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死ぬと言わない祖母のオムライス

「もうこの先長くないから」
「その頃にはもうこの世にいないから」

よくあるセリフだ。世の中の多くのご高齢の方々が口している言葉だと思う。この言葉で誰かが傷つくわけでもない。だけどある時、祖母からこの類のセリフを一度も聞いたことがないことに気がついた。いつも活動的で、今もなお現役で週3で働いている。本日誕生日を迎え、御歳85歳。すごすぎる。

ふくよかなおばあちゃんは今も痩せることを諦めていないらしく、効果のありそうなことを色々と試している。食事だったりサプリだったりマシーンだったり。着られなくなった服をもらおうとしても、これから痩せるかもしれないと言って譲ってくれない。その生きる気満々な姿を見ていると、なぜだか嬉しくなってくる。もちろん長生きしてほしいけど、本人がそれを望んでいることが嬉しいのだ。
長生きしたいとか、まだ死にたくないとかではなくて、

「おばあちゃんはまだまだ生きるよ!」

っていうエネルギーに満ちている感じがかっこいい。こんなおばあちゃんになりたいなぁ。

そんなおばあちゃんはとても頭の良い人で、新聞を3社購読していて、世界史の勉強をしたり、語学の勉強をしたり、今だに知識をつけることに時間とお金を厭わない。地下室には日本文学全集から岩波講座の世界歴史全集、仏教や西洋哲学書まで何でもある。

さらには先見の明にも優れていて、今は絶対に手に入らないような画集を過去に揃えていたり、価格が高騰する前からちょっとずつ金(Au)を集めていたり。60歳頃からは投資をはじめ、分厚い会社四季報を片手に独学で資産形成をした強者。

常識にとらわれることなく、いつも物事に対してフラットな見方ができ、誰に対しても公平に愛を注ぐ人。正義感が強く、さらにはカリスマ性も兼ね備えている(笑) 女王様のような性格で歯に絹着せぬもの言いをするために人とぶつかることも多かったようだけど、決して理に反することは言わないので周りも納得せざるを得ないといった感じだ。(ただ思想強めではある)

もしおばあちゃんが今の時代に生まれていたらどんな生き方をしたんだろう。カリスマ経営者にでもなっていただろうか。30年生まれるのが早かったと本人も言っているが、実際、今のジェンダーフリーの考え方を60年も前にインストールして子育てをした。本人は「女性は家を守り男性の一歩後ろを歩く」という価値観に従いながら、3人の娘たちを「女性」ではなく「人間」として育てた。若い頃はボーヴォワールの本を読んでいたくらいにして、社会・文化的に形成される性の影響を強く意識していたらしい。

そんなおばあちゃんが作るご飯は絶品だ。和食から洋食から中華、スイーツに至るまで何もかもが極まっている。本棚には大量の料理本があり、家庭のキッチンとは思えないほどさまざまな調理道具が揃っている。

一緒に住んでいるわけではないのでおばあちゃんの料理といえばクリスマスディナーやちらし寿司などの御馳走が多いが、たまにポテサラやおでんなど素朴な料理を食べるとその非凡な味わいに感心する。作り方なんて限られたシンプルな料理で、どうしてこんなに違うんだろうといつも不思議に思う。この間、荷物を届けに行った時にオムライスを作ってくれた。

意外にもおばあちゃんのオムライスを食べたのは初めてだった。純粋で、誠実で、秩序が保たれていた。戦争を生き抜いた85歳の女性が、厳しい姑のいる家へ嫁ぎ、毎日6人分のお弁当を作り、働きながら3人の娘たちを育て、老後は世界中を旅しながら孫に人生哲学を説いた。その約3万日分の味が染み込んだオムライス。あと60年後にこんなオムライスが作れるだろうか。

尊敬してやまないおばあちゃん。でもそれよりもなによりも、懸命に生きて命を繋いでくれた、ただそれだけに心から感謝。
85歳、お誕生日おめでとう。

孫3号より






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