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[SS]居場所

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2023年12月の記事一覧

50才になって僕の両手を見たら、妻と子への想いがありました。僕はギターを友の前で奏でました。僕の周りには沢山の友人がいます、しかしその思いを輝くものにして貴方に届ける為にはもう暫く時間が掛かりそうです。僕の両手にあるものをもう一度しっかり確認したいと思います、溢れ落ちていく前に。

幻聴から優斗の事を聞いていました。もしかしたら亡くなるかもしれないと言う話でした。僕は幻聴の言う事を聞き流していました、もし僕が幻聴の言う事をちゃんと対応できる人なら、命を助ける事が出来たかもしれません。しかし、今の僕でも幻聴と向き合う事はできません、幻聴と関わりたくないのです。

彼女は日頃の疲れを癒す為に長野の軽井沢を訪れた、以前の職場の先輩がペンションを開いている。お正月は先輩の家で過ごす様にしている、気を張らないで済むし、何より一緒にいると心地良い。彼女が楽しみにしているのが温泉で、美味しいお刺身も食べられる。先輩とのハイキングで身体を整えたいです。

彼女が、私と彼が将来やるべき事が見えてきたじゃない、それが私の居場所でアイデンティティじゃないのと話しました。私は全てが上手くいくとは限らない、私と彼の間にある未知数な所も大きいからと伝えた、頭の中の父は大阪で私の舟を見つけなさいと言う、私は彼と生きていく事じゃないかなと思った。

僕は優斗と話した事はありません。優斗がサッカー部に所属していた事は知っています。僕の友人が優斗の死を本当に悲しんでいました。友人が誰にも救えない命だったんだと話しました。優斗は仲間から愛されていたのです、僕はそれが本当に救いだと思います。優斗と過ごせた2年間に今も感謝しています。

僕は論文を書くのに力を使い果たして、社会に出た時には力が残っていませんでした。統合失調症を発病して精神科に入院しました。優斗と同じ様に僕も自殺しようとしたのかも知れません、運良く命は助かりましたけど、社会に復帰する事は叶いませんでした。今も、優斗の素直な笑顔が脳裏に浮かぶのです。

優斗の自死は、水滴が水面に落ちる様な小さな事であったとしても、同期の仲間の内では大きな反響を起こしていました。僕は4年制大学に編入学しましたけど、大学で学ぶ事が世間の害となっていったのです。何にも形にならずに学問を修めるだけでした。先生でさえ僕に声を掛けて下さる事は無かったです。

父は紀伊山地の霊場を訪れて、文化的景観を学ぶことにより、世界遺産を後世に伝える人になりたかった。祖父と父が続けてきた家業、熊野詣の船頭が文化的に価値のあるものだと言う人類の役割に繋げたかったのだ。私も父の取り組みの一つの答えだと思ったし、私のアイデンティティにもなると感じました。

父は学んでいて、熊野の魅力が権現になる事、僧として修行して悟りを得ることにあると言う居場所に辿り着きました。吉野から熊野本宮まで大峯道が通じている。この道は山伏が修行するルートで、千数百メートル級の山々が連なる大峯山脈を、約1週間で踏破するのが本来の修行であった。大峯奥駈と言う。

優斗が自殺する理由は、飢えに対する恐怖だと思います。高校の頃から自分が満たされない想いに敏感でした、天国に行きたい気持ちもそこから生まれてきたのだと思います。短大に入り願望は益々強くなり、他人の願いを叶える事で精神を安定させていました。しかし、戦争を止める事は出来ませんでしたよ。

事件は突然起こりました、優斗の利用している高級車を深夜、大学の周りを数人の友人と一緒に猛スピードで運転しました。急カーブを曲がりきれずにガードレールと衝突しました。優斗が病院に運ばれた時は意識不明の重体でした、翌朝出血が酷く、身体が持たずに亡くなりました。自殺した様に見えました。

彼の想いの実現と、私の居場所に導くのに、どの位の未知数があるのか探る。彼の意思はアイドルとして成功です、私の想いは彼と熊野で暮らす事です。成功の先に熊野があるのなら、その答えを知りたいのです。今、彼に私のアイデンティティをコーチングしています、私の望む世界へ彼を歩ませたいのです。

優斗は欲望を叶えながら、その表裏である恐怖と戦っていました。優斗は他人の思い通りにならない為に戦争を起こしそうでした。戦争が命を奪っていったのです、優斗に向かって死が近づいて来ました。それは無意識で起こったので自然に感じました。高校の頃、早く天国に行きたい想いが蘇ってきたのです。

彼は韓国人ですが、日本らしい心持ちを愛していました。もやもやした感情の霧が晴れていく、日本的な情緒を気に入りました。彼は熊野詣の精神性に興奮して、外国人観光客が日本の文化の多様性に驚く様に、熊野の阿弥陀仏の物語に聴き入りました。実は私もある想いを持ってこのイベントに参加しました。