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揉んでも抱けない<7>

第十二回 美人すぎる議員

『あなたはこんな破廉恥な漫画を、ご自分の子供に与えられますか? わたくしにはとてもできません』
『わたくしは描くな売るなと言っているのではありません。子供の教育上よくないものを、子供の手の届かないところに置きましょうと提案しているのです』
『表現の自由とおっしゃいますが、自由には責任が付き物です。淫らな行為を助長する漫画を読んだ子供たちが援助交際に走ったら、いったい誰が責任をとるのですか!?』
 テレビの討論番組で声高に自説を主張する女性都議に、満也は顔をしかめずにいられなかった。
 ここ最近テレビやネットで話題の、凍京都が制定しようとしている漫画やアニメの規制条例。性的な内容があるものを成人指定にし、子供に売らないようにするというのだが、真っ当な主張に見せかけた体のいい検閲ではないかと、出版社やアニメ業界をはじめ、あちこちから反対の声があがっている。
 満也もそんな条例は不要だと考えているクチだ。もっとも、規制されたら漫画のパンチラが減るのではないかと心配しているだけで、大した理念があるわけではない。
 ともあれ、その条例をどうにか成立させようと躍起になっているが、手前こそセンセーショナルな小説ばかり書いて人心を惑わせてきた作家あがりの都知事と、元モデルで美貌と舌鋒が売りの女性都議会議員——花岡麗子であった。
 今もこうしてテレビ出演しているように、麗子はあちこちのメディアに登場し、反対論者を徹底的にやり込めていた。彼女は対話でよりよい方策を探ることをせず、とにかく己の意見のみを貫こうとするのだ。
 しかも、言うことがなまじ正論だから始末が悪い。表現が露骨な漫画やアニメの実物を提示し、これを自分の子供に見せられるのかと面と向かって突っ込まれれば、大概の者は何も言えなくなってしまう。
(だけど、漫画に描いてあることを鵜呑みにする子供なんて、今どきいるのかよ)
 槍玉に挙げる作品も極端なものばかりだし、その悪しき事例を一般化する傾向もある。今どきの若者はと、すべて一緒くたにして批判する大人みたいに。
 だいたい、子供に悪影響があるという主張の論拠が示されていない。ただの思い込みというか、偏見があるようだ。
(そもそも漫画やアニメが好きなオタクは、『二次元サイコー』とか『現実の女はクソ』とか言って、生身の女と付き合う度胸すらないみたいなんだが)
 女のオタクも男に縁がなさそうだし、性犯罪を助長するどころか、逆に異性から遠ざけているのではあるまいか。まあ、それはそれで問題ありだが。
 とにかく、堅苦しい意見など退屈なだけだ。満也はテレビを消して、お気に入りのパンチラ漫画が載っている雑誌を開いた。ぐふふふと下卑た笑いをこぼしていると、そこに成海が現れる。
「ったく、相変わらず精神的に最下層の暮らしっぷりね」
 いきなり人格を否定する発言を浴びせてくるのはいつものこと。満也はパンチラ漫画から目を離さず、「おかげさまで」と返した。しかし、
「そんな三流漫画なんか読んでるヒマないんだからね。仕事よ」
 これには、「え?」と顔をあげた。
「掲示板には依頼なんかなかったけど」
「そりゃそうよ。あたしからの依頼だもの」
「成海さんから?」
 そこに至ってようやく、彼女がやけに不機嫌そうなしかめっ面をしているのに気づく。いや、それは毎度なのだが、満也の自堕落さを憤ってではないようなのだ。もっと内側から湧きあがる憤慨というか。
「実は、あたしが働いてる整骨院に来たヤツなんだけどさ——」
 成海の評判を聞いて訪れた患者とのことだが、あそこが痛いここも痛い、もっと丁寧にしろなどとさんざん我儘を言った挙げ句、大した腕じゃないと馬鹿にしたそうだ。おまけに、こういう整骨院はどうせ患者も来なくなる、公的な機関だったらとっくに仕分け対象だとまで言い切ったとか。
「さすがにあたしもムカついたから、だったらもっといいところを紹介しますって言ったのよ」
「いいところって、まさか——」
「まさかも何も、ここに決まってるじゃない。もうすぐ来るはずよ」
「えー!? そんな我儘な患者は、おれも願い下げなんだけどなあ」
 満也が不平をあらわにしても、成海はいつものごとく居丈高だった。
「うるさいわねえ。あんたには患者を選ぶ権利なんてないのよ。それに、あんなやつ、べつに治さなくてもいいから」
「え、どうして?」
「むしろ足腰が立たなくなるぐらいの致命傷を与えてやって。どうせあんたはモグリなんだから、そんなところに診てもらったとなると、向こうも訴えることはできないでしょ。いちおう地位のある人間だから」
 かなりその人物に恨みを抱いているらしい。いつになく無茶苦茶なことを言う。
「あの……その患者って、いったいどこの誰なんですか?」
「いちおうあんたの好きな女よ。性格は不細工だけど顔はいいし。ちょっと年増だけど」
「いや、だから、誰——」
「都議の花岡麗子よ」
 ついさっきテレビで観ていた人物だと知り、満也は「ええっ!?」と驚いた。

「外観もボロだけど、中も小汚いわねえ。医院のくせに衛生観念に欠けてるわ。保健所に通報してやろうかしら」
 開口一番そんなことをのたまった麗子に、満也は内心ムカつきながらも愛想笑いを浮かべた。
「これは失礼いたしました。高名な花岡麗子先生を、このようなむさ苦しいところにお迎えする無礼をお赦しください」
 大阪の商人もかくやというほどの揉み手すり手でヨイショしても、フンと鼻を鳴らしてそっぽを向く。聞きしに勝る高慢っぷりだ。
 そんな態度をとられても、満也は卑屈な愛想笑いをキープしていた。麗子が美しい熟女であったためと、好きにしていいと成海のお許しが出ていたからだ。
(ま、性格は最低だけど、見た目はいいからな)
 元がモデルだけあって、日本人離れしたエキゾチックな美貌である。それは三十代半ばになった今も、昔とほとんど変わっていない。むしろ色気が増して、より男好きのする顔だちになったのではないか。
(この感じだと、プロポーションのほうも期待できそうだな)
 シックなスーツ姿でも、メリハリのあるボディラインは隠せない。ジャケットの襟は大きなおっぱいのおかげでUの字に開いているし、ブラウスのボタンが今にもはじけ飛びそうだ。むっちりした艶腰を包むタイトスカートもパツパツになっている。
 おそらく、こんないい女だから男たちにチヤホヤされ、生意気で我儘になってしまったのではないか。子供もいるがバツイチで、都知事の愛人の座を狙っているとも噂されている。例の条例に賛成なのも、知事に取り入って次の選挙では後継者として認めてもらう手筈なのだとか。
(こんなヤツが知事になったら、凍京はおしまいだよ)
 ますます住みにくくなるのは必至だ。そうならないためにも、ここできっちり懲らしめておく必要がある。
 成海は、今は診察室にいない。隣でビデオカメラを手に控えている。麗子の痴態を撮影し、万が一のときの脅しに使うのだとか。
 あの成海がそこまでするということは、よっぽど腹に据えかねてなのだろう。ここは期待に応えるためにも、存分に辱めを与えてやらねばなるまい。
「では、申し訳ありませんが、服を脱いでこのベッドに横になってください」
「脱ぐって全部?」
「いえ、下着はつけたままでけっこうです」
「そう」
 麗子は少しもためらうことなくスーツを脱いだ。モデル出身だから下着姿を晒すぐらい平気なのだろう。あとはやはりプロポーションに自信があるからに違いない。
 実際、肌とインナーをあらわにした彼女は、満也が目を瞠るほどの麗しさだった。
 まとっていたのはいかにも高価そうな白の下着。光沢の感じからしてシルクではなかろうか。ブラもパンティもレースたっぷりで、さらにガーターベルトも装着していた。太腿の半ばまでのストッキングが、それで吊られている。
 まさにランジェリーという言葉がお似合いの装い。ボン、キュッ、ボンのプロポーションと共に、三十代とは信じられない瑞々しい肌にも劣情を煽られる。下腹がちょっぴりふっくらとしているところからは、熟れた色気がこぼれるようだった。
「横になるって仰向け? それとも俯せかしら?」
 熟女のセクシースタイルにボーッと見とれていた満也は、その問いかけで我に返った。
「あ、えと……俯せで」
 いつもは仰向けから始めるのである。だが、麗子と目を合わせると落ち着いて診察できない気がした。
 それに、ガーターベルトとストッキングも、本当は邪魔なのだ。けれど、せっかくの色っぽい装いがもったいないから、そのままで進めることにした。
「これでいいのね」
 言われたとおりにベッドに腹這いになった彼女に、満也は息を呑んだ。ガーターベルトの内側に穿いたパンティは、なんとTバックだったのだ。
 ふっくらとかたち良く盛りあがった臀部が丸出し状態。ガーターの吊り紐が絶妙なアクセントになって、丸みをいっそうエロチックに見せる。
(うう、なんて色っぽいんだ)
 ひょっとしたら男を誘惑するために、こんな下着をチョイスしているのだろうか。口の悪い堅物な都知事も、これを目にしたら愛人になってくれと土下座するかもしれない。
(まったく、これで性格がよければ言うことナシなんだけど)
 天は二物を与えないのだなと納得しつつ、満也は掌を肌にすべらせ、いつもの人体スキャンを開始した。
「ン——」
 麗子が小さな声を洩らし、ヒップをピクリとわななかせる。しかし、反応はそこまでだった。あとはくすぐったがることもなく、されるままになっている。
 それはともかくとして、満也を困惑させることがもうひとつあった。
(……どこも悪くないみたいなんだけど)
 たしかに疲労は溜まっているようだが、この程度は仕事をしている者ならあって当たり前というレベルだ。わざわざマッサージや治療を受ける必要はない。ひと晩寝れば快復するだろう。
「ええと、どこが痛いんですか?」
 訊ねると、麗子は「全身よ」と答えた。
「忙しいから疲れてどうしようもないし、首も肩も凝ってるし、腰は怠いし膝は痛いし、一番困るのは、まわりがみんな馬鹿ばっかりなことね。議員も都民も、あたしがいくら正しいことを言っても、全然理解してくれないんだもの。だから苦労してるのよ」
(いや、後半、からだと関係ないことを言ってるんだけど)
 心の中で突っ込みつつ、「はあ」と相槌を打つ。そして、なんとなくわかってくる。
(このひと、きっとワガママ病だぞ)
 自分の思い通りにならないことが面白くなくて、他に当たり散らしているだけなのではないか。満也は確信した。


※話数とタイトルは連載時のものです。