見出し画像

揉んでも抱けない<26>

第四十三回 エロ綺麗な料理研究家

(三分間クッキングか……ああ、おれも三分でいいからファッキンしてえなあ)
 真っ昼間から観るともなくだらだらとテレビを観続ける満也は、料理などまったくしないくせに料理番組まで視聴していた。もちろん材料や手順など頭に入れるわけがなく、出来上がったものに(うまそうだなあ)と小学生並みの感想を持つのみ。要はただの暇つぶしである。
(他に面白い番組はないかな)
 リモコンを手にあちこちのチャンネルを適当に流し見していると、またべつの料理番組が映し出された。
(昼間はこんなのしかやってないんだな)
 文句があるなら観なければいいのだが、致命的ダメ人間の満也に真っ当な意見が通用するわけがない。そして、彼がチャンネルを替えることなく観続けたのも、調理台の向こう側に立った料理研究家らしき女性が、若くて美人だったからだ。
(へえ。こんな綺麗なひとがやってる料理番組があったのか)
 年は二十代半ば、いや、もう少し上だろうか。片八重歯のこぼれる笑顔が愛らしく、からだの前面がしっかりガードされたフリルのエプロンがよく似合っている。初々しい新妻みたいな雰囲気もあった。
 ただ、どことなく違和感を覚えたのは、
(このひと、けっこう薄着だな)
 エプロンのフリルから覗く肩や胸もとが、素肌を剥き出しにしていたのである。暑い盛はとっくに過ぎたのに、タンクトップでも着ているのだろうか。
 もっとも、スタジオ内は暖かいらしく、彼女は特に寒そうではない。笑顔を崩さぬまま、今日の料理の材料らしきサラミソーセージを手にとった。
『はい、こちらがサラミソーセージになります。ご自分で食べやすそうだなと思う大きさのものを選んでください。ユキはですね、このぐらいの太さがお気に入りなんです。硬くてゴツゴツしてるところとか、けっこう逞しいかな。なんちゃって、うふふ』
 笑顔は爽やかだが、おしゃべりは露骨である。肉色の生々しいサラミを手にそんなことを言うなんて、明らかに狙っているとしか思えない。
 そのとき、カメラが突然切り替わる。ユキという料理研究家を、斜め後ろから映した。
「わ——」
 満也は声をあげて仰天した。彼女がエプロンの下に着ていたのはタンクトップなどではなく、ビキニの水着だったのである。
(裸エプロン、いや、水着エプロンかよ!?)
 しかもグラビアアイドルが撮影で着用するような、ほとんど下着と変わらぬタイプのものだ。後ろでリボン結びにしたエプロンの紐や、フリルが一部を隠しているものの、ボトムの裾からぷりっと美味しそうなお肉がはみ出しているのもわかった。
 真っ昼間からなんという目の毒。エプロンの胸も大きく盛りあがっており、なかなかのナイスバディである。それこそモデルになってもいいぐらいに。
 ともあれ、さっきの台詞といい大胆な格好といい、ただの料理番組ではないらしい。深夜ならいざ知らず、こんな昼日中に放送して誰が喜ぶのかは疑問だが。
(ひょっとしたら、これはおれのために作られた番組なんじゃないだろうか)
 などと、あり得ないことを考える満也である。まあ、ダメ人間向きのプログラムというのは、当たっているかもしれない。関東ローカルのチャンネルだから、引きこもりのオタクやニートを狙っているのか。
 実際、紹介された料理も、サラミとミートボールのヨーグルトがけという、味も見た目も栄養的にも、いかがなものかとツッコミを入れたくなる代物であった。
(このひと、料理研究家じゃないのかもしれないぞ)
 無名のタレントがシャレでやっている番組ではないだろうか。首をかしげつつ、満也は最後まで視聴した。カメラが時おりヒップを突き出したバックスタイルや、谷間の見事なエプロンの胸もとをアップで捉えるものだから、目が離せなかったのだ。
 そして、いよいよ番組が終わるというときになって、予想もしていなかったことが告げられる。
『さて、長らくお楽しみいただきました《ユキのお手軽クッキング》ですが、この放送をもちまして最終回となります。今日まで応援していただいた皆様、本当にありがとうございました』
 水着エプロンの美女が、わずかに瞳を潤ませてペコリと頭をさげる。これは是非とも視聴し続けたいと思っていたのに、初めて観た回がラストだとは。
(長らくとか言ってるけど、1クールもやってないんじゃないか?)
 ずっと放送していたのなら、満也だってもっと早くに気づいたはず。おそらくこの時間帯の主流である視聴者層、主婦あたりからハレンチすぎるとクレームがつき、早々に打ち切りになったのではないか。
 もっとも、彼女はいつもこんなセクシーな格好だったわけではないらしい。
『今日は最終回ということで、水着にエプロンで頑張ったんですけど、いかがでしたでしょうか? またお会いできる日を楽しみにしていますね。さよーならー』
 ユキがカメラに向かってバイバイと手を振る。水着エプロンは最終回のみのサービスだったようだ。あの卑猥な料理やエロチックなトークも、最後だからやっちゃえと暴走した結果なのかもしれない。
(まあ、でも、あんな可愛いひとの番組がなくなるのはもったいないなあ)
 提供スポンサーが映し出されたところでテレビを消し、満也はパソコンに向き合うと、今の番組を検索した。そして、くだんの美女が守嶋ユキという名前で、れっきとした料理研究家であることも突き止める。
(ええと、年は二十七歳か。うん、だいたい思ったとおりだったな)
 笑顔が愛らしいから、実年齢よりも若く見える。それでいて、おっぱいもおしりもぷるんぷるんのボディは、年相応に熟れていた。
(ああ、ユキさんがウチに患者として来てくれたらなあ)
 念入りにマッサージしてあげるのにと、しみじみ思う。そのときはもちろん、裸エプロンになってもらうのだ。
 妄想でジュニアを硬くしつつ、満也は長らく放置していた診療依頼の掲示板をチェックした。と、そこに切望したばかりの美女の名前を見つけてドキッとする。
(守嶋ユキ……うん、間違いない!)
 メッセージにも、料理をするのに立ちっぱなしで足がむくむなどと書かれてある。本人であるのは確実だ。
 満也は「ぐふふ」といやらしい笑みをこぼし、急いで返信をした。そこに、次の一文を付け加える。
《なお、ご来院の際は、必ずエプロンをご持参ください》

 二日後、待ちに待ったそのひとが「こうえんじ鍼灸整骨院」を訪れた。
「初めまして。料理研究家の守嶋ユキと申します」
 若造相手でも丁寧に頭をさげたのは、秋っぽい落ち着いた色のワンピースをまとった清楚な美女。肌の露出はほとんどない。
 しかしながら、こちらは水着エプロンという煽情的な姿をテレビで見ているのだ。満也は舐めるように彼女の全身を観察し、ワンピースの下のむちむちボディを想像した。
(うう、たまらないなあ)
 すぐにでも裸にしたくなるのをぐっと堪え、プロの整体師らしく冷静に振る舞う。
「ええと、足がむくむとメッセージに書かれていたようですが」
「はい。仕事柄立ちっぱなしのことが多いものですから。それに、しゃがんだり前屈みにもなったりして、腰もちょっと」
「では、全身を診ておきましょう。ところで、アレはお持ちいただけましたか?」
「アレ……ああ、はい」
 ユキは手提げから白いエプロンを取り出した。
「だけど、こんなものがどうして必要なんですか?」
「この医院では、マッサージを受ける患者さんには服を脱いでいただきます。要は下着姿になっていただくわけですが、それだと女性の場合、恥ずかしがられる方もいらっしゃいます。そうすると肉体が緊張して、マッサージの効果が得られません。ですから、治療に差し支えがないものを着用していただくのですが、その方にとって着慣れた、気分がリラックスできるものがいいのです」
「ああ、だからわたしはエプロンなんですね。たしかに普段から身に着けていますわ」
 ユキが納得した顔でうなずく。述べられた理由が、満也の舌先三寸であるとは少しも疑わずに。
 テレビで水着エプロンを披露するぐらいである。治療で下着になるよう命じても、おそらく彼女は躊躇などしないだろう。
 にもかかわらず、わざわざエプロンを着けさせるのは、そのほうがエロいと考えたからだ。もちろん最終的には下着も脱いでもらい、裸エプロンにするつもりである。
「あの、下着は上下とも着けていてだいじょうぶですか?」
「いえ、ブラジャーはからだを締めつけますので、下だけで。僕は向こうにいますから、準備ができたら呼んでください」
「はい、わかりました」
「それじゃ——」
 満也は診察室を出た。いつもならこっそり着替えを覗くところであるが、今日はそのまま奥へ向かう。
 成海が書斎として使っている院長室の向かい側に、簡易キッチンがあった。広さは四畳半ほどだが、ガス台にシンク、調理台に食器棚もある。
 成海はたまに料理をしていたが、満也はさっぱり使わない。せいぜい冷蔵庫に入れた飲み物を取りにくるぐらいだ。
(さて、そろそろいいかな)
 ユキの支度が整うころを見計らい、満也は食器棚から湯呑みをひとつ取り出すと、それをわざと落とした。
 パリーンっ!
 硬い床で砕けた湯呑みが、派手な音をたてる。
「ああああ——」
 満也が大袈裟に嘆くと、予想したとおり、診察室のほうからパタパタとスリッパの足音が響いてきた。
「どうされたんですか!?」
 泡を食って駆けつけたのは、もちろんユキである。あの番組で見たフリルのエプロンを、しっかり身にまとっていた。
「すみません。ユキさんにお茶を淹れようと思ったんですが、何しろ慣れなくて。普段は助手がいるんですけど」
「まあ、おかまいなく。そこまでしていただかなくてもよろしいのに」
「いえ、患者さんにリラックスしていただくためにも必要なことですから」
 口から出まかせを真に受けて、ユキが仕方ないですねというふうにうなずく。
「だったら、わたしがやります」
「そんな、いけません」
「いいえ、やらせてください。わたしは慣れてますし、そのほうが落ち着きますから」
 ニッコリ笑顔で告げられ、満也は不承不承というふうに引き下がった。内心ではしめしめとほくそ笑みながら。
(絶対にやってくれると思ったんだよな。ようし、ここまでは計画通りだ)
 そして、床に散らばった湯呑みの破片をてきぱきと片づけたあと、キッチンに立ってお湯を沸かす彼女を背後から見守る。
 いや、視姦する。
(うう、なんてエロいんだ)
 エプロンの下はパンティ一枚。煽情的な下着エプロン姿に、満也は即勃起した。


※話数とタイトルは、連載時のものです。