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旅する音楽 1:マリーザ・モンチ『Memórias, Crônicas, e Declaracões de Amor』 - 過去記事アーカイブ

この文章はJALの機内誌『SKYWARD スカイワード』に連載していた音楽エッセイ「旅する音楽」の原稿(2014年10月号)を再編集しています。掲載される前の生原稿をもとにしているため、実際の記事と少し違っている可能性があることはご了承ください。また、著作権等の問題があるようでしたらご連絡ください。

祭りのあとのサウダージなメロディーと歌声

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Marisa Monte『Memórias, Crônicas, e Declaracões de Amor』

 ブラジル北東部のバイーア。世界最大級のカーニバルが終わった次の日、僕はあてもなくローカルバスに乗っていた。なんとなく「祭りのあと」の街を見たかったからだ。沿道に設置されていた観覧席は解体され、派手にまき散らされた紙吹雪を清掃車がひとつ残らず吸い取っていく。ホテルの前では帰り支度をした観光客が、大きなあくびをしながらタクシーを待っていた。昨日までの燃えたぎる太陽と抜けるような青空が噓のように、どんよりとした曇り空。そんな気分に合わせたのか、車内に流れるラジオからの音楽も、どこかしら落ち着いたトーン。優しい女性の声が、メロウなサウンドに乗せて何度も「アモール、アイ・ラヴ・ユー」と連呼していく......。

 こんなシチュエーションで耳にしたマリーザ・モンチの歌声に、僕は一瞬で恋に落ちた。「MPB」と略されるブラジリアン・ポピュラー・ミュージック界において、彼女は現在、最高峰といわれるシンガー・ソングライターだ。モダンなポップスを得意とするが、実は古典的なサンバもしっかり歌える実力派。80年代の終わりにデビューして以来、世界中で多くの人々を魅了してきた。

 そして彼女の代表曲が「アモール、アイ・ラヴ・ユー」であり、冒頭にこの曲を収めたアルバムはまるで音の宝石箱のように輝いている。メロディアスな楽曲や都会的なサウンドも素晴らしいけれど、なんといっても愁いのある声に心を揺さぶられる。ブラジルには郷愁や切なさを意味する「サウダージ」という言葉があるが、マリーザ・モンチの歌声はまさに「サウダージ」そのものなのだ。

 カーニバルの時期は2月から3月なのだけれど、南半球のブラジルではその後に秋がやって来る。だから僕はいつも、人恋しくなるこの季節にマリーザ・モンチのアルバムをそっと引っ張り出す。そして、またふらりと旅に出ようかな、なんて考えながらノスタルジックな気分に浸り、あのときバスから眺めた「祭りのあと」の風景を思い出すのだ。

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