短編小説「レピドライト」(by赤と気体)
鱗のようなその石は「レピドライト」という名前なのだと言う。脆く剥がれやすいその石の石言葉は「変革」らしい。剥がれ落ちて、変わっていく。何かを捨てなきゃ、変われないのだろうか。
愛されてるって思う時がある。友達はもうやめなって言う。
やばいなぁって思う時がある。友達は警察呼びなって言う。
愛の代償5500円。保険適用可。
青アザの出来た目は愛の証です。だって、本気でぶつかるって、どうでもいい相手には出来ないって、私、思います。
私がどうでもよくないから。心の無視できない場所にいるから、本気でぶつかるしかなくって、彼は私を殴るんです。
殴られた私は勿論、痛いです。でも彼の殴った手は? 痛いですよね。心も痛いに決まってます。
そりゃ、変わんなくちゃいけないなんて、言われなくても分かってます。殴られた方がいいなんて思いません。彼にも私にも、もっといい道があります。でも、完全否定もいけません。彼の暴力にだって理由があるわけで、その理由を解決することこそが、最優先なわけです。
そもそも、ごめんなさいって謝ってくれますから。ぎゅっと抱いて、もうしないって言ってくれますから。
ただ、もうしないを越えてくる理由が、感情があるのがいけないんです。私たちはきちんと、解決してみせますから。
だから、もう帰ってくれませんか? 問題ないんですよ。ね、警察の皆さん。誰が呼んだか知りませんが、大丈夫ですから。
レピドライトは、何か変化を運んできてくれるわけではないそうです。自ら変えようとする意志に、力をくれるそうです。
殴られてどこかを打って、擦りむいて、かさぶたができる。かさぶたは剥がれて、また元の肌に戻る。本当に? 本当にそれは、元の肌なのかな?
愛の代償11000円。医者の疑いの目付き。
愛とは痛みで、愛ゆえに人は苦しまねばならぬと、誰かが言っていました。それなら、この痛みも苦しみも、愛です。
彼は最近、抱き締めても、謝ってもくれません。
でも、乱暴に、愛をぶつけてきます。力任せの愛です。気持ちよくなんかありませんし、正直何も感じません。でも、彼なりの、不器用な愛なのでしょう。私は抱き締めます。ぎゅっと抱き締めて、「ここにいるからね」と囁きます。彼の心が癒えますように。かさぶたが剥がれ落ちて、元の心に戻りますように。
彼を変えてしまった、何かを恨みながら。
レピドライトは、一見すると地味な色に見えます。ですが、確かな輝きを放っています。それはまるで、暗闇で光る、蜘蛛の瞳のようであります。
おめでとうを言うのが、みんな下手くそだ。引きつったような笑みに、落とした目線。現実から目を背けているみたいだ。
愛の代償16500円。産婦人科のお墨付き。
やっぱりみんなの言うことは間違っていました。色々あったけど、彼は立派な父親になろうとしている。本を読んで知識を付けて、来る子育てに立ち向かおうとしている。
これが愛でなくて、何だと言うのでしょう?
困難に二人で立ち向かっていく私たちを、誰が否定できましょうか? 誰に、止められましょうか?
あぁ、きっと、妬みなんでしょうね。不幸で哀れだった私が幸せを掴むのがそんなに許せませんか。だとしたら、そこで見ていてください。これから始まるシンデレラストーリーを! 最高のハッピーエンドを、特等席で!!
蜘蛛の中には、交尾の後に雌が雄を食べてしまう種がいます。出産のためにエネルギーを貯えるためだとか、雄が子供たちを脅かさないようにだとか、色々な理由があるそうです。
愛の代償―――円。70kgの肉塊付き。
だって、だってだって、愛ゆえに仕方なかったんです。あの人がこの子に手を出そうとするから、だって、それは、仕方ないじゃないですか。こうするしかなかったじゃないですか。他に方法はあったんですか、教科書には載ってましたか、学校は教えてくれましたか。結婚情報誌は掲載してましたか。
何故だか人の殺し方は、教わってないのに知っていました。
仕方なかったんです。元から、きっと、元からこうするしかなかったんです。こうした方がよかったんです。
レピドライトの石言葉は「変革」。かさぶたが剥がれ落ちるように、何かを捨てて、変わっていかねはならない。
愛するものが変わったのです。私でも、彼でもなく、この子。変わっていくためには、捨てなければいけなかった。あぁ、そうだ。これは必要な犠牲で儀式だった。鱗のような石は、まるで私の瞳だ。静かに光る私の瞳だ。
レピドライトは確かに輝いている。この子の未来を照らすために。だから、こんな、父親失格の男なんか、要らなかったんだ。何を引きずっていたんだ。情に流されていたんだ。
これは、革命だ。血が流れて当然だろう?
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