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元プロ格「土屋大喜」、熱波師「タイタイ」としてのデビュー戦

元、プロの総合格闘家。
現、格闘ジムトレーナー。
そんな肩書きを持つ男が、サウナの熱波師として登場したら、客はどう思うだろうか。
「お、すげー熱波を浴びさせてくれるのかな」
「体力無限大だろ、ずっとあおいで欲しーわ」
こんな無責任な事を、要望するに違いない。

確かに、熱波師は体力勝負だ。ただでさえ熱いサウナ室で(大抵100℃近い)、体感温度を上げるロウリュ(熱したサウナストーンにアロマ水をかける)をおこない、発生した蒸気をタオルであおぐ。一人一人の客に対して、熱く、強い風を、連続的に送り続ける。ここ近年のサウナブームに乗じて、熱波師の知名度は一気に市民権を得た。今回、この過酷な仕事に、新たにチャレンジする人物のデビューに立ち会うことができた。

土屋大喜さん(38歳※2023年5月時点)、熱波師ネームは「タイタイ」。
前述の、元プロの格闘家である。
佐藤ルミナに師事し修斗のリングで活躍、師匠と同じく、ライト級(現フェザー級)で環太平洋チャンピオンに君臨した経歴を持つ選手だ。現役時代は、とにかくよく動き、細かいフリッカージャブのフェイントを織り混ぜ、間合いを一気に詰めるスタイル。攻撃的な戦術で、アグレッシブシューターと呼ばれた。選手を引退した現在は、神奈川県小田原市で、佐藤ルミナの経営するジムの常駐スタッフとして勤務している。丸く潰れた耳が、元総合格闘家の代名詞だ。

最近では、体力勝負であることで、そのイメージからの親和性が高いのか、プロレスラーの熱波師も多く登場している。元々、エンターテナーとしての側面を持つプロレスラーにとって、観客を煽りその場を盛り上げる熱波師の仕事は、本業の延長線上にあるのかも知れない。

しかし、土屋さんはプロレスラーではない。生粋のアスリートである。リングの上を主戦場としているのは同じであるが、完全に似て非なるものだ。一体、どんな理由で熱波師を志し、デビューまで漕ぎ着けたのだろうか。その事を聞いてみると、痛快なくらい単純明快な答えが返って来た。「サウナが好きで、いろいろな場所に通っているうちに、多くの熱波師の方のパフォーマンスを経験しました。そのうち、自分もやってみたいなーって。『熱波師検定A』も取得しました。別になくても熱波師は名乗れますが、あった方が熱波師として説得力が増すと思って。基礎から学ぶこともできましたし。それから、『箸休めサトシ』さんの元で修行して、一門の名を名乗れる様になりました。彼の熱波を『スカイスパ横浜』で浴びて、とても気持ちが良かったんで、勉強させて頂きました」
土屋さんは他にも、厚労省が後援する『サウナ・スパ健康アドバイザー』も取得している。まさに準備周到。あとは、デビュー戦を迎えるだけ。


平塚駅から徒歩圏内



今回、デビュー戦の舞台は、平塚市にある『3S』
セルフロウリュができることで人気のサウナだ。本人自ら、熱波師として売り込み、タオルを振る許可を得たそうだ。

いろいよ、熱波の時間。土曜日20時。タイタイさんのホーム小田原からも、多くの友人たちが、彼のデビュー戦を見守るべく駆けつけていた。タイタイさんがサウナに入室すると、大きな拍手で迎えられた。
サウナ室は約90℃か。座板は全体的に丸みを帯びたデザインで、仄暗いライティングと合間って、幻想的な空気に包まれていた。タイタイさんの口上が始まる。自分が本日今この場所で、熱波師としてのデビュー戦である事を、はっきりと口にする。
サウナ室の雰囲気を察したかの様な、笑いや冷やかしのない、いたって厳かなロウリュが始まった。彼が今回選んだアロマは『ブラックフォレスト』。針葉樹のスパイシーで深い香りが部屋に満ちる。瞑想に相応しいとされ、サウナ好きにとっても人気の香りだ。ゆっくりと、タオルを振り始める。緊張した様子は、見られない。
タオルは、縦だけでなく、横の動きを交えて、大きく振られる。サウナ室の中を、軽快なフットワークで動きながら、徐々にタオルを回す腕に力がこもる。そこから発せられる熱波は、現役時代さながらの、強烈な打撃となって会場を震わせる。一人一人に浴びせられる熱い衝撃を、皆目を閉じ、両腕を上げ、全身でその風を受ける。真摯に格闘技に打ち込んだアスリートらしく、彼の熱波は、それを受けるものと、純粋に向き合うことで生まれる。自分(タイタイさん)と相手(客)と、お互いに切磋琢磨して生まれるベストバウト!
決して無駄に客を煽ることのないストロングスタイルを貫き通し、タイタイさんのデビュー戦は、終わった。

タイタイさんの友人たちと共に、キンキンに冷えた水風呂後、外気浴スペースに座った。誰も喋ろうとしない。熱波前は、少しだけ冷やかしの視線も感じられたが、今は誰も何も言わず、ディープリラックスを味わっている。もちろんそれは、タイタイさんによってもたらされた至福の時だと、友人たちも皆感じている様だ。新しい彼の門出を、皆全身で受け止めた。その喜びの大きさは、流した汗の量に比例する。最高の熱波を浴びた後ほど、人は不思議と無口になる。

デビュー後のタイタイさんに、今後の事を、聞いてみた。「『箸休め一門』として、スカイスパでパフォーマンスしてみたいです。でも本当は、ホーム小田原の『万葉の湯』でタオルを振ってみたい。今日は友人たちが多く来てくれて、感謝しています。とてもやりやすい雰囲気を作ってくれて、無事、デビュー戦を終えることができました」
どんな熱波師を目指していくのか。「今日は無難に基本に忠実にこなしましたけど、自分の色や強みを、今後どうやって表現していくのか、それが課題です。熱波師として、佐藤ルミナさんの名を借りることなくやっていきたいです。自分の好きなサウナの良さを、より多くの人に届けられたら…」まだまだ自信の無さを残しながらも、はっきりとした口調で、そう答えてくれた。

昨年、現役引退の10カウントを聞いた土屋大喜が、自らの手で再び鳴らしたゴングの音色。その音は今後熱波として、それを浴びる者たちに、しっかりと響くことだろう。
控えめに、はにかむ様に笑うタイタイさん。その優しい笑顔からは想像もつかないほどの衝撃熱波は、新しいキャッチコピーとなって、彼を大きくタグ付けしていくに違いない。
熱波師甲子園を目指すのか?筆者の問いに対して「目指すとしたら、ACJですね」と照れながらも話してくれた。
アウフグース・チャンピオンシップ・ジャパン。その勝者の道は、世界大会に開ける。舞台は違っても、元タイトルホルダーとしての本能的欲求からなのか。世界を相手に戦い続けて来た彼は、また再び、世界と対峙する。タオル1枚を握りしめて。
サウナ上がり、5月の夜空を眺めてビールを一気に飲みながら、彼の前途を勝手に想像し、嬉しくなった。

タイタイさんのインスタはこちら

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