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揉んでも抱けない<31>

第四十八回 仁義なきアイドル

(まったく、四十九人もいるんだから、ひとりぐらいヤラせてくれてもいいと思うんだけどなあ)
 テレビで歌う国民的アイドル、KBG49をぼんやり眺めながら、今日も品のないことを考える満也である。だいたい、たとえ彼女らが四十九万人いたところで、究極のダメ人間たる彼を相手にしてくれる物好きなど、ひとりとしていないはずだ。
 そんなことにも気づかずに、美少女アイドルたちのミニスカートから覗く太腿に欲情し、膨張したジュニアをズボンの前から引っ張り出そうとしたところで、
「嘆かわしいわね、まったく」
 真後ろから声がしたものだから、満也は危うく椅子から転げ落ちるところであった。
「だ、誰——」
 振り返って、また仰天する。腕組みをしてこちらを睨みつけているのは、たった今テレビで観ていたKBG49の中心メンバーたる、横田優香そのひとであった。
「え、あ、あれ?」
 目の前にいる本人と、テレビで笑顔を振り撒くアイドルを交互に見て、満也は混乱した。いったいどっちが本物なのかと、真剣に考えようとさえした。
「なに鳩が豆鉄砲くらったみたいな顔してるのよ!? そんな番組、録画に決まってるじゃない」
 苛立ちをあらわに言われて、ようやく「ああ」と納得する。
「いや、ひょっとしてテレビから出てきたんじゃないかと思って」
「んなことあるワケないでしょ、バカ。あんたは昭和三十年代の子供か」
 いつになく不機嫌な様子の優香は、満也の股間がもっこりしているのを目にして、眉間のシワをますます深くした。
「あんた今、何をしようとしてたの!?」
「な、何って——」
 もちろんオナニーをしようとしていたのだが、そんなことを打ち明けられるはずがない。もっとも、彼女はとおに見抜いていたようである。
「わたしたちのパンチラを見て、シコシコしようとしてたんでしょ。ったく、サイテーの男ね」
「いいい、いや、そんなことは」
「言っとくけど、あれは本物のパンツじゃないからね。あんたたちみたいな童貞ヤローどもに視姦されてもいいように穿いてる見せパンなの。しかも、見たら十回死ねって呪いをかけてるんだからね。覚悟しときなさい」
 トップアイドルらしからぬ、ファンを蔑ろにする発言。もともと性格的に問題ありだと感じていたものの、ここまで酷くはなかったはずと、満也は首をかしげた。
(優香ちゃん、かなり荒れてるな)
 何か嫌なことでもあって、マッサージで癒されに来たのだろうか。
「ええと、治療を受けたいのなら、ちゃんと手順どおりに申し込んでいただきたいんですけど」
 年下相手に恐る恐る申し出れば、汚物を見る目でギロリと睨まれる。
「どうしてあんたみたいなクソ童貞に、わたしの玉の肌をさわらせなきゃいけないのよ。冗談じゃないわ」
 どうやら仕事の依頼ではないらしい。だったら何の用なのかと、度重なる罵倒のせいもあって憮然とした満也である。と、優香の眼光が鋭さを増したものだから震えあがった。
(こ、殺される!?)
 明らかな殺気を感じる。これはヤバいとトンズラしようとしたところで、彼女が顎をしゃくった。
「ちょっと、あれ見て」
「え?」
「テレビよ!」
 言われて視線を戻せば、番組司会者が次の出演者を紹介するところであった。
『続いての登場は、KBG49の妹分にあたります、KJG49の皆さんです』
 観客の歓声と声援がひときわ大きくなる。またも大所帯でぞろぞろと現れたのは、酷分寺と同じく中央線沿いの、詰祥寺をホームグラウンドにして活躍するアイドルグループ、KJG49であった。
 司会者の紹介にあったとおり、KBG49の妹分。まあ、要は柳の下の二匹目を狙ったわけである。ところが、これが結成されるなり人気を集め、今ではKBG49を凌ぐほどのトップアイドルに昇りつめていた。それこそ、KBGが国民的アイドルなら、KJGは世界的アイドルだと評されるぐらいに。
(ああ、そうか。妹分のグループのくせに、自分たちより人気が出たものだから、面白くないんだな)
 優香の機嫌が悪いわけを、満也はやっと理解した。しかしながら、こうやって新しい世代に追い抜かれ、いずれは花と散ってゆくのがアイドルの宿命である。ジタバタしたところで、どうなるものでもない。
 けれど、優香はそんなふうに達観することはできない様子だ。
「何がKJGよ。詰祥寺駅なんて、中央線の特別快速が止まらないくせに」
 まったく関係ないことで毒づく始末。
「だけど詰祥寺は、三年連続で住みたい街のトップになってるけど」
「そんなの、ただのイメージじゃない。あんなところ、品がないし汚いしうるさいし、とてもじゃないけど住めないわよ。バラバラ殺人だって未解決だし、犯罪の温床だわ」
 根拠のないことや昔のことまで持ち出して、鼻息荒く悪口を並べる。
「その点、酷分寺は文教地区で静かだし、住んでいるひとたちも教養や品があって住みやすいわ。あんな場末とは大違いよ。ま、あの子たちには、ああいう下品な街がお似合いだけど」
 テレビの中では優香がKBG49を代表して、後輩のKJG49にエールを送っている。にこやかな笑顔を見せているが、内心ではこんなふうに忌々しく感じていたわけだ。
(怖いな、アイドルって……)
 笑顔の裏にあるドロドロした部分を見せつけられ、ペニスが萎えるほどドン引きする。
「だいたい、デビューしてから二曲連続でチャートのトップをとったからって、あいつらいい気になってるのよ」
「え、チャートのトップをとった回数なら、KBGのほうが多いんじゃ」
「だけど、デビューしてすぐにはとれなかったもの。それをあいつらってば、わたしたちのおかげでのし上がれたくせに、親の首でも取ったみたいに得意がっちゃって」
 慣用句を間違えた優香が、ギリリと歯ぎしりをする。
 たしかにKBG49はもともとローカルアイドルで、今では想像もできないようなドサ回り的な仕事や、肌の露出が多いステージをこなしていた。そうしてここまでの地位を築いたわけである。あとからポッと出の連中にお株を奪われては、いくら妹分でも応援する気にはなれないだろう。
(だからってイライラしても、どうにもならないだろうに……)
 やれやれと肩をすくめたところで、はたと気がつく。
(あれ? だったら、優香ちゃんは何のためにここへ来たんだ?)
 治療でないのなら、他にどんな用件があるというのか。しかし、訊ねる前に物騒な依頼を聞かされ、満也はドキッとした。
「そういうわけだから、センセにはあいつを始末してほしいの」
「あ、あいつって!?」
 優香がテレビ画面を指差す。そこに映し出されていたのは、KJG49のセンターを務める、本山亜矢子であった。
 平均年齢十六歳という若いメンバーを引っ張る彼女は、グループ最年長ながらまだ十九歳。ショートカットがよく似合う、ハツラツとした美少女だ。
「始末って……まさか殺す——!!」
「バカね、そんなワケないでしょ」
 あっさり否定されてホッとしたものの、優香はニヤリと悪どい笑みをこぼした。
「まあ、アイドルとしては抹殺されることになるけどね」
 とんでもないことに巻き込まれつつあることを予感して、満也は背すじの震えが止まらなかった。

「よろしくお願いしまーす」
 三日後、ニコニコと愛らしい笑顔でお辞儀をした亜矢子を、満也は強ばった表情で迎えた。
「ああ、ど、どうも……初めまして」
 我ながら挙動不審だと思うものの、明るいのが取り柄と聞いている亜矢子は、まったく気にならないようだ。
「KBG49の優香先輩から、先生の腕は本当に素晴らしいって聞いてます。膝と腰の痛みもすぐにとれるはずだって」
「ああ、膝と腰ね」
「そうなんです。まだ若いのに、おバアさんみたいですよね」
 恥ずかしそうに舌を出した亜矢子の、なんと愛らしいことか。優香とは異なり、まったく裏表のない性格らしい。
 それだけに、彼女を陥れることが後ろめたくてたまらない。
「でも、仕方ないんです。ダンスのレッスンがかなり厳しくって。それに、忙しくてほとんど休めませんし」
「そうか。アイドルも大変なんだね」
「だけど、好きでやってることですから。ファンの皆さんの応援があれば、膝や腰の痛みぐらいへっちゃらです」
 あくまでも健気な亜矢子に、満也は罪悪感を拭い去れなかった。
(おれは本当に、この子を犯すのか?)
 優香に命じられたことを思い出し、胸がチクチクと痛む。
 とにかくマッサージで亜矢子を感じさせまくり、最終的にセックスにまで持ち込めというのが、優香の命令であった。
 診察室には、かなりの数の隠しカメラがセットされている。すべて優香が用意したもので、盗み撮りした映像は、彼女が別室でチェックしていた。亜矢子が快感に身悶え、男に貫かれてよがりまくるところを、ほんの一瞬たりとも漏らさず記録するつもりらしい。
 そうしてこしらえたポルノムービーをネットに流出させ、アイドル生命を奪う計画なのだとか。
『わたしはまだ当分トップアイドルに君臨できるし、センセは童貞を卒業できるし、一石二鳥じゃない。こんないい話、受けなきゃ後悔するわよ。なんてったって、初体験の相手がアイドルなんだから』
 そこまで言われても、満也はすんなり受ける気になれなかった。
 これまで多くの女の子や女性たちにいやらしいことをしてきたし、どうにかして童貞を捨てたいと躍起になっていたのは事実だ。しかし、こんな悪だくみをしてまで、まして健気なアイドル少女を傷つけてまで、初体験をしたくはない。
 断わろうとしたものの、もちろん優香は許してくれなかった。これまで満也がしたことをすべて暴露し、無免許のニセ医者であることも警察に通報すると脅したのだ。
『あんたの人生を台無しにするか、アイドルと初体験をして童貞を切るのか、道はどちらかひとつしかないのよ』
 で、結局、言われるままに亜矢子を診察室に迎えている。
「では、服を脱いで、下着だけになってください」
「はあい」
 ひとを疑うことを知らない美少女は、素直に着ているものを脱いだ。眩しいほど白い肌があらわになり、上下とも水玉模様のブラとパンティを男の前に晒す。
「これでいいですか?」
 アイドルの可憐な下着姿にも、満也の心は少しも浮き立たなかった。
(ああ、どうすればいいんだよ——)


※話数とタイトルは、連載時のものです。
※作品中の地名やアイドルグループは架空のものであり、特定のモデルはありません。いやマジで。