合獣の森 3−1章

第3−1章:ジェイク

ジェイクは心地よい風が吹き抜ける河原を歩きながら、小さな石が足元で転がっていくのを見つめていた。その石はしばらく転がり続けるとやがて田んぼの溝にぽちゃんと音を立てながら落ちた。まだ植えたばかりの稲は、風になびいて、今にも倒れそうで心もとなかったが、青々と茂った木々は爽やかな緑を添えていた。川のせせらぎと共に、小さな生き物たちのささやきが耳に心地よく響いていた。

ジェイクは澄んだ空気を大きく吸いながら、手に持ったかごに摘んだ山菜を丁寧に仕舞った。小道を進むうちに、茂みの奥に広がる美しい自然に目を細めた。葉っぱが優雅に揺れ、陽の光が緑の葉を透かして差し込んでいた。

彼は山菜を採りながら、時折足を止めてはその周りの山々を観察していた。小さな花が咲き、虫たちが飛び交い新緑に囲まれた山々を見ながら季節の流れを感じていた。

山の小道を少し進むと、ジェイクは何か微妙な違和感を感じた。自然と共鳴し合うような、熊や鹿とは異なる馴染みのない気配が、その小道に漂っていた。まるで森自体が彼に何かを語りかけているように感じられ、その声に耳を研ぎ澄ませていた。

ジェイクは異変を感じると、森の小道から外れて奥深くに進んだ。木々の背はきぎの背丈が高く、その影が薄暗い小道を覆い隠していた。陽の光が僅かに差し込み、高い木々の幹が複雑な模様を作り出していた。

風がそよそよと吹き、木漏れ日が地面にかすかな光の模様を描いていた。足元の小道は不規則に入り組んでおり、時折、根っこや石が立ちはだかった。彼は進む先に何かが待ち構えているような気配を感じ、その気配を頼りにその方向へ慎重に足を踏み出していた。

やがて進んでいくとだんだん森が開けて明るくなってきた。

(こんな場所はあったかな・・)

ジェイクはこの森を知り尽くしていた。どこに何が生えて、どんな生き物が棲家にしているかをほとんど承知していた。そんな異変は進む度にますます強くなり、やがて低い唸り声が森に響き渡るようになり、異変は確実なものとして姿を現した。

茂みに身を寄せ、ジェイクは木々の繁茂から漏れる陽光を瞳から遮るようにして進んだ。足元の小道は枝葉が入り組んでおり、時折、地面には自然の地形による小さな起伏があった。その静けさはまるで、森そのものが彼を迎え入れるかのようだった。

そして、突如として森が開け、陽光が溢れる美しい場所が広がった。光が木漏れ日となり、その光の粒子が微かに舞い上がっていた。ジェイクは目を凝らしてみると、その先には馬のような頭を冠り、白い羽を広げた奇妙で美しい生き物が佇んでいるのを見つけた。その翼は純白で、まるで汚れを知らないかのような輝きを放っていた。その存在はまるで異次元から迷い込んだかのようで、ジェイクはその美しさに圧倒された。美しくも近づきがたい、見てはいけないものを見てしまったような一種の畏怖を感じた。

そして、同時にその生き物の足取りがおぼつかないことに気づいた。純白の翼もよくみると、擦り切れたあとや血で真っ赤に染まっている場所があり、ジェイクは不安を感じつつ、静かにその姿を見つめ続けた。

彼は慎重に一歩ずつ進み、その生き物から遠ざかろうとした。森の中に漂う神秘的な雰囲気が、彼の背後から風に舞い上がる葉を軋ませて流し、それが森全体に静けさをもたらした。木々の葉が彩る影が、地面に揺らめく陽光のもとで優雅に舞い踊っていた。

その時、奇妙な生き物の鳴き声ではなく、人の苦しむようなうめき声が耳に届いた。その声に誘われて近づいてみると、奇妙な生き物に覆われるようにして、見知らぬ少女が傍らでうなだれているのを発見した。

獣は少女を優しく舐め、守るような視線でジェイクを見つめた。彼女が子を守る覚悟でいることが、その視線から伝わってきた。ジェイクは獣に襲われる可能性を重々承知しながらも、項垂れている少女を見捨てることができなかった。

獣はジェイクを見つめたまま動かなかったが、その息づかいが荒くなっているのを感じた。獣は弱々しいが、その目は確かに子を守る覚悟で輝いていた。しばらくすると、獣は力尽きたように眠った。その間に、ジェイクは少女を抱え上げた。

彼はその瞬間、母親から子を奪うような後ろめたさを感じたが、同時に彼女の命を守るためには行動しなければならないという使命感も湧き上がってきた。

(すまない、この子は手当をしないと命が危なそうだから少しの間預からせてもらうよ)

ジェイクは心の中で謝りつつ、その少女を抱えて、心の中に渦巻く葛藤を抱えながら家に向かった。

彼女の顔は真っ赤で、熱にうなだれ、その異変は深刻な状態を物語っていた。その頬に触れると、熱がこみ上げ、彼女の体温が高まっていることが手に取るようにわかった。しかし、最も心配なのは破傷風の兆候が見受けられることだった。彼女の傷口からは微かな異臭が漂い、それが破傷風の影響であることをジェイクは懸念しており、サナを揺らさないように慎重にしながらも急足で向かった。

家に到着すると、ジェイクは古びた木造の玄関を開け、少女を横たえ、高熱にうなされている彼女の様子を見つめた。家の中には温かな日差しが差し込み、控えめな香りが漂っていた。薪ストーブのそばには、小さな窓から差し込む光が、埃を浮かび上がらせていた。

ジェイクは手にした木のボウルに清らかな水を汲み、古びたテーブルに置いた。彼は布巾を湿らせ、それを使って少女の額を優しく冷やした。

高熱で身体が焦げるように熱く、彼女の意識は危うい状態だった。ジェイクはこの島の奥深くで彼が知り得た、あらゆる薬草や自然の力を駆使して、彼女を助けることを試みた。部屋の中には古びた家具と共に、薬の調合に使う様々な器具が散りばめられていた。窓から差し込む光が、ジェイクの手つきに舞い踊り、自然の恵みを手にしながら彼はベッドの傍らで懸命に彼女を救おうとしていた。

森の中に漂う穏やかな風は、サナの荒い呼吸と共に部屋に満ちていく。手元に広がる様々な薬草たちは、それぞれが生命の力を秘めているように見え、ジェイクの手はその生命の力を掬い取るように器用に動いていた。

時間が経つにつれ、ジェイクの手つきはますます慎重になった。彼はひとつひとつの成分を大切に取り扱い、サナの容態に応じて薬のバランスを微調整していった。調合した薬を慎重にサナに飲ませた。「そうだ、いい子だ」と声をかけ、サナの手を取り懸命に励ました。

ジェイクは最大限の処置をしていたが、それでもなかなか熱が引かず、むしろ来た当初より熱が上がり、呼吸が荒くなっているように感じられ、焦りを感じはじめていた。

(あれを使うか)

ジェイクは最終手段に出ることにした。森の奥深くに潜む危険とも言えるが、彼は非常に強力な薬草に手を伸ばすことを決断した。この決断は慎重な思考と彼の信念に基づいていた。それは健康体には強力すぎて毒にもなりうるので、普段使いは禁止されており、場合によっては今より重症化する可能性もあったが、その薬草の力を信じることにした。

サナに少し待っていておくれと声をかけ、ジェイクは外に飛び出し森に向かった。心急かつ慎重に、自然に囲まれた森を歩きながら目を凝らした。草木の間に隠れた薬草を見つけ、採取する手つきは繊細かつ確かだった。風がそよぐたびに、薬草の香りが彼を包み込んでいく。そうして森の中で見つけた薬草を丁寧に摘み取り、慎重に調理した。その深い森の中で、ジェイクの手元に広がる美しい緑と多彩な花々が、彼の思いをやわらかな光で包み込むようだった。

サナの口に一滴ずつ注がれる薬草のエキスは、まるで自然の息吹を感じさせるような香りを放っていた。1時間が過ぎることなく、サナの顔から赤みが引いていくのが見て取れた。薬が効き始め、病の影が少しずつサナの体を離れていく様子は、まるで森の中で新しい命が芽吹くような美しい奇跡だった。夜が明ける頃には、彼女の目には生気が宿り、息吹が戻ってきた。

***

サナは目を覚ますと、周りには古びた木の壁と窓、そして優しく光を取り込む緑のカーテンが広がっていた。ベッドの隣には傍らで白い髭を生やし、少し大きな体格をした見知らぬおじさんが疲れ切った表情を漂わせながら、古びた椅子に腰をかけながら頭をこっくりさせていた。

窓の外では風が優雅に木々を揺らし、小さな小鳥たちが遠くで囁き合っているようだった。この場所はまるで時間がゆっくりと流れ、心地よい静寂に包まれているかのようだった。

サナはベッドを起き上がろうとすると、おじさんが目を覚ました。彼はサナの動きに気づいて優しく微笑みながら、半分涙ながらに「良かった」と呟いた。その声はまるでこの静かな部屋に溜まったやすらぎを一層深めるかのように響いた。

サナの体はまだだるさが残っていたが、昨日までの悪夢を見るような辛さからは解放されていた。おじさんの優しさに触れ、心地よい温もりがサナを包み込んでいた。おじさんはサナが起き上がるのを見守りながら、静かに微笑んでいた。

「ご飯は食べれるかい?」とおじさんが尋ねると、サナは疲れた表情を浮かべながら微笑んだ。ジェイクは優しさに満ちた笑顔で頷き、席を立ってご飯を作り始めた。

遠くからジェイクの台所で調理をする音が聞こえ、空気は淡い香りに満たされた。カーテンを開けると遠くの森からは小さな生き物たちの囁きが聞こえ、外の光景はまるで絵画のように美しく広がっていた。

(・・ここはどこなのかしら、それにしても美しい場所だわ)

しばらく外の景色に意識を向けていたら、ジェイクが食事を持って部屋に入ってきた。

「熱いから気をつけてお食べ。一人で食べられるかい?」

お米で作られた雑炊の香りに誘われながら、サナは小さく頷き、食事を口に運んだ。初めて味わうその美味しさに感激がこみ上げたが、一口食べるごとに故郷の影が蘇ってきた。

母の死、ジュンとの別れ、そして炎で一体を火の海にした罪悪感がサナの心にフラッシュバックした。立ち込める苦悩が、彼女の表情を曇らせた。重い思い出が心を圧し、サナは食べたものを受け付けず、吐いてしまった。

ジェイクは、一言も言葉を発さずに嫌な顔一つせず、優しく彼女を支えた。幼い少女がたった一人、知らない場所に置いていかれる孤独な寂しさを想像し、彼女が覆っている傷を見るとジェイクはなんとも不甲斐ない気持ちになった。なんとかして彼女の寂しさを一緒に背負えないかと思った。

しかし、時間が経っても少女はなかなか心を開かなかった。ジェイクはいろんな疑問があった。どこから来たのか、服装や話し方、肌の色も違う子供がなぜ森の中で一人いたのか。こういったことを聞こうと思って色々声をかけるが、ジェイクの質問にサナは言葉を発することなく、ただじっとしたままだった。話そうとすると嗚咽のようになって声が出せなかった。食事もゆっくりとなんとか飲み込むようにして食べていた。体の傷より心の奥深いところに傷があるようだった。

ジェイクの懸命の処置もあり、3日が経つころには、サナの熱も下がり、外傷も見違えるように良くなっていた。ジェイクは心から安堵し、サナの回復を見てほっと胸をなでおろしていたが、心の傷はますます深くなっているように見えた。

「ちょっと外に出てみないか、家にばかりいるとそれだけで心が病んでしまう。」

その日は雲一つない青空が広がり、ジェイクはサナを外に誘った。二人は小屋を後にし、陽光が優しく差し込む場所へと歩いていった。足元の土は心地よく、自然の香りが空気中に広がっている。

彼らを迎えるのはサナの故郷にはない生態系が豊かな場所だった。様々な樹木が立ち並び、風に揺れる葉たちが光を受けて輝いていた。小屋の外では、自然が息づいていた。小鳥たちのさえずりが耳に心地よく響き、風が草木を揺らしている音が静寂を打ち破っていた。

「裸足でこの土地を踏み締めてみなさい。土の匂いや温度を感じてごらん。この大地に張って耳を澄まして、そしてこうやって土の味を噛み締めてみなさい。どんな味や音や感覚がするか全身で感じてみなさい。これが生きるってことだよ。喜びからも悲しみからも離れてただただ全身で生を感じなさい。母なる大地が君を包んでくれる。」

サナは黙って従った。裸足で土を踏み締めると太陽の日差しを満遍なく吸収した熱や、でこぼこした微妙な感覚が伝わってきた。土の味は、ほんのりと甘く優しい味がした。大地に2人で寝そべって耳を澄ますと、爽やかな春風が、木々を揺らし、小鳥たちの歌声が響いていた。彼女の心は次第に大地と一体化していき、悲しみや苦しみも全てが大地とつながった。

「よく頑張ったね」

ジェイクはそっと声をかけるとその瞬間、感情が解放されて、サナは大声をあげて泣いた。波打つ雑草の間からは、小さな花々が顔を出していて、それらが微風に揺れていた。ジェイクはサナが泣き止むまで、そっと髪を撫で続けた。

サナは泣けるだけ泣いた。自分がなんで泣いていたのか分からなくなるくらい、いろんな感情がごちゃ混ぜになり、それが大地に溶け出した。横にいるおじさんは黙ってずっとそばにいてくれた。その寡黙な愛がサナは嬉しかった。

庭には色とりどりの花々が咲き誇り、その香りが二人を包み込んでいた。ジェイクは慎ましく庭で育てたハーブを摘んで、それを使ってお茶を入れた。香り高いハーブティーが立ち昇り、小さな庭は自然の中で穏やかな調べを奏でていた。それを飲むと心にあるわだかまりがすっと消え、涙で顔は歪んでいたが、それでもここにきて初めて笑顔を見せた。

「落ち着いたかい?」

こうした大地のつながりを通して初めてジェイクは少女と心が通じる気がした。今ならこの少女とも会話ができるはずだと思った。

「まだ、自己紹介もまともにできていなかったと思うが、私はジェイクという。見ての通り男一人でこの外れにある家に住んで、農業などをしながら暮らしている。君はなんていうんだい?」

サナは黙ったままで、しばらくしてからゆっくりと口を開きました。

「・・サナ、サナです。この度は助けていただきありがとうございました。」

「そうか、サナかよろしくな」

ジェイクはサナの思ったより丁寧な口ぶりに驚いた。華奢で臆病な印象を持っていたが、思ったよりハキハキと答えるしっかりした子なのだと思った。声を聞くことができてホッとし、お互いの心に多少のゆとりが出てきたところで、ジェイクは感じていた様々な疑問について色々聞いてみることにした。

「サナはどこからきたんだい?」

「ネーデルという都市からです。ここはどこでしょうか」

ジェイクはびっくりして思わず、立ち上がった。そして思いついたように小屋の方に行ってしまった。サナがどうしたらいいか少し困っていると、ジェイクが戻ってきて古びた紙を持ってきた。

「少し古いけれども、これは世界地図だよ。」

そういってジェイクは世界地図を広げた。日の光が差し込む中、古びた地図が微かに光り、サナは目を細めた。

「ここは、カルデナという島だよ。そして、ここがネーデルがあるトウヤ共和国だよ。」

ジェイクは世界地図を指差しながら答えた。サナもジェイクも驚きの表情を隠せなかった。それはいくつもの国境を越えて、何千キロも離れた場所だった。

「君はいったいどうやってここまで来たんだい?」

その時、サナはひどく狼狽した。その時になってサナは初めて気づいたのだった。

「ステラは?私と一緒に大きな獣はいませんでしたか?」

「いたよ。私よりも4倍は大きいだろうというサイズで、馬のような顔に羽を生やしたような不思議な生き物だった。だけど、かなり弱っている様子だったよ。」

サナの心は不安に包まれ、大切な仲間が衰弱していることを知り、彼女はすぐにでもステラのもとへと駆け出したくなった。

「早く助けに行かなきゃ!」

「急に動いちゃいかん」

ほとんど駆け出していたサナをジェイクは手を掴み、冷静になるようサナに促した。

「まだ病人なんだ。無理をして倒れられては困る。ゆっくり行こう。」

2人はサナを見つけた現場に向かった。森の小道を進む中、木々がやわらかな陰を投げ、小鳥たちがさえずりを奏でていた。サナはそのさえずりの中にステラの声が混じっていないか注意深く耳を澄ましていた。現場に向かいながら、ジェイクはあの小さな少女があの獣に乗ってきたとすると大変なことだと思った。

サナは不安で心がはち切れそうだったが、それでも一音も逃さないように丁寧に一歩を歩んでいた。小道を進むにつれ、ピーーっというバトラの独特の鳴き声が遠くから聞こえ、サナの心臓は高鳴った。

ステラの鳴き声らしき音が次第にちらちらと耳に届き、二人はその方向へと向かった。優しく心地よい鳴き声が、サナの不安を和ませていた。近づくにつれ、ステラの足跡は土にくっきりと残され、サナはその瞬間、まるで大地自体が彼女に微笑んでいるかのような錯覚を覚えた。地面に広がる足跡は安堵の証であり、サナの心はほっとした。

「あそこにいる!」

ジェイクはその存在を目視できず、虚空を探ったが、サナは確信のある足取りで、指差した方向を目掛けて走り出した。

ステラが姿を現した。その大きな生き物が、傷跡を抱えつつも元気に歩いてくる姿に、サナは安堵の息をついた。太陽の光が森を照らし、鳥たちの歌が空気を満たす中、サナは感謝の念に胸を満たしていた。大地の息吹と共に、彼女の心は喜びに満たされ、感謝の言葉が口からこぼれ落ちた。

「驚いたな。あんなに弱っているように見えたのに、凄まじい回復力だ。あの獣は一体何なんだい。」

サナは口を閉ざした。ジェイクもまた、黙ってサナの様子を見つめていました。

「君はあの獣に乗ってきたのかい?」

恐る恐るジェイクはサナに尋ねた。サナの口から何も言葉が発せられなかった。合獣は彼女にとって秘められた存在であり、その存在がばれることは許されないという重い責任感が彼女を縛っていた。

ジェイクは彼女の沈黙を見て、尋ねたことが彼女にとって繊細な問いであることを理解した。彼は静かに手を差し伸べ、サナの肩を軽く叩いた。

「君が言いたくないことなら、無理に話す必要はないよ。でも、君が助けが必要なら、何でも言ってくれ。僕はここにいる。」

ジェイクの言葉にサナは微笑みながら頷いた。ステラの無事を確認した後、連れて帰ることもできないため、時々様子を見にいくことを約束して二人は森を抜けて帰路についた。すでに日はかなり傾いており、外の空気はひんやりと寒風が林間に吹き抜けた。木々の葉がざわめく音が静かな日暮れに響いていた。薄い日差しが木々の影を長く伸ばす中、小道をサナとジェイクは黙々と歩いていた。

ジェイクはしばらくの沈黙を破り、優しく尋ねた。

「ところで、親御さんとは連絡がつくかい。」

サナはしばらく黙ってから、深いため息をついて答えた。彼女の瞳には悲しみと喪失の影が差しているように見えた。

「母は死にました。父は戦争に行って・・連絡がつきません。」

冷たい風がその言葉を運び、森の静けさがその重みを増していた。ジェイクは黙ってサナの横に寄り添い、言葉を失った悲しみに共感しつつも、彼女とともに前を向いて歩き続けた。

「そうだったか... ひとまずしばらくの間は私が面倒をみよう。これからどうしていくのかは二人で相談しよう。その間にお父さんへ手紙を出しなさい。届いて返事が来たらいいのだけど...」

「ありがとうございます。」

サナは深く感謝の言葉を述べ、丁寧に頭を下げた。

サナは新たな生活を始めることになった。家に戻るとジェイクの家は小さな温かな灯りで照らされ、ぽつんと佇むその一軒家はまるで夜に浮かび上がる宝石のようだった。未知の未来が広がるなか、サナは不安に心が渦巻くけれども、それでもここで生きていこうと小さな決意を固めて拳を強く握った。

ジェイクが夕飯の支度を始め、サナも呼ばれて台所に一緒に入った。

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