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自分のセクシュアリティ再考:生得的・経験的要因を踏まえて

※本記事には性のあり方や性的な話題が含まれます。苦手な方は閲覧をお控えください。

セクシュアリティとは人間の性のあり方を指し、出生時の性(セックス)、こころの性(ジェンダー)、性的指向(どの性に性的魅力を感じるか)、性役割または性表現に分けられると言われています。また、この内には入りませんがどの性に恋愛的魅力を感じるかという概念に恋愛指向があります。
私はFセクのことを知ったり、自分がそうであると自認したりすることを通じて、ほぼ初めて自分のセクシュアリティに真剣に向き合いました。
このnoteで初めて書いた記事と重複する部分もありますが、より深掘りしていこうと思います。

  • 私のセクシュアリティ
    上述の記事の中でも書いている通り、私は出生時の性とこころの性が一致しているシスジェンダー女性で、恋愛指向はヘテロロマンティックとフィクトロマンティック(Fロマ)、性的指向はフィクトセクシュアル(Fセク)と自認しています。二次元においても男性が恋愛対象です。
    これも繰り返し書いているような気がするのですが、これまでに三次元で好きな人は何人もいましたし、好きなタイプもありますし、二次元においても好きな人はたくさんいました。オタクになる前後である作品のキャラクターに恋をし、それからはいろいろな作品のキャラクター相手に夢女子でいました。成人する前から私にとって二次元に恋するという営みは当たり前でした。
    そして「二次元 恋」という検索ワードが私の中で時空を超えて支えとなっており、夢女子をし始めた頃も世の中には二次元キャラだけではなくモノと恋愛関係にある人がいることを知り、好きな人が二次元ということに対して胸を張っていました。フィクトロマンティックやフィクトセクシュアルを知ったのもこの検索ワードがきっかけで、言葉自体を知ったのはもう少し前でしたが去年6月にこれらの概念についてきちんと把握しました。
    また、性的指向については性の目覚めの前後にいつも漫画やアニメがあったことから性の対象においても私にとって二次元の存在が当たり前でした。
    逆に三次元に対しては私の厳しい倫理規範があってか易々とセックスに及ぶことをよく思っておらず、そのうえ手を繋いだりハグしたりというスキンシップの方に憧れがあったり、好きな人にさえ性的に惹かれることもほとんどなくセックスしたいともほぼ思わず…。成長するにつれ「無理にでも経験しないと恥ずかしいと思われる」「恋人になったら経験しなければならない」という信念をいつの間にか抱いて葛藤することもありましたし、乗り気でないのに妄想することもありました。
    原因をはっきりと同定はできていないものの、部分的に下ネタが苦手(特に現実場面)で部分的に性嫌悪っぽい(特に現実場面)ところもあります。
    私にこのような側面があるとはっきり気づかされた出来事が一番最後にいた三次元の好きな人やその周りとの関わりにあり、その人を理想的に捉えていた時との落差で余計に嫌悪するようになりました。
    数年前から明確になりつつあったのですが、もし三次元の男性と恋愛するならプラトニックがいいなと思います。
    一方で二次元に対しては、現実世界において当たり前として捉えられているような恋人関係(ロマンティックでかつセクシュアルに関わる)をキャラクターと築きたいとたいていの場合考えてきました。自分がオタクであるというアイデンティティに葛藤した時は三次元に対してと同じように葛藤的な性的空想をしたことがありましたが、乗り越えられました。
    私の性のあり方は以上のようであり、脳の構造や機能だけでは捉えきれないほど私の経験からの影響が大きいなと考えています。
    また、出生時の性は生得的である一方こころの性は経験的であると私は捉えていて、それは生き方や進路と同じくアイデンティティの一種だと考えています。性的指向も性的な惹かれが起きるメカニズムという生得的な要因がありつつ、経験的なものもあり、アイデンティティの一種となりうると思います。私の場合特に、経験的なものの関係がそれなりにあると振り返っています。

  • Fロマ、Fセクを自認してから気づいたこと
    私はFロマやFセクを自認してから自分の性のあり方について初めて真剣に考えるようになりました。
    三次元の異性に対して恋愛対象ではあるものの性的対象としてはあてはまるといえないとはっきり気づいたのもそうですし、セクシュアリティやジェンダーについて多く学びを得ることができました。
    また、上述にある性のあり方がアイデンティティとなりうるという考えが浮かんだのも、自認してからの出来事でした。
    余談ですが、対物性愛者(モノに対して性的に惹かれる人)は自閉スペクトラム症や共感覚を持っていることがあるといわれており、Fセクにおいてもそういった脳の傾向や特徴はあるのかなと気になっています。

以上、私のセクシュアリティについてのお話でした。セクシュアリティについての学びの広がりは、Twitterやnote、YouTubeでさまざまな方から発信される情報によっても得られています。Fセクについては特にこの3つのメディアが大きく、改めて発信してくださっている方にお礼申し上げたく存じます。
これまでの記事も合わせると、自分がオタクであることやセクシュアリティに長い間葛藤してそれを乗り越えたという共通点があるなとふと思いました。今は自己像におおむね満足していますし、さらに良い自分になれるよう向上心も持っています。
最後になりましたが、セクシュアリティは永続的に固定されたものではなく、変わることもあります。それこそ経験によって今後変わりうる可能性があるといえます。性自認や性的指向が流動的というあり方も存在しているので、固定されていることも当たり前ではありません。
更新がまちまちではありますが、書きたいことを書ける時に書いて記事を更新したいと思います。
ここまで読んでくださりありがとうございました!

tabulara3

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