漫画のWEB連載を終えて。「Wheeeels!」製作日誌
旅する漫画家シミです。
先日11月からホンダアクセスさんのWEBマガジン「カエライフ」で連載してきた僕の漫画「Wheeeels!」が最終回を迎えました。
この連載はフリーランスの僕が初めて企業さんとさせてもらった仕事であり、
自作キャンピングカー「モバイルハウス」で日本を旅しながら描いた作品でもありました。
今回は僕がモバイルハウスで旅をしながら漫画「Wheeeels!」を作成した背景を、写真とインスタグラムの絵日記を交えて書いていこうと思います。
漫画依頼のきっかけはモバイルハウス
ホンダアクセスさんからお声かけをいただいたのは去年の10月のことでした。
モバイルハウスで夏の北海道を旅し、東北を抜け、関東に引き返している最中にメールをいただきました。
その時はちょうど栃木県にある「道の駅にしかた」でカツ丼食べていました笑。普段は自炊なんですけどね。肉に飢えていたんだと思います。
ご連絡をいただいた時、僕はホンダアクセスさんのことはあまりよく知りませんでした。そもそも僕は車で旅しておきながら、車に関しては素人同然なんです。「ホンダアクセス?さんと仕事することになった」と家族にLINEをしたところ、弟から「有名企業じゃん!」と教えられるほどでした。
そんな僕が埼玉県に新座にある本社に向かったのは連絡をいただいた5日後のことでした。
最初僕は企業さんと仕事をさせていただくのだから、商品のPRも兼ねたガチガチの広告漫画のようなものを依頼されるのではないかと思っていました。
ですが、メールをくださった担当さんと実際にお会いして、どのような漫画を描けばいいのか訊いてみたところ返ってきたのは
「漫画は僕の車旅の経験を基に、シミさんの好きなように描いてください」
とのことでした。
「え?自由に描いていいんですか???」
肩透かしを食らったような気になりました。
今まで知り合いや紹介で依頼を受けることはありましたが、その時は依頼してくれた方の要望に沿ったイラストや漫画を描いてきました。
「旅する漫画家」の僕に依頼することもあって、自分の作風を汲んでくれるものの、そこにはもちろん依頼する人側の要望が反映されます。「こういう絵が描いてほしい!」とお金をいただいて絵を描くわけですから、全くの自由というものはありません。
ですがホンダアクセスさんから「漫画を描いて欲しい」と依頼をいただき、その内容が「自由に描いてもいい」となると、なんだか子供の頃に使っていた自由帳を連想しました。
そして僕はこの仕事が想像以上のビッグチャンスであることに気づきました。
無名に近い僕のような漫画家がお金をもらって好きなように漫画を描けるなんて夢のような話です。
それ以前に僕は「荷台のマトリョーシカさん」というエッセイ漫画をブログやTwitterなどで三ヶ月もの間、毎日更新しておりました。
声をかけてくれた担当さんはこの漫画を読んでくださっており、約100日間連続投稿の成果のようにも思えました。
いやすみません、それ以前に「カエライフ」でモバイルハウスを扱った記事がありました💦
たぶん「モバイルハウス」→「旅する漫画家シミ発見」→「作品を読む」っていう順番だと思います。
モバイルハウスありきで声がかかったのであっても、ラッキーです。作った甲斐がありました🚚。
連載の頻度は隔週の木曜日更新に決まりました。
モバイルハウスでの移動生活で漫画を描くこともあり、時には人と会ったり、イベントに参加したりと作業時間を確保できないことも考慮し、「週間ではなく、隔週で」と僕はお願いしたのです。
また作風はアシスタントを使わずに僕一人でも描ける「ゆるい手書き風」を提案させていただきました。
もともと僕は週刊少年ジャンプを読んで育ったこともあり、「ONE PIECE」に影響を受け、アナログでずっと漫画を描いていたのですが、デジタル(iPad)で漫画を描くのはここ数年のこと。
ちなみに僕が漫画を描く時に使っている道具はiPad Pro(2018年モデル)で、アプリは「Procreate」という買い切りのものです。セリフはpsd形式でパソコンに取り込み、漫画編集ソフト「CLIP STUDIO」で編集しています。
(紙に描いていた漫画はコチラ↓)
そんな状態での連載。
エッセイ漫画だと今まで描いてきた漫画と内容がかぶってしまうし、自分の経験を切り売りするとネタもすぐに尽きてしまう。そう僕は考えました。
せっかく自由にやらせてもらえるのであれば…、
「創作漫画をやらせてください!」
創作漫画で描かせてもらうことをお願いしたのは、自分の描きたいものを描いてお金を稼ぐことが僕の目標のひとつでもあったからです。
そうして連載漫画「Wheeeels!」の車輪はゆっくりと動き出しました。
新しく作った名刺の文字を間違えて修正する図
頭にあったのはオムニバス漫画
「カエライフ」での連載は全10回ということでした。
WEBマガジン「カエライフ」での一話は全24コマ。ページ数で考えると8ページほどの分量です。「人気が出なければ打ち切り」のような週刊誌のビアさはありません。
漫画の内容は自由に描いても良いとのことでしたが、ひとつだけテーマをもらっていました。それは「ラブコメ要素を入れてほしい」ということでした。
その時の僕の頭にあった漫画の構想は
・一話完結形式
・ラブコメとしてのキャラクターを二人据える
・一話毎にテーマやメインキャラクターが変わる
・全てのキャラクターがどこかしらで繋がる
というもの。
イメージとしてあったのは伊坂幸太郎作品。
最近の作品は読めていませんが、大学生の頃は夢中になって伊坂幸太郎作品を読みました。
ユニークな登場人物の数々。特に僕が好きなのはクライムアクション。「陽気なギャング」シリーズはもちろんのこと、「ラッシュライフ」や「グラスホッパー」「マリアビートル」。いやあ、でも「SOSの猿」とか「バイバイ、ブラックバード」とかも好きだな!青春小説の「砂漠」もはずせないしー…。
伊坂幸太郎作品のあのハラハラドキドキ感がたまりません!最後まで読まないと話が見えてこない結末や構成の秀逸さ!「あんな風な話を自分も作ってみたい!」と当時の僕は夢見ていました。
10話という分量はテレビドラマに近いものがあるように感じます。
最近のジャンプ作品も4年くらいで終わるので、サクっと読めてサクっと読むことができます。その方が読者も飽きずに最後まで付き合ってくれるのだと思います。
ちなみに今回「Wheeeels!」を描くにあたり、Amazonプライムで「逃げるは恥だが役に立つ」を見ました。一気に見ると話の展開がテンポよく、構成も秀逸でした。さすがテレビドラマ。ガッキーは可愛かったです!!
漫画製作開始
創作漫画を作るにあたり、まず始めたことはキャラクター作りでした。
「どうせだったらモバイルハウスを漫画に描いてやろう!」「世界初のモバイルハウス漫画!それを自分がやってしまおう!」なんていうささやかな野望もありました。そんなわけで主人公の一人はモバイルハウスで旅をしていることに決定。旅をしている自分の経験が活きるキャラクターとなりました。
名前はふわふわ漂う雲のように旅するヤツということで「風太(フータ)」。
もう一人は読者目線の運転初心者にすることにしました。最近「バンライフ」という言葉がよく目にするようになったような気がします。ですが、漫画は車に馴染みにない人も楽しんで読んでもらう必要があり、車のことを全く知らないキャラクターを作る必要がありました。その方が共感を持ってもらえるとおもったからです。
女のコの名前は「里帆(リホ)」。この漫画は車に全く触れてこなかった彼女が成長する物語でもあります。フータの風を受けて前に進む意味も込めてキャラクターに名前を与えたのですが、2話目以降はカタカナ表記で進めました。カタカナ表記ってなんか好きなんですよね♪
サクっと主人公二人作り、あとは「こんなヤツが出てきたら面白いだろうな」という感じでキャラクターを作って各話ごとに微妙に関係性を持たせていきました。
その時考えていたキャラクターは車泥棒やそれを追う刑事、その娘と彼氏(教習所通い)、漫画ということとで心霊スポットに出没する地縛霊や、主人公の飼っている犬も登場したり。社会問題と絡めて車上生活車のおじさんみたいなのも考えました。
タイトルもこの時決めました。
登場人物たちのカーライフがそれぞれ交わり回りだす「Wheeeels!」。車のタイヤが4つということもあり「e」が連続して4つついています。
カタカナ表記は英語の発音に近い「ウィールズ」。タイヤは日本語表記だと「ホイールですが」、実際の発音で「(h)」の音はほとんど聞こえないからです。
自信を持って10話分の設定を担当さんに送ったところ、「これでいきましょう!」と回答をいただくことができました。
設定が決まったことで、まずは1話目の製作が始まりました。
モバイルハウスで漫画を描く
1話目はスイスイ作ることができました。
10ページ程度の短編はよく作っていたので要領は同じでした。
Wheeeels!は以下のように作成していました。
・ざっくりノートに構成を書き出し、どのパートにどれくらいのページ数を割くのか検討をつける
・セリフから書く(セリフは手書きで書きます。漫画の場合、セリフは絵の一部であるとも考えられるからです)
・セリフを元に絵を描いていく(ほぼ下書きのラフ/ネームを作成)
・上のラフ兼下書きを基にペン入れ
・着色
・パソコンに取り込みCLIP STUDIOでセリフ入れ
作業所用日数は旅の生活によって変化します。余分を持たせてスケジュールを建てることが大切です。僕の場合は
・セリフ 1日
・下書き 2日
・ペン入れ 2日
・着色 1日
・セリフ 1日
合計7日間
で考えていました。もちろん漫画の納品は公開日の木曜日より前に行わなければなりません。
1話目、2話目の製作場所は、僕がモバイルハウスを作った「廃材エコヴィレッジゆるゆる」でした。
「ゆるゆる」は神奈川県の藤野の山奥にあるコミュニティスペースです。僕の実家が神奈川にあることもあり、季節の変わり目にゆるゆるには訪れています。
ここは2018年にモバイルハウスのワークショップがあった場所であり、僕はこの場所でモバイルハウスの作り方を学び、この場所でモバイルハウスを作りました。毎日のように面白い人が訪れ、今では「モバイルヴィレッジぼちぼち」というプロジェクトが進められています。最近「ぼちぼち」には手作りサウナができたそうなので、春先に訪れととのいたいと思います🧖♂️🧖♀️
またこの時の「ゆるゆる」滞在時には和歌山県で行われたモバイルハウスが集まる「キャンパーフェス」に参加したほか、富士山の麓の西湖で行われた「バンタメフェス」にもスタッフとして参加しました。
こんな風にあちこちに行ってイベントに参加しながら漫画を描くのはキツいものがありました。
僕は割と引きこもり体質で、何もなければほとんど動かず黙々と漫画を描いているタチなのです。半強制的にイベントが発生するか、意識して動かないとどんどん人間関係が薄れていってしまいます。
だからこそ、実際に自分が動くことが自身の作品に役に立つとも考えています。
僕は決して絵の上手い漫画家ではありません。そのため、自分の体験した経験こそが自分の武器になると考えています。モバイルハウスを作ったのだってそうです。他にそれをやっている漫画家さんがいないからこそ、自分の作品世界観を広げる上でモバイルハウスを作ることは役に立つと考えていました。
モバイルハウスをきっかけにホンダアクセスさんから仕事をいただけたわけですし、コロナの影響でリモートワークやワーケーションという言葉が使われだし始め、場所に囚われずどこでも仕事ができるというのは現代にマッチしていたのかもしれません。
話は逸れますが、僕は自分の制作スタイルをヘミングウェイ的だと思っています。ヘミングウェイは小説ネタがなくなるとすぐどこかに出かけていってしまいます。時にはスペイン内乱に義勇兵と参加したり、時にはアフリカでハンティングに興じたり。ジャック・ケルアックも自分が旅をした経験を基に「オン・ザ・ロード」という小説を描きました。
多くの作家さんは絶えずインプットをして自分の作品の世界観を広げていきます。僕も漫画や映画などからインプットをすることがありますが、一番面白いのは自分が動いて得た経験だと思います。
世界一周の旅をしている時もそうでした。どんなに同じルートを旅していてもそこで見て感じるものは人それぞれであり、出会う人もさまざま。ただ同じ場所を通過したという事実があるだけで、旅が他の人とかぶるということはほとんどありません。
今回の「Wheeeel!」も僕がモバイルハウスで旅をしながら得た経験をもとに生まれた作品となっています。
まさに旅する漫画家が描く「旅漫画」なのです。
余談ですが最初に作ったプロットは2話分しか使いませんでした。
その理由は「オムニバス漫画」から「ラブコメ漫画」をメインにしたからです。
毎回メインキャラクターが異なるオムニバス漫画ではラブコメにページが割けず、話としても薄くなってしまいます。それよりも続きが気になるようなラブコメ要素を入れた方がいいという担当さんの判断でした。
「ラブコメ」と聞くと僕は高橋留美子作品を連想します。くっつきそうでくっつかないじれったい関係性の連続がラブコメの基本です。ストーリーを伸ばそうと思えばいくらでも引き伸ばすことができる、けれど読み進めることによってお互いがほんの少しづつ近づいていていきます。そんなく二人の関係性に読者はやきもきし、続きが気になってしまうのです。
3話目からは毎回新しい話を考えていたので、次の話で何が起こるのか自分でもわかりませんでした。
3話目からは旅先で
二話目以降は本格的に移動しながら旅先で漫画製作をすることになりました。モバイルハウスでの旅も2年目に突入です。
僕はモバイルハウスでの旅の中で観光をメインに据えていません。冬はできるだけ暖かい場所で。夏は涼しい場所で漫画を描くことが僕の旅の基本的な行動方針です。
ぶっちゃけ移動はめんどくさいです。可能であれば一ヶ月くらい同じ場所に滞在し、気が向いた時に移動するのが理想ですが、一年目は日本を旅すること自体が初めてだったためあちこち移動していました。
旅も2年目となると前回会った人や、訪れた場所に再び足を運ぶようにもなりました。
たとえば静岡の焼津なんて僕にとってまさにそんな場所です。
焼津にある「名もなきゲストハウス(仮)」のオーナーさんとは四国で偶然出会ったことをきっかけに僕はこの町を訪れることになりました。
浜当目の海沿いにある資材置き場にはオーナーさんからの依頼でご当地マップを描かせていただきました。「地図を賑やかにしたい!」というご要望もあり、今でも時々訪れてキャラクターを描き足しております。
また、ご当地マップをきっかけにテレビ出演をするということもありました。(「ぱくタクおたすけ隊」に出演させていただきました!)
静岡以降は一年目と同様に四国へ向かいました。
淡路島のサービスエリアは広くて景色もよかったので、海を見ながら作業しました。
モバイルハウスを住居兼職場として活用している僕ですが、モバイルハウスで常に作業しているわけではありません。
天気が悪い日が続くとソーラーパネルで作った電気もなくなってしまうので、電源を使えるカフェなんかに行って作業することもあります。
年末は友達のソウさんが経営する松山の不思議なバー「Ponco Pipin(ポンコピピン)」で新年を迎えました。
高知県日高村は今回で2回目。僕がサウナにハマるきっかけとなった場所です。去年もテントサウナを体験させてくださった方にお願いして、一度テントサウナを体験させていただきました。今年はドラム缶で水風呂を作っていて驚きました笑。
そんな旅の中でできた4話はこちらです。
漫画の作り方も試行錯誤
「一話24コマ」というスタイルも回数を重ねるごとに慣れていきました。
作業工程や担当さんとのやり取り(時間のロス)を減らすために下書き兼用でラフを作る方法もこの時編み出しました。
よく見る「ネーム」と呼ばれるプロが描くような顔に十字線を入れたような絵だと担当さんに伝わらないためです。
そうであればしっかり描き込んでしまい、修正があった場所を描き直す方がずっと時間の短縮になります。
原寸大でいうとA4サイズのキャンバス一枚に16コマを配置し、細かく描いていきます。これなら漫画全体の流れを把握しやすいですし、修正も楽です。
実際、修正はほとんどありませんでした。あってもセリフや車にまつわる箇所くらいで、ホンダアクセスさんにはほんとうに自由に描かせていただきました。
ですが、決して僕も適当に描いていたわけではありません。毎回ノートに構成をまとめ、24コマで話をテンポよく進めるために余分な箇所は省き、自分でも「これだ!」というところまで煮詰めたものを提出していました。
作品のクオリティも徐々に上げていきました。最初は黒・白・ピンクくらいの色数を絞った漫画だったのですが、徐々に色数を増やし、描き込み量も増やしていきました。
「もっといいものを描かなければ!」と自分で自分のハードルを高く設定するあまり、プレッシャーやストレスも感じてしまうほどでした。
旅先でもいつも頭の片隅では漫画のことを考えており、まとまった作業時間が取れないとイライラしてしまいました。
一緒に旅をしている彼女はマイペースな女のコなので、昼過ぎまで寝ている時なんかには彼女に当たってしまうことさえありました。
この時、実家のお母さんの気持ちが理解できたのです。
5話目と6話目は別府で製作
別府は初めて訪れた時には車を停める場所がなかなか見つからず、「観光地はガードが固いな」と思ったのですが、2回目に訪れると町の勝手がわかってきます。ここには無料駐車場がいくつかあるのです。温泉は安いところだと200円から入ることができてしまいます。地元の人が通う共同浴場などは僕も利用させてもらいました。
別府は日本を旅してきた中でもお気に入りの町です。町中至る所から湯気が立ち上り、ここだけ異国情緒のようなものがあります。
温泉も大好きなのですが、それ以上に欠かせないのがサウナです。
サウナがあるかないかでだいぶコンディションも変わってきます。腰や目に疲労が溜まりがちなので、サウナに入ることによって血行が促進され凝りもほぐれるのです。
毎回サウナに入る時は「サウナ→水風呂→外気浴」3セット欠かさずこなします。最近は湯船やシャワーも含め、トータル1時間以上浴槽施設を利用していると思います。
別府にある「かっぱの湯」にはお世話になりましたし、「ひょうたん湯」の蒸し風呂は温泉の蒸気をそのまま利用しているので匂いが温泉でした♪
そんな風にして温泉ライフを満喫しながら描いたのが5話と6話でした。
気楽そうに思えますが、だんだんと描く前のプレッシャーが重くなっていきました。
シェアハウスでカンヅメ
「Wheeeels!」は二週間に一本の隔週ペースで連載していたのですが、2月と3月は僕が体験してきた中で一番の忙しさでした。
というのも去年12月に出版社様から資格入門書に使われる漫画(62ページ分)とイラストのお仕事をいただいていたのですが、それまでゆったりとしたやり取りで提出したラフが1月の終わりになって怒涛の勢いでチェックバックされてきたからです。
そこで僕はシェアハウスを借りて集中的に漫画製作をすることを考えました。もともとこういう事態を想定してシェアハウスに入居するために別府で時間調整をしていたのです。
入居したのは宮崎県日向市美々津にあるゲストハウス「kokage」。
オーナーは僕が世界一周をしていた当時絶大な人気を博していた旅人、金丸文武さんという方です。僕も大ファンで、去年、金丸夫妻に会いに美々津を訪れ、このシェアハウスの内装のお手伝いをさせていただきました。
美々津には金丸夫妻が経営する古民家居酒屋「ひなた屋」もあります。ここのチキン南蛮は世界一美味しいと思います。
おすすめは「チキン南蛮とご飯大盛り」。
僕は2月の頭からシェアハウスに入居し、この日からカンヅメライフがスタートしました。
僕が入居した当時、シェアハウスに住んでいた方は全部で三人。ヨガのインストラクターさんやプログラマーさん、アイリッシュハープ奏者さんなど個性豊かなで大人な方々ばかりで、引きこもりがちな僕を暖かく迎えていただけて居心地のいい毎日を過ごしていました。
ですが、ずっと作業しているとだんだんと僕の体は不調をきたすようになっていきました。
運動不足やストレッチ不足はモバイルハウスで暮らしていても起こるので、気をつけてはいるのですが、「モチベーションの低下」には悩まされました。描く気がちっとも起きないのはほんとうにツラかったです。
その理由は日光不足にありました。宮崎県は夏にとても暑くなることもあり、古民家は直射日光が入らない作りになっています。シェアハウス「kokage」はもともとが古い旅館だったこともあり、夏は涼しくなる作りになっているのですが、冬は部屋に直接日が入ってこないため、外の方が暖かいこともありました。
普段はやらないのですが、Amazonプライムで映画やアニメを見ながら漫画を描いたり、あれこれ自分を甘やかしながら手を動かしていました。
それでも太陽が恋しくてわざわざシェアハウスの自分の部屋から出てモバイルハウスで作業することもありました。
「集中しよう!ガッツリ作業しよう!」と考えていても全然進まない日もありました。そんな時は逃げ場をなくすため、車で15分ほど走ったところにある道の駅で作業することもありました。
製作工程によっては夜に急に捗ることもあります。話を作るのは夜じゃないと全然ノれませんでした。時には深夜1時まで道の駅にいることもありました。帰りに食べたカップヌードルはめちゃくちゃ美味しく感じました。
そんな風に漫画製作に集中していると、シェアハウスに住んでいる他にみなさんと会わない日というのがでてきました。
「シミ君の生存確認」という名目で鍋を振る舞っていただいた時には、数日ぶりに人と話したような気にもなりました。
毎回漫画のクオリティが上げていくことができたのはシェアハウスのみなさんの理解とサポートがあってからこそだと思います。
シェアハウスはご存知の通り共同生活ですから、家のことはみんなで協力してやる場面も出てきます。ですが僕はなかななかこれができませんでした。
特に朝8時半までのゴミ出しは任せっきりにしてしまい、非常に申し訳ないと思いましたが、シェアハウスのみなさんはそんな僕に「漫画頑張ってね!次の話楽しみにしているよ」と声をかけてくださり、それが励みにもなりました。
シェアハウス滞在中は製作物も多数
シェアハウス滞在中には書籍用漫画・イラスト(刊行前なので情報解禁できず残念💦)以外にも何点かイラストを描かせていただきました。
・「カエライフ」の記事用イラスト
・LINEスタンプ
・ロゴデザイン
・手書き風イラスト40点以上
バナーイラスト
シェアハウス滞在中はとにかく描いていたイメージがありますが、漫画以外にもこのような製作物がありました。依頼してくださった方々が納期を緩めに設定してくださったのはとても助かりました。
シェアハウス「kokage」には合計で50日滞在していました。毎日移動して、お風呂を探したり、寝場所を探す手間が省けただけでもだいぶ楽になりました。「定住ってすごい!」って思いました。美々津に住むのもありかもな〜なんて思ったり。
そんな風にして7・8・9話目を作りました。
最終話は旅先で
ラスト1話はシェアハウスを出て旅先で作ることになりました。
お世話になったのは福岡県田川市にある廃校を利活用した「いいかねPalette」。
もともとはコテンラジオをきっかけ去年も遊びに来させていただいた場所です。
今回はDTMワークショップに参加させていただきました。
代表の樋口さんにお願いして、校庭にモバイルハウスを置かせていただき、僕は校内にあるカウンターで黙々と作業していました。
移動生活が再開したために製作ペースが若干崩れてしまいましたが、ギリギリに納品ができたのもこの場所で漫画製作ができたからだと思います。
最終話はほぼカラーに近いものが出来上がりました。
僕は毎回納品する時にメールで「渾身の出来です!」とメールに書くのですが、担当の方々からも高評価をいただけたのでよかったです。最終話は屋久島が出てくるのですが、背景描写をがんばりました。
紙の原稿用紙に描くアナログ漫画ではなく、デジタルだからこそ描けるものがあると僕は思います。
デジタルで当たり前のようにフルカラーの漫画を見ることがありますが、やってみるとすごい大変なことがわかりました。
それでもやっていくうちにちょっとづつうまくなっていくのが自分でもわかります。大変だったけど、学ぶこともたくさんありました。
連載10回を終えてみて
今回の連載は自分にとって一番大きく、やりがいのある仕事だったと思います。
僕のような漫画家に声をかけてくださっただけでなく、自由に漫画を描かせていただいた「カエライフ」のみなさまには心より感謝を申し上げます。
毎回自分の持ちうる全てを出し切って描いてきました。描けば描くほど上達していくので連載がもっと続けばとんでもないことになったと思います笑。
漫画を読んでくださった方々からの感想も非常に励みになりました。特に「面白いよ!」と言ってくれると、「次はもっと面白いですよ!」とやる気が出ました。
また、連載が生活の一部になることによって見えてくることもありました。
それは漫画に集中するあまり、実生活がないがしろになってしまうということでした。
ようやく漫画家として仕事がいただけるようになって、がんばらなくっちゃとは思うものの、日々の生活がちゃんと送れていないものはいかがなものだろうか?と僕は思います。
ずっと漫画を描いてきましたが、それが商品としてのクオリティになるまではずいぶんと遠回りをしてきたように思えます。
・漫画の絵自体は大学生の時描き始め(2010)
・卒業後はフリーターとしてバイトでお金を貯め(2011〜2012)
・約3年に及ぶ世界一周の旅に出て(2013〜2016)
・そこからアナログ漫画を2年ほど描き(2017〜2018)
・一発試験に泣きそうになりながらも免許を取り、
モバイルハウスを作り(2019)
モバイルハウスで日本の旅に出たのは2020年になってからでした。
iPadで漫画を描くようになったのはモバイルハウスの旅が始まってから。去年は全然お金が稼げず「あわや残り三ヶ月で貯金が尽きる」なんてこともありました。
そんな僕がやっと「自分は漫画家です」と名乗れるチャンスに恵まれることができました。親からは「漫画なんて描いてないで働け」と言われたこともありました。
「頑張れば頑張っただけ認めてもらえる。今やるしかないんだ」とは思うものの、大切な人と過ごす時間が減ってしまっていいのだろうか?と僕は揺れています。
漫画を描くのは好きだし、描かなきゃストレスを感じてしまうけれど、漫画を描くこと以外の時間も大切にしたいと考えています。
だからこそ、こうして旅をして、色々な人と出会い、話し、また次の場所へ移動する。そんな生活をここ1年ちょっと送ってきました。
何がいいたいかっていうと「バランスがが大事だよね〜」っていうすごいありきたりなことでした。
そのためにも生活をより習慣化することが求められるし、一定の時間で絵を描き、稼ぐスキルや、絵を描くこと以外で稼ぐ力も大事になってきます。まさに復業的な考え方ですね。2足のわらじではなく、4足も5足も持っていたほうが生き残る確率は上がる。
まだ僕は漫画とイラストというスキルしか持っていませんが、ゆくゆくは自分の生活を回し、大好きな人と暮らしていけるだけの力をこれからも少しづつ培っていきたいと思います。
さて、連載が終わり、ほぼ無職に近い状態に僕はなりました。
6月か7月ごろに10ページくらいの毎月連載の準備を進めている最中ですので、その時はまた、僕の漫画を読んでもらえると嬉しいです。