母校の幼稚園へ投票に行くほどの月日が経った

 2021年7月18日、立て続けに月日の経過を感じる出来事があったので思い立って日記を書く。

 とある選挙の投票日だった。選挙権を得てはや4,5年になる。けれど、仲良くしていた大学の先輩からご飯に呼ばれたら遠回しな選挙運動でひたすら支持政党とそこが擁立した候補のよさを語られて悲しくなったトラウマがあり、一度も権利を行使していない。

 よくないなと思って今日、投票に行った。地元新聞社の選挙特集ページを見て公約を比較し、政策に関する各候補へのアンケートも読んだ。投票先を決めた。

 投票所は、わたしがかつて通った幼稚園だった。建物の形状と内装こそさほど変わりはなかったが、幼稚園だったものが幼保一体の認定こども園になり外装はきれいになり遊具が一新され、運動場の一部とプールをつぶして駐車場が作られていた。ずいぶんと清潔感があった。 

 わたしの暮らした○○組はなくなっていた。命名規則が変わったようだ。

 そんな幼稚園、いやこども園に足を踏み入れた。内装と構造が変わっていないこと、ゴムタイルの床のにおいが同じなこと。少し安心しながら、遊戯室に作られた投票所へ入る。幼稚園の来客スリッパを履いて。わたしはお客様だ。

 わたしが通ったのはもう十何年も前のことで、何もかも同じなわけがない。それでも、やっぱりさみしかった。

 幼稚園の関係者はたぶん園内にいなかった。いても私を知ってる人はいないだろうけど。「わたし、ここに通ってたんです。そんな場所に投票にくるなんて、少しノスタルジー感じますね」って言いたかった。立会人さんはきっと困ってしまうから、言えないけど。言わないけど。そんなの知るかって話だけど。

 だから、ここに吐き出しているということです。

 ☆

 投票の帰り道、とあるお寺の入り口の鳥居を通り過ぎる。歩いて通る。昨日か今日か、正確な日時は知らないけど、その寺の和尚さんが亡くなられたとは聞いていた。実感はなかったけど。

 鳥居の前に駐車場がある。いつも広さを持て余しているそこが、車で埋まっていた。葬儀場の方だろうか、交通整理をしていた。

 ああ、本当なんだ、って思った。

 私が小学生だったころにはとっくに還暦を越していて、でも元気な方だった。私の住んでいた地区は夏休みにそこで座禅をすることになっていて、体幹の弱いわたしは毎年和尚さんに杓でたたかれていた。じっと集中できてないと杓が飛ぶのだ。

 そんなだったからか和尚さんには結構気に入られていた気がする。座禅時の厳しさとは打って変わって、愛嬌のあるおしゃべり好きの方だった。座禅のあとのお話では、「いきなり!黄金伝説」とか(時代!)和尚さんの好きなテレビ番組の話になったり、俗っぽいところも開けっぴろげに見せてくれる方で、子どもたちからも人気があった。座禅はみんな嫌いだったけど。こんな夏にラジオ体操からの座禅で喜ぶ小学生はたぶんいない。

 と、思い出はたくさんある。そんな方が亡くなった。死因は聞いてないけど、急だったそうだ。

 私服で葬儀には参列できないし、行くのは両親だ。だから鳥居の前で目を閉じて一礼だけした。座禅するときみたいだなって、後で思った。

 春先には父方の祖母も、良くしてくれた近所のおじいさんも亡くなった。他県の大学に進学して寮暮らししていて、今住んでいる地元にはここ何年かいなかった。

 この春久しぶりに戻ってきて、街はいろいろ変わっていた。月日が経った。選挙権を得られる年になった。相変わらず中学生みたいな顔してるなって両親に言われるしそれは童顔でかわいいという意味ではないし、立て続けに失敗を指摘されるとすぐパニック起こしそうになるし、まだ子どもでしかない自認があるけど。いろいろあって社会人にもなれてないけれど(公務員試験がんばってます)。

 わたしは、大人になったらしい。それだけの月日が経ったらしい。

 そりゃ母校も様変わりするし親しい人との別れもある。当然、当然なんだけど。どうしても正面からは受け止めきれなくて。

 さみしいなあって思います。最近出会いより別れのほうが多いのは、停滞している自分が悪いんだけど。

 別れは等身大に悲しんで、でも変わることもそれなりに受け入れて、前に進める自分になりたい。そう思う7月18日だった。おしまい。

#日記