のシナリオを視野に入れよう。

まとめ

『ファスト&スロー』では、本能的な思考で直感を司る早い思考”システム1”と理性的な思考で熟慮を司る遅い思考”システム2”が紹介されていた。早い本能的な思考は常に全自動で稼働しており、遅い理性的な思考は怠け者で意識しないと稼働しない。

本書では”遅い理性”を効果的に稼働させるため、注意すべき”早い本能”をリストアップし、基準点となる多彩なデータを用いて”早い本能”の「ドラマチックに歪められた世界」を”遅い理性”による「事実に基づく世界」に近づける案内書であった。

一般に流布しやすい情報やドラマチックな世界観は悲観的なものが多いが、実際のところ世界は少しずつだが良くなっている。その点をデータに基づき実感できれば、ストレスが減り、気分も事実を知る前よりは軽くなるだろう。

一方、本能は全自動で稼働しているので、間違いが避けられないのも事実。過ちを犯しても、間違いを認め正していくことが大事だ。

情報はデータに基づき批判的に見ることと同時に、自分自身も批判的に見ること。「この情報は真実でない」と決めつける前に、「自分は事実を見る準備ができていないのでは」と疑うところからはじめたい。

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