【アイデアノート改】第7話 山田さん
父の後を継いだ従業員の山田さん。土建屋は当時低迷していた。仕事がなくお金が稼げず、生活していくのがやっとだった。
しかし、山田さんも年齢が高齢でなんといっても学歴もないし手に職もない。そして人脈もなかった。今の仕事をまじめにこなすしかなかった。山田さんには特に趣味もなく、結婚もしていない。唯一の家族の妹は、結婚し山田さんとはほとんど会わなくなった。また、妹の結婚式当日、山田さんは祝儀を用意できなくて、式に出席しなかった。妹は、そんな兄の心情をわかっていたので気にはしていなかったが、山田さんは深く傷ついていた。
*
山田さんは幼いころに、妹と一緒に施設に入れられ、親の愛情を受けず育っていた。ただ唯一の家族、妹を守るためになんでもした。施設の子って言われたと泣きながら帰ってくる妹をみると、すぐにそいつのところに行って、ボコボコにし、二度と言うなと言い聞かせた。金銭面でもそうだった。中学生でバイトを始め、妹の学費を稼いでいた。そのため、山田さん自身は学もなく、就職先も決まらない状態だった。やっと決まったのが、土建現場の一作業員だった。遊びという遊びも知らず、必死で働いて、何十年経ったと思ったら、景気が悪くてリストラだ。結構な年でのリストラ。もう就職先がないというところに、ある土建屋の親方が、拾ってくれた。それが晴男の父だ。そんな思いもあり、山田さんは晴男の父の稼業を継いだ。しかし、過酷なものだった。正直、投げ出したい気持ちでいっぱいだった。でもそれはできなかった。
なぜなら、唯一の家族、妹がいたからだ。
妹を悲しませてはいけない、そんな想いが山田さんを動かしていた。
妹は頻繁に手紙とお金を少し包んで兄に送っていた。ありがとうって言葉は、もう何千回って書かれてあった。そんな妹がある時、兄に送った手紙があった。
兄さんへ
いつもありがとう。兄さんのおかげで私は頑張れてるわ。
ところで、兄さんももう仕事引退してもいい頃だと思う。
こんな私が言えることではないけど、もう兄さんは十分にやったと思う。
うちの近所に、「元気の丘」っていう老人ホームがあるの。
そこへ行ってみない?
お金の事は気にしないで。私が何とかする。
そんなのなんの恩返しにもならないことはわかってるけど、せめてもの私の気持ち。
いつでも連絡して。良い返事を待ってるから。
山田さんは、そんな世話になるようなことはできないとは分かっていたが、もう限界だった。生活も仕事も。後日、妹に電話をする。
「すまないな・・・」
元気の丘での生活が始まった。
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元気の丘の住人は、みんな良い人ばかりだった。でも山田さんは、人付き合いなんてしてこなかった。うまく溶け込めないのは分かっていた。でも、元気の丘の人は、そんなの関係なく接してくれた。違和感を感じながらも、山田さんは生活していた。
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