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コピー&ペースト【2000字のホラー】

もう少しお金が欲しい。始まりはそれだけだった。
季節の変わり目はいつもお金がかかる。衣替えと一緒に新しい服も買いたいし、そろそろ部屋のカーテンやインテリアも……。

そんな話を友人のS子にすると、
「いいバイト知ってるよ」
と言ってきた。

「すっごい簡単で、単価もいいんだよ」
「なに?怪しい雰囲気しかしないんだけど」
「大丈夫だって! 出会い系のサクラやるだけ!」
「え、めんどくさそう」
「全然!仕事くれる業者?会社?よくわかんないけど、返事のセリフとか全部考えてくれててさ。それをコピペしていくだけでいいの!」
「へ〜……。S子もやってんの?」
「毎月数万はそれで稼いでお小遣いにしてるよ~」

S子がやっているならと、私もその仕事をやってみることにした。
家でネットを介してやるだけなら、副業禁止の職場にバレることはないだろう。

エントリーしてみると、仕事の話はとんとん拍子に進み、思ったよりも早くその仕事をはじめられるようになった。
S子の言っていた通り、出会い系のサクラ。
体験会員として無料ポイントを使える人の相手をし、上手にメッセージのやり取りをして、有料会員にまで誘導する。
「会いたい」という雰囲気を出してきたところで、さりげなくフェードアウトしていく流れだ。
あとは、せっかく有料会員になったんだし、という人間同士がマッチングしてくれればいい……、というのが業者の作戦らしい。

こちらが送るメッセージは、業者が用意した定型文で、フェードアウトするまでの対応が見事に並んでいる。
やるべきことは、適当な定型文を選んでコピペすること。

「はじめまして!私は~」
ときたら、初めての挨拶文からコピペ。
「趣味は○○だそうですが、どのくらい…」
ときたら、趣味に関する会話の定型文からコピペ。
それだけだった。

本当に簡単な仕事で、確かにS子の言う通り、内容の割には単価も良かった。
ただひとつ気になるのは、S子の言った
「規約が厳しいから、そこだけ注意ね」
というセリフ……。

契約時にもらった規約を見ると、特に目につくような決まりごともなく、実際1,2週間続けたところでトラブルにも遭っていない。
強いて言えば
-メッセージの返信は、必ず定型文から選び、コピー&ペーストで返信してください。絶対に自分で文章を考えたり、自分の意志を相手に伝えたりしないでください。
という一文。

そもそも、定型文をコピペする仕事で、わかりきったことなのに、いけに強い語調で書かれているのが気になった。
でも、そんなことするはずもない。
コピペのほうが楽なのだから。

仕事を始めて数週間……。
何度かやりとりをしている男性から
「○○さんって、綺麗な髪をしてそうですね。ボクの予想では、ロングヘアかな……どうかな?当たってるかな?」
というメッセージが来て、少しドキっとした。

外見について尋ねられることはあっても、予想をしてくれるパターンは初めてだった。
そして、実際自分の髪はロングだった。
とはいえ、こんなときも焦らず慌てず、定型文からコピペをする。

次の日、またしても
「○○さんて、水色が好きそうですね。いやぁ、ボクも好きなんですよ水色。どうかな?当たってるかな?」
というメッセージが来て、またもやドキっとした。

実際私の好きな色は水色で、つい先日も水色のニットを買ったばかりだった。
とりあえずは定型文で返したものの、少し気持ち悪いと感じ、業者(クライアント)に相談した。

しかし、答えはいたって事務的で、
「いろんな人がいるので気にせず、コピー&ペーストで対応してください」
というものだった。

その後もそうした発言はエスカレートしていった。
「○○のブランド、好きですか?好きですよね?今度買ってあげたいな」
「ボクはよく○○に買い物にいくんです。あなたもよく行くんじゃないですか?一緒だったらいいなぁ」
「マンションの3階っていいですよね。3階に住んでたりしませんか?」

など、そのすべてが的中していた。

どこの誰かもわからない相手に見られている感覚に耐えられず、とうとう私は
「気持ち悪いので、もうこれっきりにしてください!」
と、定型文のコピペを使わずに返事をし、仕事自体も勢いで止めてしまった。

……ふと、規約の一文。
-絶対に自分で文章を考えたり、自分の意志を相手に伝えたりしないでください。
が頭に浮かんだ。

「でも、もうやめたし」
そう思い、考えるのをやめた。

しばらくして、奇妙な出来事が起き始めた。
自分のLINEに、身に覚えのない会話が流れていることがあった。
職場の同僚や、上司、友達……。
相手からLINEが来た記憶も無ければ、自分も返信した記憶がないのに、ちゃんと会話の履歴が残っている。
私も返事をしている。
まるで誰かが私のスマホを弄り、勝手にLINEを使っているような感覚になった。

ある日、S子からLINEが来た。
「あそこのお店、美味しかったね〜!また行こうね!」

私はS子とランチに行ってなんかいない。
一瞬、違う誰かと間違えたのかと思った。
けれど、LINEのトークでは、2日前に私はS子をランチに誘っていた。

勇気を振り絞って返事をした。
「私……、今日S子とランチにいってないんだけど……」
既読がついてから、奇妙な間が流れた。

「なに言ってんの?約束通りちゃんと来てたじゃん」


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