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120.満天の島

2004.6.1
【連載小説120/260】

灯台、風車、天文台。

小さな島が、海、空、宇宙と繋がる3つの窓口。

トランスアイランドにあるこれらの施設が波照間島にも共通してあった。
そして、いつもは生活に近いところにあって特に意識しないそれらが、他所へ来るととても魅力的なものとして目に映るのだ。

見知らぬ誰かの航海の安全を祈って、孤高に光を発し続ける灯台。

無尽蔵なる自然の力を、淡々と我々の生活パワーへと変換してくれる風車。

僕らが島を超え、地球を超え、もっと大きな宇宙と繋がって生きていることを寡黙な中に伝えてくれる天文台。

楽しいうちに終わった大人の修学旅行の報告を3施設のレポートで残しておくことにする。

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まずは灯台。

トランスアイランドの灯台が海岸沿いに建っているのに対して、波照間島の灯台は少し内陸のサトウキビ畑の中に建っている。
これは双方の機能の違いである。

航海する船にとっての道標となるのが本来の灯台の役割であり、仮にそれが海岸線に近い場所であっても、切り立った崖の上などに建つものが多いのは、できるだけ遠くまで明かりが届くことを考慮してのことである。

日本最南端の灯台である波照間島の灯台が少し小高い内陸に位置してあるのも、おそらく同様の理由からだろう。

これに対してトランスアイランドの灯台はランドマーク。

「知の航海の安全を祈る」というコンセプトで、島を訪れる旅人の上陸地点からよく見えるNWヴィレッジ東寄りの海岸に建てられた。
つまり、僕らの島の灯台は本来的な灯台の機能を持つものではなく、一種の象徴として出来たモニュメントなのである。

一方で古と変わらぬ海上を照らす灯台が存在し、他方で見えざる形而上の海を照らす灯台が存在するのが21世紀なのだ。

次に風車。

5年前に火力発電に風力発電が加わった波照間島の電力事情変化と、大型風車による騒音や景観へのインパクトを実際に観察することが出来た。

聞いたところによると、波照間島では平時の電力需要の70%を風車がカバーしているらしく、風力発電が小さな島社会のインフラとして充分に機能する可能性が見えている。

また、気になる騒音もあまり強い風が吹いていなかったこともあってか、ゆったりとしたペースで回るプロペラの風切り音は、ほとんど気にならない程度のものだった。

むしろ、同じ場所で稼動する火力発電設備の出す燃焼音の方が凄まじい轟音で驚いた。

景観に関しても38mと島で最も大きな建造物ながら、サトウキビ畑の中に建つ白い風車は違和感なく景色に溶け込んでいたように思う。

むしろ島を船で去る際に、ゆるやかに回る風車の存在が、別れを惜しんでいつまでも手を振ってくれる島人のような気がして親近感を抱いたほどである。

そこに人々の生活と共存することで、景観として馴染んでいくというのが人工物の面白さなのかもしれない。

ちなみにトランスアイランドでは垂直軸風車を島内に分散させて稼動させているが、高さが5m程度で景観にも溶け込み、ソーラー発電とあわせて電力需要を100%満たしている。
第13話に詳しい)

最後に星空観測タワー。

天体観測に適した条件が揃うこの研究施設は、優れた学術施設であると同時に、素朴で心豊かになる観光施設でもあった。

「ハードウェアやソフトウェアばかりに目がいっていたけど、ヒューマンウェアの大切さを痛感した」

と、あのスタンが感動したほどの天文台である。

まず、面白いのが2階にあるプラネタリウム。

投影型の本格的なシステムではなく、天井に配された電球が季節ごとのプログラムに応じて光るもので、入場者は心地よいカーペットの上に直接寝転んで見上げるスタイルだ。
よく見ると気持ちよさそうに寝息をたてている人もいる。

スタンは大喜びで、寝転ぶ方向を変えながら何度もボタンを押してはプログラムを繰り返し楽しんでいた。

もうひとつ紹介したいのが、スタッフ青年による屋上に出ての星空ライブ解説。

なんと、彼は大型の懐中電灯を片手に夜空を照らしながら、北斗七星、北極性、土星、金星、南十字星…と、解説を続けるのだ。

彼が頼りない光で指し示す夜空の先を一斉に見上げる20人程度の真剣な眼差しも含めて、ほのぼのとした「学び」の大切さを感じずにはいられない時間だった。

「我々もトランスアイランドならではの天文ヒューマンウェアを開発しよう」

そう意気込んでいたスタンからどんなアイデアが生まれてくるのか楽しみである。

どうだろう?

修学旅行の楽しさと、その成果をお伝えすることが出来ただろうか。

他にも報告したいことは、たくさんあるのだが、それらは今回旅を共にした仲間の今後の活動と共に、この手記で引き続き紹介していくつもりである。
期待していてほしい。

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波照間島で過ごした2回の夜。

僕らは両日とも日没から閉館までの時間を星空観測タワーで過ごした。

2日目、島を離れる前日の夜。

タワーを出た5人は、真っ暗な日本最南端の地へと場所を移し、横一列に並んで地面に腰を下ろした。

昼間は猛暑の島も、夜は微風が吹いて気持ちがいい。
そこで満天の星空を見上げながら、あれこれと語り合った。

「あっ、流れ星」

と、奈津ちゃんが呟く。

「こうしていると、トランスアイランドへ戻ったみたいだ…」

と、戸田君。

「今、この瞬間。私もトランスアイランド島民になってる気分です」

と、奈津ちゃんがうれしそうに語ると

「島と島は海だけではなく、この星空とも繋がってひとつなのよ」

とハルコが優しく返す。

「僕らは島に住んでいると同時に、小さな星に住んでいるんだな…」

と、スタン。

とりとめのない散文詩のような会話は続く。

「この星の輝きの幾つかが、どこかの星の小さな島の灯台の明かりだったりして…」

「じゃあ、流星が起こす気流で回る風車もあるのかな?」

「宇宙という海においては、星が島なのね…」

「だとすれば、僕らが今見上げてるのは満天の島だ」

「あっ、人工衛星」

と、再び奈津ちゃんが呟く。

上空のかなり高い場所をゆっくりと進む星がひとつ。
真っ直ぐに移動する明かりは、同じ光量でありながらも瞬く星の狭間でどこか不自然だ。

「私たちの星だけが、あんな風に異質な星でなければいいけど…」

「出来るなら、他の星同様に美しく輝いていたいね」

4人の会話の間に、何度も星が流れた。

いつか地球という僕らの星も流星となって消える運命にあるのかもしれない。

けれど、ただ真っ直ぐに果てなく天空を移動し続ける人工衛星であるよりは、その方がいいのかもしれない…

珍しく黙って皆の会話を聞く側にまわっていた僕は、同時にそんなことを考えていた。

そして、そんな身勝手な考えを、遠く南の水平線上で輝く南十字星だけには悟られているような気がしていた。

------ To be continued ------


※この作品はネット小説として20年前にアップされたものです。

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【回顧録】

僕が南洋の島々を巡る創作活動に没頭したのは90年代後半以降。
当時の僕にとって文明から距離をおいて社会を見直すポジションは「魂の選択」結果のようなものでした。

多分、何かに疲れていたのだと思いますが、人口密度の低い場所を選んでは転々としていた感じがします。

5年に及ぶ『儚き島』の執筆を重ねながら、真名哲也のように日本を離れて生活していた訳ではないのですが、このように日本国内の島を訪れる企画を作品に取り込むことで実際に現地取材をしながら脱文明生活を実現していました。

歴史を俯瞰して見れば、八重山諸島は日本であって日本でない…
そんな視座で現地を訪れたことで見えてくることが多々ありました。

夜の水平線すれすれの場所に南十字星を探し、見上げた夜空の満点の星に驚いた記録。

今や、文明社会に消極的復帰?してしまった長い僕ですが、波照間島も含めて「遠い」場所を訪れた体験は僕の血肉としてしっかり残っています。

海とか空とか、そこに吹く風とか…
誰のものでもなく、誰もにつながっている空間に包まれて日々があることを忘れない大人でいたいものです。
/江藤誠晃

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