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半歩踏み込んだ話

帰り道に自販機でコカコーラZEROを購入した。
私は赤ラベルより黒ラベル派だ。
赤よりも黒の方が似合うし何かと合わせやすい。
それに黒の方が無難だと考えている。
無難に生きてきたつもりだ。
しかし現状は無難とは程遠い。

そんなことよりも、

なぜ私の手にはリアルゴールドのレモン味(REAL GOLDウルトラチャージLEMON)が握られているのかの方がはるかに問題だ。

交通系ICで購入した。
「ピッィ」という音と共に液晶には150円の表示。
コカコーラZEROは170円。


目視で確認したはずのコカコーラZEROのボタン。
その一つ右隣のボタンを押す私の左手人差し指。
どうしてこうなったのか。

瞬間

何がなんだかわからなくなった。

しかし事は至ってシンプルだった。
押し間違えた。

このやるせない気持ちを吐露したい衝動に駆られた。

普通ならSNSで呟いたりするのだろう。
しかしながら、その手のSNSはやっていない。
もしもやっていれば難なくつぶやきこの感情を成仏出来たのだろう。

感情に成仏という言葉を使うものかはさておき。
日記か、ブログか、始めるきっかけなんて何でもいいだろうと考えここに辿り着いた。

とりあえず少し調べてみたところ私と同じように、
ボタンを押し間違えてしまったのか何なのか、
きっかけは様々だろうが、日記的にnoteを使うか否かを懸念する方々が少なからずいるようだ。
そこにも様々な意見があり、日記的に書くならはてなブログやらその手のブログのが良いという意見も見られた。
noteで日記ブログは少し毛色が違うし目的も違うからやめた方がいいという意見もみられた。

利用者の傾向からnoteは文章の腕に覚えのあるクリエイターやライターの方々も多く利用されていて総じてプロ感のある文章が多いとか。
逆にブログで収入を得ていても素人感のある記事や文章も多いらしいとか。
著名なクリエイターの方なども日記的に使っている場合もあるので良しとする意見もあった。

結果として、
自身の目的や、利用する人の都合、それを見る人々など色々な人々の色々な都合で賛否あるようである。

私の場合はSNS色が薄く、特に多くの人に見てもらいたいわけでもなかったのでこちらを掃溜めにする事を決めた。
登録もとても簡単だったのと、
あとなんか、

オシャレだし。

街をイメージとするサービスという事で。
色々な人がいていいし、色々な文章があってもいい。
そう思う。
ただ他の利用者に煙たがられるのもかなしい。

そう思ったが、

そもそも一般人の日記なんて誰も興味ないのだから大丈夫だという事に気付いた時には日付はとうに変わっていた。

私にとっては利があるのでそれでいいと飲み込む。
ルールの中に日記はNGという記載もなかったと思う。

生きていると、
周囲の意見や視線に息が詰まることがある。

そういった経験は誰にでもあるだろう。
そんなの気にならないって人だって、
どっかでそんなタイミングはあるだろう、
私たちの知らないところで。
もちろん例外もあるだろうが。

とにかく気にしすぎないことが大切なんだと。
心配事の約9割は思い過ごしだと耳にしたことがある。
多分この教訓は実際にどうかは関係ない。
そう思うことで心を軽くする事が大切なんだと思う。

そんなことを考えていたら、
もうここで日記を書くとか、ブログがいいとか、
とても小さな問題だったと思う。
本質を見ないで視点をずらして逃げているだけなのかもしれないが。

結局は自分の人生で誰かが決めてくれる訳でもないし。
決めてもらう事は出来るのかもしれないが。
それは何かあった時の言い訳の口実が増えるだけだと思う。

こういう話をブログで書くものなのか日記で書くものなのか、これは日記なのか何なのか、もはやわからないが。

ノウハウや知識を簡単に売り買い出来る街のようなコンセプトはとても素敵だと感じている。
自身にそういったものがあれば店を出したいとも思う。

しかし現状、日常的に思ったことや考え方などマインドの部分での掃溜めがあってもいいだろと。
SNSは人の目を気にしすぎてしまい息が詰まる。
だから私には都合がよく惹かれたのかもしれない。
理由は他にもあったりなかったりだが、
始めてしまってはもう関係なくなってしまった。

街には路地裏もあるだろう。
そんな陽の当たりにくい場所が居心地が良かったり。

そんな路地裏に半歩踏み込んだ話。






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