合獣の森 1-3章

第1−3章:邂逅の条件

夜も深まり、月明かりが雪面を照らす。食事が終わると、ジュンは少しばかり団欒の時間を過ごした後帰宅のために家を出た。サナは彼の帰りを見送り、少し寂しさがこみ上げてきた。

サナは、心がざわざわした不思議な感触を抱きながら、少し早めに寝ることに決めた。就寝の準備をしようとすると、遠くからスノーバイクの雪を駆け抜ける音が聞こえてきた。サナは玄関に向かい、カイルが扉を開けると「おかえり」と言うと同時にその大きな体の中に飛び込んだ。

「サナ、今日はいつにも増してご機嫌じゃないか。何かいいことがあったのかい?」

「ねえ、パパ、今日もジュンが来てくれたの。ジュンと一緒に餌やりをして、一緒にご飯を食べて、とっても楽しかった。」

サナは今日の出来事について、勢いよく話し始めた。カイルは話を聞きながらリビングまで足をすすめ、椅子に腰をかけた。サナが一通り満足そうに話し終えると、彼は少し考え込み、そして言葉を慎重に選びながら話し始めた。

「サナ、聞いてくれ。ジュンは素晴らしい子だと思うけれど、あんまり合獣と触れ合うことは控えてほしいんだ。」

サナの表情は笑みから驚きの表情へと移っていった。少しの沈黙があり、やがて疑問を口にした。

「でも、なんで? ジュンは優しいし、合獣たちとも仲良くやっていたわ。」

カイルは静かに頷きながらゆっくりと説明を始めた。

「サナ、合獣たちは特別な存在で、合獣を育てられる人は限られている。それは、合獣という存在についてまだわかっていないことが多いからなんだ。私たちは、国から合獣を育てるという責務を負っている。もしジュンが合獣の餌を間違えて合獣を病気にさせてしまったら、合獣がジュンを傷つけてしまったら、君は責任を取れるかい。」

サナはカイルの言葉を考え込んだ。ジュンはとてもいい子だったし、彼と一緒に合獣と触れ合う時間はかけがえのないものだった。

「でもパパ、ジュンには合獣たちと仲良くやっていけると思うの。彼は本当に優しいし、彼らに害を与えるわけじゃないと思うの。」

カイルはサナの頭をそっと撫で、説明を続けた。

「サナ、合獣たちは優しそうに見えるかもしれないけど、とても危険な生き物なんだよ。合獣と仲良くなったからといって、理解したつもりになってはいけないよ。いつ牙を剥くのか分からない。サナ、君も父さんが言った意味を理解するまではエマが見ていない間は、合獣と触れ合ってはいけないよ。特にバトラは危険な合獣だから絶対に近づいてはならないよ。」

サナは口ごもりましたが、カイルの言葉を受け入れるしかなかった。


ジュンはサナの家を訪れてからは、頻繁に家に遊びに行くようになり、二人はますます親密な関係になっていた。晴れた日も雪の日も雪だるまを作り、雪合戦をし、時々エマと一緒に夕飯を食べるといのが彼らの日常になっていた。しかし、ジュンが一度合獣たちと触れ合ってからは、一度も彼らを目にする機会はなくなっていた。

ある雪の結晶が一段と輝く日の朝、サナとジュンは雪の中で遊びながら、ジュンがふと「あの合獣たちは元気かなあ」と心の声を漏らした。サナはどこか、自分が合獣に会わせないようにしていることに心が引かれるような気持ちを抱えていた。ジュンは無邪気に遊んでいる中、サナは後ろ髪をひかれるような気持ちで話し始めた。

「合獣たちは元気よ」

小さくはみかみながら言うとジュンも「それならよかった」と微笑んだ。サナは、ジュンに本当のことを知ってほしいという気持ちと禁忌に触れてはいけないという気持ちが交錯しながら雪原に腰をおろした。

「ジュンは合獣たちと会えない理由を知りたい?」

ジュンは「どうだろう」と言いながら、軽く首を縦に振った。彼もサナの隣に腰を下ろして腕を膝に抱えた。

合獣、とりわけバトラは存在自体を隠されており、彼女にとって情報を共有することは勇気のいることだった。

「合獣はね、特別な存在なの。まだわからないことも多いみたい。合獣は優しそうに見えるけど、もしかしたら怒らせてしまうかもしれない。そうしたら私たちも食べられてしまうかもしれない。」

ジュンは真っ直ぐな視線を向けながら話を聞いていた。サナは肩を少し上げると話を続けた。

「合獣の中でもバトラという特別な合獣がいるの。合獣たちは私たちの生活に欠かせない存在で、私たちの食べ物を供給し、私たちの守護者でもあるけど、バトラは特に、気高く私たちにとって大切な存在なの。バトラは空を自在に飛び、その体毛は美しく、誇り高い。私たちの仲間であり、家族といってもいいかもしれないわ。」

サナの語り口が熱く、彼女の愛情が感じられました。ジュンはしばらく黙ってその言葉を考えました。

「なぜ、バトラと会うことが禁止されているの?」

サナは悲しげな表情を浮かべながら、ゆっくりと言葉を発した。

「バトラは特別な存在だから、人間と接触することは制限されているの。とても誇り高いけど、危険だから国の中でも育てられる人が限られているの。そのうちの一人がママ。もしバトラが怒り出したら私たちだけではなくて、町中が危険に侵されるかもしれない。ママはそういう大切なお仕事をしているの。」

ジュンはギュッと抱えていた膝をキツく締め、理解しつつもバトラについての神秘的な魅力と、その存在が抱える謎に心が引かれ、強い葛藤を抱えた。ジュンは小さなため息をついたが、サナは構わず続けた。

「特にバトラは、人には懐かないし、近づいても傷つけないように気をつけないといけないの。でも、ママと一緒にいる間は合獣たちに餌をやったり触れ合うこと自体は許可してもらってるの。バトラは私もたった一度触らせてもらったことがあるだけだけど。」

「それでも、ぼくはもう一度合獣に会ってみたいな」

サナは頬の顔を緩め、ジュンの頭にそっと手を置いた。

「それだけ聞ければ十分よ。明日ママのところにお願いしに行こう。」


次の日の朝、ジュンはいつもより早くサナの家にやってきた。エマとサナはちょうど朝の餌やりを終えたところだった。

「あら、ジュン今日は早いわね。ちょっと今餌やりを終えたところだから少し腰をかけて待っていてね。サナ、手を洗ってきなさい。」

サナはジュンと目を合わせ、お互い小さく頷きながら洗面台の方に向かっていった。

「ジュンは朝ごはん食べたのかしら。私たちはまだだったから今から作るけど、まだだったら一緒に作ってしまうわ。」

エマはサナが居間に戻ってきた折に、優しく声をかけた。

「ありがとうございます。いただきます。」

ジュンは大しておなかは空いていなかったが、せっかくのご厚意を無碍にできないと思い、好意に甘えることにした。

「何か手伝わせてください」

「そうね、じゃあ皿をテーブルに並べていただけるかしら。プロフを簡単に調理するだけだからすぐにできるわ」

しばらくエマが調理している間は、フライパンから炒める音だけが妙に響き、サナとジュンは静かに佇んでいた。サナはやがて落ち着きが無くなって、あたりを歩き回り、立ったり座ったりを繰り返したが、それも飽きたのか、黙って座ることにした。

エマが調理したプロフを皿に並べると、二人は黙々と食べ出した。エマが今日は天気がいいとか、合獣も気持ちよさそうに日を浴びていたとか、サナが作った雪像が立派だとか、他愛もない話を続けるなかで、ジュンはいつもより背筋を伸ばしながら、頭の中は合獣のことでいっぱいで、ほとんどプロフの味もわからなかった。

3人が食べ終わり、エマが「コーヒーでも淹れましょうかね。サナとジュンは適当に冷蔵庫からジュースを選んでちょうだい」と呼びかけた。

「それで、二人は私に話があるんじゃないかしら」

二人がジュースを片手に席に着いたタイミングで思いがけずエマから切り出された。コーヒーの香ばしい香りが朝日に照らされ小さな煙として漂っている。エマはテーブルに手をついて、立ち上がって言った。

「ママ、私が合獣と会うことが許されているのに、ジュンが許されていないのは不公平だわ。ジュンにも合獣と触れ合う権利があるはずだわ。」

サナは声を張り、エマに訴えた。そこにジュンが付け加えた。

「エマが合獣たちと触れ合うことで、本当に多くのことを学んでいるのを見て、ぼくも彼女と同じ経験を共有したいんです。」

エマは真剣な表情、でも朗らかな様子で彼らを見つめていた。エマは2人の情熱に共感していたが、同時に合獣たちの世界は危険でもあることを知っていた。そして、その日、エマは合獣と触れ合うことを許す代わりに条件を提示することに決めた。

「あなたたちの気持ちはわかるわ。私にとってもジュンは息子のようなもので、ただの娘の友達というのとも違うわね。ジュン、一緒に合獣たちの世界を知りたいというなら、私は厳格な条件をつけるわ。」

ジュンは喜びで体が痺れるような感触を味わいながら、表情を崩さないように努力しながら、続くエマの言葉を聞いた。

「何よりもまず、ジュンが合獣たちと触れる際は安全が最優先だわ。合獣たちは予測不能な生物で、攻撃的になることもあるの。ジュンには自己防衛をする方法をまず覚えてもらいます。そして、ジュンは合獣たちに対して礼儀正しく、尊重をもって接しなくてはなりません。彼らも感情を持つ生き物よ。」

ジュンは背筋を伸ばしながら深く頷いた。隣に座るエマも同様に真剣な眼差しを向けていた。

「次にジュン、サナも含めてだけど、が合獣と触れ合うときは、いつも私の監督のもとで行動してもらいます。私が指示を出す際、それに従うことが必要よ。」

エマは深く息を吸ってから最後の条件を語った。

「最も大切なのは、サナとジュン、あなたたちは合獣たちとの交流について他の人に話してはいけません。彼らの存在や私たちの家族に関する情報を外部に漏らしてはいけません。これは絶対の秘密として守らなくてはならないことよ。」

「それはどうしてですか?」

ジュンはふいに浮かんだ疑問を口に出した。

「合獣という生き物は、この国の秘密そのものなのよ。私たちは気軽に触れているけど、実はそんなに気安い生き物ではないのよ。この国の食糧を担っているし、特にバトラは国の最重要機密の一つで、それが外に漏れたら世界が大変なことになってしまうこともありうるかもしれない。バトラは合わせることも難しいけれど、そういう秘密を守れると誓うなら、合獣の世話をジュンにも手伝ってもらえればと思っているわ」

ジュンは深く頷いて同意を示した。

「では、指切りをしましょうか。約束に誓いを込めて」

エマは小指を差し出して、ジュンも真似るように小指を差し出した。お互いの小指を絡めると少し手を上げてから手を振り下ろした。

「昔ながらの約束をする時の所作の一つよ。これからよろしくね、ジュン」

エマは娘とその友人の決意を受け入れ、笑顔で頷いた。そして、サナとジュンは条件付きで合獣たちとの触れ合いの世界に足を踏み入れたのだった。

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