合獣の森 1-2章

第1-2章:ジュンとの出会い

エマと合獣の世話をしてから、サナの毎日が新たな冒険と幸せなひとときとなった。サナは合獣たちと一緒に自然の中へと繰り出す。彼女は彼らとの遊びを通じて、合獣たちの独自の個性や好奇心を知り、彼らと深い絆を築く。彼女は時には雪原を駆け巡り、時には静かな森の中で彼らとのコミュニケーションを楽しんでいた。

その日は、合獣が定期検診の日だった。エマは合獣を検査に連れていき、サナは一人離れた街に出かけることにした。街は家から歩いて1時間ほどの場所にあり、白い雪で覆われた道路と、厚いコートに身を包んだ人々が黙々と行き交う場所だった。

サナは白くなる息を包むようにマフラーに顔を埋めながら街を歩いていた。寒々しい雪国の街は、朝の日差しを浴びていた。

年中氷に閉ざされたこの街は雪が降り積もるこの街では氷による技術を発達させてきた。氷の彫刻家たちが、透明で儚げな氷の芸術品を制作し、街のあちこちに飾られていた。あちこちの家はかまくらを発展させたような氷作りの家で、外部からの寒さを遮りながらも美しい透明感を持っており、居住者に寒さを感じさせなかった。家具も氷を基にデザインされ、街の人々は寒冷な環境でも快適な暮らしを楽しんでいた。この氷による技術は、資源の少ないこの雪国で唯一の資源を発展させてきた。

サナは特に朝日を浴びて街全体がキラキラと光始めるこの瞬間が好きだった。特に雪の日のあとの晴れ間は、あらゆる闇を覆い隠すかのように全てをすっぽりと埋める。街の中心部には、荘厳な氷の城が聳え立っている。合獣の世話のない日はこうして街に出ながら、景色をじっくりと眺めるのだった。

サナと彼女の家族は雪国の小さな街で、人々から尊敬と信頼を受けていた。サナの父であるカイルは合獣の研究者としてその名が知られ、エマは合獣たちを育てる「キーパー」として、その手腕が高く評価されていた。この家族は街の中でも特別な存在であり、人々の憧れの的だった。

街の人々は、昨晩降った雪を一つの線になるように綺麗にどかしていく。街の子たちは、雪だるまを作ったり雪合戦をして遊んでいる。

街の中心部に差し掛かると、彼女の目に一つの光景が飛び込んできた。小さな少年が、体を震わせながら身を縮め、孤独そうに雪を見つめていた。

雲が光を遮り、ますますその厚みは増して、風は頬を攫うように強く吹き付けていた。

サナはその小さな少年にゆっくりと近づき声をかけた。「大丈夫?」と尋ねたが、反応はない。少し時間を置いて、優しく肩を叩いたが、ビクッとしただけで振り向くことはなかった。

「いじめられていたの? 」

サナは自身の親切心が軽んじられている気がして憤りを覚え、その場を去ろうとしたが、体格よりずっと小さく見える少年がシクシク泣く声が聞こえてきて同情の念が強くなってきた。

サナは自分のマフラーを首から外すとそっと背中にかけ、母が昔よくしてくれていたように優しく背中をさすった。少年の声がさらに荒くなり、体を強く震わせていたが、しばらくしてようやく泣き声が止んできた。

「大丈夫?何があったのか、ゆっくり話してごらん」

「・・・」

「私の名前はサナよ、あなたの名前は?」

「・・・ジュン」

ジュンは、掠れるような声でやっとの思いで一言だけ自分の名前を放った。

「ジュンね、いい名前じゃない。ジュンのパパとママはいないの?お家はどっちか分かる?」

俯いたまま体を捻り、ジュンは右手を差し出し家のある方向を指差した。

「あっちの方向ね、私が家まで送ってあげるから立てるかしら」

ジュンは顔を埋めながら手で顔を隠すようにして、ゆっくり立ち上がった。

「どうしたの顔を怪我したの?」

ジュンは頭を横に振るが、決して顔を見せようとしなかった。

「じゃあ、どうして?あなたの名前だけではあなたのことは分からないわ」

「顔を見せたら嫌いにならない?」

とても弱々しく、ほとんど声にならない声でつぶやいた。

「私は顔で人のことを判断しないわ」

躊躇いながらも、ジュンはそっとその手を降ろした。サナが覗き込むと、なるほどマフラーや帽子、手袋でほとんど肌が隠されていたけれど、その瞳孔は茶色く、鼻筋は高く、顔たちは良かったが、肌が黒かった。

確かにここらでは見慣れない顔で、ここら辺の人はほとんどが肌が白く、そういう肌の色でいろんな差別を受けることがあるということをサナは知っていた。でも・・

「パパが言ってたわ。世界にはたくさんの人がいるって。使う言葉も肌の色も考え方も違う人がいるって。でも神様のもとにみんな等しく平等だって。だから私はあなたを見下したりしないわ」

ジュンは、少しだけホッとしたような表情を見せ、肩の荷を少しだけ降ろしたようだった。

「とてもいい顔じゃない。その顔を隠すのはジュンだけでなく、あなたのお母様や、同じ人種の人にとっても失礼だわ。自分のことをもっと誇りなさい」

サナはそういい放ち、ゆっくりと道を進んだ。そこからの道はただただ静かな道だった。サナはジュンの手を優しく握ると、ジュンは俯いたままギュッと握り返してきた。サナは「なんて冷たくて小さい手なんだろう」と思いながら、それがサナにはとても愛おしかった。時折吹き付ける風の音が鳴り響き、その中で二人は雪を噛み締める足音を鳴らしながら、無言で進んでいた。

歩く中でサナは肌の色が違うだけで、こうも人が傷つけられてしまう世界のことを考えていた。「どうして安易と人は人を傷つけてしまうのかしら、私たちはみんな同じ空の下で生きていて、心や感情を持つ人間なのに。」

子供たちは純粋で無邪気な目で、他の子供たちと友達になり、遊び、笑顔で共に時間を過ごしている。しかし、時折、肌の色や出自によって差別が起こり、その子供たちの無邪気さは奪われてしまう。「きっと今回ジュンをいじめたのもよく知っている街の子どもたちなんだわ」

「人の心には大らかな正義と小さな闇が混在しているんだわ。大人たちでさえ、差別は悪いと言っているのに誰もが差別をしている。きっと私もそうなんだわ。こんな正しい意見を振りかざしていても、異質なものや分からないものに出会った時いつも正しい心を持っていられるか分からないもの」

そうやってどれだけ歩いたのだろうか。長かったような気もするし、ほんの数分しか歩いていないような気もする。気づいたらジュンの家に着いた。

街のはずれにぽつんと佇む小さな一軒家だった。「ありがとう、サナ」と小さなお辞儀をしながら、そこに向かっていった。

家に入ろうとする直前、サナはジュンの手を掴んだ。

「ジュン、良かったら私たち友達になろう。うちに来たらきっと楽しいし、今度一緒に遊ぼう。きっと必ず誘いにいくから」

ジュンはこの日一番の笑顔を見せて小さく頷いてから家のドアをそっと開けた。


サナとジュンが出会ってから数日が過ぎた。ジュンは思ったよりも表情豊かで、よく話す子だった。彼らは一緒に過ごすことが多くなり、特に雪の結晶や地形の変化に気づきながら、雪の中を冒険することが日課になった。

彼らにとって遊びこそが世界であり、最良の学びであった。雪の結晶や自然の摂理を通じて、サナとジュンは不思議な世界を発見しました。その日も、二人は雪の中を歩き、夢中で探求しました。

雪の上を歩くと、足元の雪の硬さや結晶の美しさに魅了される。時折、サナは雪の結晶を手で採り上げ、その美しさに息をのむ。

「ジュン、見て。これ、雪の結晶だよ。すごく美しいでしょう?」

ジュンは目を輝かせ、手を伸ばして雪の結晶を触ろうとしたが、風が吹くと天高く舞い上がった。

「気をつけて、触り方に注意しないと結晶が壊れちゃうよ。」

ジュンは再びそっと雪の結晶を指に乗せた。雪をゆくり覗き込むと無限の幾何学的な模様が広がり、その世界は小宇宙のようだった。

「こんなに美しく多様な世界が雪の中にあるなんて、知らなかった。」

そうやって立ち止まっては歩いていると歩く音が変化し、カリカリと鳴り響いてきた。サナはしゃがみ込み、指で雪を触れてみると他の斜面よりも硬く凍っていることに気づいた。

ジュンは思いっきり斜面に寝そべった。

「なんでここはこんなに硬いんだろう?」

「風が吹いてきたとき、雪はここで凍りついたんだと思うよ。風が氷点下の寒さを持ち込んで、雪を固めたんだろうね。」

サナは少し考え込んでから答えを見つけ出した。

彼らはさらに進み、日当たりのいい場所へと足を運びました。そこでは柔らかい雪が降り積もり、歩くたびに足跡がふんわりと広がった。ジュンは雪をかき集めて大きな雪玉を作り、サナに投げかけた。

「ここは日光をたっぷり浴びているから、雪が柔らかいんだね。太陽の光にも感謝しなくちゃ。」

彼らはまた雪の上を散歩する。雪とはいえども、様々な場所、地形で見せる景色は全く異なる。サラサラと雪が流れる場所もあれば、しっとりと雪深い場所もある。それはまるで大地が彼らにささやくように、自然界の微妙な変化を教えてくれているかのようだった。サナとジュンは雪原を探検し、その驚くべき発見に心を躍らせた。

遊びの中で学び、学びの中で成長する。彼らは自然界の驚異に触れ、常に大切な気づきを得てきた。そして、こうした素晴らしい1日の終わりには、晴れ渡った夕日が雪の荒野を真っ赤に染め上げる。

サナは、この夕日が大好きだった。その景色に心奪われ、この時世界が広大で、自然の美しさに溢れていることを感じ、ただただ感傷に浸っていた。


彼らが遅くまで一緒に遊んだ日は決まって、ジュンはサナの家にお邪魔することになっていた。

サナの家は木々に囲まれた静かな場所に佇み、その周りには合獣たちの居場所や遊び場が広がっていた。ジュンは初めて訪れたとき、初めてみるこの不可思議な生き物たちに圧倒された。

サナに合獣という生き物がいるから見にいこうよと誘われ、静かな森の中でジュンとサナはサナの母エマに付き添われて、合獣たちとの初めての出会いを迎えた。白い息が空気中に舞い、木々に積もった雪が光り輝いていた。

やがて歩いていると、降り積もった雪の上に小さな影が現れ、そこには可愛らしい合獣たちが駆け回っていた。その中には、小さな手のひらサイズに収まる合獣や、飛び跳ねるように軽やかに動く合獣たちがいた。

サナに懐いているのか、餌をねだるようにサナの周りに合獣が近づいてくる。サナは慣れた手つきで、合獣に餌を与え始めた。

「ジュンも餌をあげてみる?」

エマが声をかけ、ジュンは興奮と緊張の入り混じった表情を浮かべた。サナは彼の手を優しく握った。

「やろうよ、一緒に」

サナの小さな一言にジュンはいつも勇気をもらっていた。サナはジュンに餌を持って行動する方法を教え、エマは合獣たちの特徴や性格について説明した。

「この子たちは、食用として私たちの命を繋ぐ存在でもあるし、ペットとして心の安寧をもたらす存在でもあるわ。いずれにしても私たちは愛を持って彼らとの共存を大切にしているのよ。」

ジュンは話を真剣に聞き入り、エマはジュンに餌を手渡した。静寂が広がり、合獣の鼻息や鳴き声だが響き渡っている。ジュンの緊張が糸と糸の張りのように合獣たちにも伝播しているようだった。ジュンがそっと足を前に進めると合獣たちも慎重に近づき、そのお互いの歩みが重なったときジュンの手から餌を受け取った。

ジュンは言葉にできない感動を胸に感じた。その触れ合いは特別で、生命とのつながりを感じる瞬間だった。餌を食べる姿を見て
(生命ってなんて美しいんだろう)
そういう純粋な感動を胸に刻み込んだ。一目惚れのようにこの場所に魅了された。

ジュンはそうやって、時々サナのお家にお邪魔するようになった。エマもジュンを暖かく迎え、彼を家族の一員のように扱ってくれた。エマの料理や合獣たちの存在が、ジュンにとって新たな体験と幸せなひとときを提供していた。

ジュンはサナとエマに連れられて、キッチンに入った。キッチンのテーブルには、完全栄養食のプロフだけでなく、合獣の肉も並んでいた。

キッチンの中で、エマが慎重に合獣の肉を捌いていた。ジュンは初めて目の前で生き物が調理される光景に戸惑いながらその様子を見ていた。

「これは、さっき遊んでいた合獣だよね・・」

「そうよ、私たちは食肉用に合獣を育てているの。」

エマは手際よく包丁を使って合獣の肉を切り分け、不要な部分を取り除いていった。

「そんなの、可愛そうだよ。なんでそんなことをするの。」

ジュンはエマの作業をじっと見つめながら、理不尽に殺された合獣の気持ちを考えるとエマに対して怒りの気持ちが湧いてきた。

「ジュンが怒るのは最もなことだよ。だけどね、私たちは食糧なしでは生きていくことができないの。こうやって、合獣を捕獲して、絞めて、血抜きをして、捌いて、調理して生命をいただくのよ。今はプロフという食事があるけれども、そうやって生命とのつながりが閉じられた料理では心が貧しくなるのよ」

ジュンは、顔色を変えずにただ黙って話を聞いた。

「今はまだ難しいかもしれないね。昔はこうやって生き物を調理していたらしいのだけれどね。食が貧しいこの街では合獣が貴重な食糧なのよ。」

サナが横から口を挟んで言った。

「要は生き物に感謝して、食事をしなさいということよ」

エマは最終的に、香り豊かな合獣の肉の料理を作った。ジュンとサナはそれをテーブルに運んで席に着いた。

「食事をする前には必ずお祈りをするの。合獣たちに感謝の気持ちを込めてね。サナできる?」

静かな雰囲気の中、サナは小さく頷いてからやがて祈りの言葉を語り始めた。

「合獣たちに感謝しましょう。彼らの生命が私たちに力を与えてくれることに感謝します。彼らは私たちの食卓に豊かさと調和をもたらし、その生命の一部として私たちとつながっています。感謝の心をもって、これらの贈り物をいただきましょう。」

ジュンは目を閉じ、少し片言なサナの言葉に耳を傾けた。

「では、いただきましょう」

エマはそう言うと、料理を皿に盛り付け食事を促した。ジュンは未だに戸惑う気持ちはあったけれど、純粋な感謝の気持ちで合獣の料理を食べることにした。

料理を口に運んだ瞬間、お肉の味が口いっぱいに広がり、こんな美味しいものが世の中にあるのかとジュンは驚いた。

食事を始めるとテーブルは自然に賑やかになり、最初は不満や不平を感じていたジュンの心も和らいでいき、自然と合獣への感謝の気持ちが広がっていった。ジュンは合獣という新しい友達を見つけた喜びとサナの家族と過ごすあたたかなひとときの幸せを感じながら、この特別な瞬間を心から楽しんでいた。









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