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やっぱりエビちゃんが好き!どうしても忘れられなくて…

昼休み、会社の社員食堂へ。
入り口のメニュー表を確認すると、今日はマグロカツの定食か、豚丼。他にも、カレーや少し高いスペシャル弁当。
僕はほとんど迷うことなくマグロカツを選択し、トレーに副菜(数種類の中から選べる)一つと、メインのマグロカツ、味噌汁にご飯を乗せ、会計へ。社員証で支払う。給与天引きなり。
マグロカツの皿に添えられた野菜サラダに、ドレッシングをかけ、湯呑にほうじ茶を入れ、空いている席へ。閉店の13時近いので、空席が目立つ。

なんてことはない、いつもの社員食堂の風景。
の、はずだった。

大抵、iPhoneで何かの記事を読みながら食事をしていることが多い。この時期は、サッカーの移籍情報をチェックするのが楽しみだ。ほとんど、食事は無意識のうちに食べている。美味いも不味いも、あまり感じて食べていない気がする。
今日も、そのはずだった。

一口食べて、おっ、となった。マグロカツ、何これ、プリプリ、めちゃ美味!中濃ソースとタルタルソースが絡んで、濃厚なのに脂っこくないのは、やはりマグロだからか。
箸が進んだ。それにしてもこの食感、エビに似てるな、今度家でも作ってみようかな、マグロカツ。
あっという間に完食し、SNSをチェックしていると、何やら不快な痒みに襲われた。首周りや、お腹や、腕。
えっ?知ってる、この痒み。アレルギーの時と同じ感覚。まさかっ!
食器を下げ台に戻し、もう一度入り口に向かった。メニューを再度確認する。マグロカツに豚丼、カレー、同じだ。さらに、配膳台まで進み、実際にマグロカツが置かれた場所まで行き、愕然とした。
先ほど僕が無意識に手にしたマグロカツコーナー、「マグロカツ」と書かれた小さなプレートが置かれていたが、手書きでマグロの部分に線が引かれ、その上に「エビ」と書き直されていた。配膳台の中にいる生協のおばちゃんに話しかけた。
僕「あのー、入り口にはマグロカツって、表示されていたんですが」
生協さん「あー。もう売り切れちゃったから、仕方ないよ。代わりにエビカツね」
僕「すいません、僕、甲殻類アレルギーなんですよね」
生協さん「じゃあ豚丼かカレーにします?」
僕「いや、もう、食べちゃったんです」
生協さん「え?食べちゃったんですか?」
僕「ええ。美味しく全部食べちゃいました」
一瞬にして状況を理解した彼女の顔色が変わったのが、顔半分を覆うマスク越しにでもはっきりとわかった。
不快な痒みが増してゆく。背中あたりも痒い。
僕「メニューが変わったのなら、入り口の表示も変えてもらえませんか。多分、間違えて食べちゃう人、いる思うんで」
生協さん「申し訳ございません。大丈夫ですか?」
僕「そんなにひどくはならないと思うんで、大丈夫だと思いますが、身体中、痒いです」

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職場に戻る頃には、痒みの後に、例のアレもやってきた。目が腫れる、と言うか爆発しそうな錯覚に陥る。平静を保つため、いつもより時間をかけて歯磨きをした。

僕が急に(本当に急に)エビカニをはじめとした甲殻類アレルギーになってしまったのは、去年の秋だ。その日も、仕事上がりにスーパーで大好きな殻付きのエビを買い、帰って調理した。背わた腹わたを丁寧に下処理し、ガーリックバターで炒める。ハーブと塩で味付け。
ビールにもワインにも、カクテルにも合う万能おつまみだ。もう何年もずっと作って食べ続けている。

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その日は確か、よく冷えた白ワインを飲んでいたと思う。
急に全身に痒みが現れ、その後、目に腫れを感じた。眼球に過剰な血液がドクドクと流れ込み、爆発しそうな感じ。
最初、その状況を全く理解できなかった。ただ、僕はピリン系の鎮痛剤にもアレルギーを抱えていて、その症状に似ている、そう思った。
まさか!すぐにネットでエビアレルギーで検索する。
ビンゴです。大好きな食材を、今後食べることのできない悲しみ。なんと無慈悲な。
僕は諦めきれず、その後、何度か確かめ算をおこなった。ほんの少しなら平気かな、とか量を減らしてチャレンジを続けた。何度やっても、結果は同じ。痒みと、眼球の爆発(正確には爆発しそうな腫れ)。
エビアレルギーの人間は、高い確率で発症すると言うカニアレルギーに対しても、確かめ算をおこなった。残念ながら、やはり、同じだった。足を1本食べ切る前に、痒みに襲われた。

エビちゃん、カニちゃん、愛する2人を同時に失うこの気持ち、あなたにわかりますか?
失恋しただけなら、忘れてしまえばいい。でも、エビちゃんとカニちゃんは、その後も何度となく、ぼくの目の前に現れる。それも、艶かしく「今すぐに私を食べて」とお誘いのポーズで登場するのだ。

嫌いだ。そう思い込む様にした。見て見ぬふりをした。エビちゃんカニちゃん抜きでも、世界には魅力的な人はたくさんいる。さらば、お二人。

でも、エビちゃんカニちゃんは、あの手この手で、僕を誘惑し続けてきた。ディズニーのピザや、リンガーハットの皿うどん、カップヌードルの中にまで潜み、僕を禁断の快楽へといざなう。懺悔の意味で白状すると、僕はその誘惑を拒み切ることができず、気づかなかったフリをして、何度か、食べてしまったことがある。その度、全身を掻きむしり、眼球が爆発する。

痒みと、眼球の爆発だけでおさまるのであれば、僕はこれからもだらしなく誘惑に負け続けることだろう。しかし、アレルギー症状で怖いのは、アナフィラキシーショック。

アナフィラキシーショックを起こすと、全身各所にさまざまな症状が現れます。全身にじんましんが生じたり、咳や喘鳴ぜんめいが生じたりします。喉頭粘膜が腫れ空気の通りが悪くなることから、呼吸困難による窒息が生じることもあります。消化器症状として、吐き気や嘔吐、下痢、腹痛が生じることもあります。
さらに、全身の血圧や意識状態も低下し、短時間のうちに死に至ることもあります。

カップヌードル食べて死ぬとか、あまりにも無惨だ。

約一年ぶりのエビちゃんは、以前にも増してとても魅力的だった。プリっとした肉感、全身を紅潮させた可憐なボディ。忘れかけていたはずだったのに…。僕の脳裏に、再び鮮烈なエビちゃんとの逢瀬の記憶が刻み込まれてしまった。

だめだ。その記憶をかき消す様に、頭を左右に振る。そんな時、一つのアイディアが浮かんだ。今の僕には、コレしかない。コレを楽しみに生きるんだ!

決めた!
死期が迫った時、僕は思う存分、エビちゃんを堪能することにする。それまで、禁欲だ!
死ぬ前の楽しみが、ひとつ増えた。エビちゃん、それまでごめん。僕はあなたのお誘いを拒否し続けます。
でも、最後には美味しく食べるからね。大好き。

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