見出し画像

072.再び空想の空から

2003.7.1
【連載小説72/260】


大きな旅の中に小さな旅があり、その小さな旅の中にさらに小さな旅がある。
旅は常に階層的だ。

何度ものクリックを重ねてウェブサイトの奥を探るのがインターネットの旅であるならば、旅の途上で魅せられた何処かに予定外の長居をするのをインナーネットの旅とでもいえばいいか…

再び空想の空、すなわち浮遊する飛行機の中でこの手記を記している。
竹富島という、かなり深い階層から石垣島、沖縄のクリックを経て、僕は羽田行きの便に搭乗した。

結局、竹富島には20日間滞在したことになる。
いい旅中旅だった。

単なる一過性の旅を超えて、その地の時間及び空間的深みに触れる階層まで関係したという意味において、竹富島は僕の人生において今後も大きな意味を持つ島になるだろう。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

石垣から東京羽田行きのJAL便は約2000km、4時間弱のフライト。
僕は、すっかり夏の南の島から梅雨の日本へと逆戻りすることになる。
そして同時に、のんびりした休暇時間からビジネスタイムへと戻るのだ。

この旅は、一方でマイペースの放浪旅でありながら、もう一方では外力に導かれるトランスアイランドエージェントとしての外遊旅である。

特に今夜は、エージェントとして重要な仕事が控えており、東京再訪の義務が生じた。
各種メディアに向けて開催されるトランスアイランドの新規移民受け入れ発表会議に、現地代表の質疑応答役として僕が参加することになっているのだ。
(プレス発表自体は広報エージェントのハルコがネットワーク上で行うから、僕はフォロー役に徹すればいいのだが…)

コミッティが7月以降に強化予定の移民政策のメインターゲットを日本としたため、開島以来初めてとなる外地説明会が催されることになった。
今後日本からの移民希望者への個別対応は、エージェントの大きな役割となるだろうから、結構重要な任務なのである。

これに加えて、『儚き島』のネットワーク出版オファーへの対応や、環境NGOとの情報交換機会が生まれ、僕は竹富島を離れて再び機上の人となった訳だ。

さて、では、これらの必要に迫られる重要案件がなければ、僕の旅はどうなっていたのだろう?

あのまま竹富島に長く留まり、もっと深くその文化に関わっていたかもしれない。
季節ごとに変化する島は、追っても追っても、またその先があるからだ。

或いは、西表島や波照間島といった他の八重山諸島を順に旅していたかもしれない。
どの島も、話を聞いたり写真を見たりするだけでも充分に魅力的な場所だから、新たな発見があったに違いない。

何れにしても、現実の旅は東京を目指している。
それらは、今となっては可能性としてあった旅の選択肢でしかない。

が、それはそれでいい。
僕にとっての八重山紀行は今回の旅中において始まったばかりのものだからだ。
あの島々への旅の続きは「今」でなく「未来」の何処かできっと僕を待っている…
そんな確信があれば、再訪と再会は必ず可能なのだ。

実は、先ほどから機内誌の頁をめくり、ふたつのルートマップを交互に見比べている。
JALの国際線と国内線の地図だ。

5月20日にトランスアイランドを離れてからの旅程を指でなぞっては途上の出来事や出会いを繰り返し思い出している。

そして、そうやって手元の地図を見下ろしているうちに湧き上がる不思議な感覚がある。
冒頭に「旅は階層的」だと記したが、大きくは2分類しかないのではないか?

「地上」と「空上」。
すなわち、ヒトの暮らす大地に降り立つ時間と、遥か高き空を飛ぶ今のような時間だ。

さらにこの不思議な感覚の解説を進めるなら、機上にいる今の時間の方が、僕にとってはよりリアリティのある時間なのだ。
言い換えると、石垣島や竹富島で過ごした時間の方が、地に足つかぬ夢のごとき時間だったということになる。

飛行機に乗ることも、地図を見下ろすことも、ある種「神の視線」を手に入れる疑似体験なのかもしれない。
こうやって旅を人生の住処とすることで、僕はヒトから離れた神の近くで寝ては覚める日々を重ねているのではないか、などと身勝手な空想を続けている。

さて、羽田着まであと1時間。
「nesia」に録音した竹富島の奈津ちゃんの三線演奏でも聴くことにしよう。
心地良い音色が、次なる夢へと僕を誘ってくれるだろう。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

東京での仕事を一段落させたら、今度は西へ飛ぼうと考えている。
先ほどルートマップを見ていた際に、ふとあるプランが心に浮かんだからだ。

竹富島で取り戻した「郷愁」感情に導かれたのだろうか?
地図上の「神戸」の文字が僕の目にとまった。
そう、今度は何年ぶりかさえ定かでない帰郷を、この旅における旅中旅にしてみようと思うのだ。
過去という階層への旅は、そのまま自身の心深きところを目指すインナートリップにもなるだろう。

懐かしい港町へ帰ってみよう。
そして、僕のベーシックな部分を育んだ、あの街の風とリズムの中にこの身を置いてみよう。
南洋を転々としてきた僕に、故郷はどんな夢を見せてくれるだろう?

------ To be continued ------


※この作品はネット小説として20年前にアップされたものです。

INDEXに戻る>>

【回顧録】

Society 5.0は、仮想空間と現実空間が高度に融合されたシステムによって実現するというのが「Society 5.0」。

手前味噌ではありますが、まだSociety4.0の情報社会の中でプロデュースしたこの作品は今から考えると、なかなか未来的?な物語だったと思います。

この頃、僕は本当に八重山諸島を取材していたし、石垣島で購入した「缶から三線」を書斎において爪弾いたりしていました。

世界各地を飛び回りながら仕事をしたいという若い頃からの夢と、物語を創作したいというライフワーク的欲求を高度に融合させて、あの頃の僕は生きていたのだと自信を持っていえます。
/江藤誠晃

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?