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TRANS ISLAND 儚き島 回顧録

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2002年2月19日から5年間260週間をかけてオンライン配信された連載ネット小説『TRANS ISLAND 儚き島/真名哲也』。スマートフォン黎明期に掌上の端末で読む未来形の小…
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2023年11月の記事一覧

093.鯨捕りの孤独

2003.11.25 【連載小説93/260】 今日は久しぶりに誰にも会わず、ひとりの一日を過ごした。 そして、ラハイナの町で手に入れた彫刻品を見ながら、いにしえの物語を空想していた。 作家とは如何なる職業なのか? 執筆や創作とは如何にして行われるのか? と、島内でもよく訊ねられる。 傍目から見れば、散歩しているか、読書をしているか、誰かと語り合っているかののどかな日々。 一般的な職業という概念からすれば、仕事外のことばかりに時間を費やしている男。 姿を見かけない

092.クジラの唄は聞こえるか?

2003.11.18 【連載小説92/260】 クジラになって泳ぐ不思議な夢を見た。 “ラハイナ・ヌーン”以降、クジラに関する様々な文献を読んだり、友人や隣人との議論をあれこれ重ねていたから、僕の潜在意識の中でクジラがかなり大きな部分を占めていたのだろう。 中身そのものが曖昧にて、覚めた後の記憶はさらに漠然としたものだが、概ね以下のような内容の夢だった。 作家である僕が、いつものようにキーボードに向かう。 自ら創作する空想の世界を思い巡らすうちに、意識が眼前のディス

091.サルに戻る楽しさと賢明さ

2003.11.11 【連載小説91/260】 島の東西海岸に小さなツリーハウスが完成した。 場所はSEヴィレッジとSWヴィレッジ。 ともに見晴らしのいい椰子の木上に組み立てられたもので、ふたりが座れる小さな小屋。 遊泳地によくあるライフセーバーの監視台のようだ。 幹の高い部分に対して十字に据え付けられた横木に、2座席が天秤のように乗っている。 高さは10m近くあるだろうか? 海に向けて少し斜めに傾いて伸びる椰子の木だから、小屋から幹をつたってぶらさがるロープを使え

090.キャンドルライトの向こう側

2003.11.4 【連載小説90/260】 珍しく深夜にこの手記を入力している。 僕が暮らす小さな小屋の窓からは月光が射しこんでいるが、仕事をするには明かりが必要で、デスクの上にキャンドルを置いている。 お気に入りのキャンドルは、半分に割った椰子の実にトランスアイランド産のヤシ油を原料とする蝋を流し込んだもので、パームキャンドルと呼んでいる。 島内各戸のナイトライフの明かりは、ソーラー充電式ライトが主流だが、こと執筆作業や読書時の灯火には微風で揺れるキャンドルの炎が