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ヴァイオリンと刀

武道と音楽の修行
QE2のクルーズで初めてお会いした古澤巌さん。香港の九龍から香港島に渡るスタークルーズの船内に刀を持ち込んできた。居合刀である。「君も居合をやってみれば?僕は毎朝早朝に道場に行っているんだよ。」との談。連日コンサートで多忙な彼が毎日稽古をしていると聞いて驚くとともに興味が沸いた。帰国後すぐに道場に参加し、ほぼ連日夜明け前の稽古場に通うことになった。刀の使い方、身体の動かし方、体重の移動の仕方、所作振舞。すべてがヴァイオリン演奏での弓の使い方や音の出し方、無駄のない身体の使い方に繋がっているという。朝の薄暗い道場の中で刀を振り上げ、振り下ろす。その動作を一身に続ける古澤さんの姿からは、武道の精神世界を探求しようとする一途な思いが伝わってきた。師匠の河西泰山先生は大柄で物静かな方であった。じっと弟子たちの動きを見ながら発する言葉は、居合の技術だけでなく、人生への向き合い方などをお話しいただくことがあった。その言葉は私の心に刻まれ、今も折に触れて思い出す。
海外と国内の旅へ
グローバルの旅では辰巳琢郎さんと古澤さんのコンビで、パリやモナコでの夜会を行い、バス数台を連ねる百数十人規模の大型ツアーを実施していた。時代が変わり、大型のツアーから少人数グループの企画に代わってきた頃、トルコのイスタンブールで演奏会を行う企画から私がツアー企画の担当を引き継ぐことになった。新しく開業したリッツカールトンホテルに宿泊し、「アヤイリネ」というモスクを会場にしてコンサートを行った。これが初めての古澤さんとの旅となり、以降30年以上に亘り十数回の国内外の旅を一緒に実施してきた。
古澤さんとの旅ではさまざまな学びがある。「人を喜ばせる」ための工夫、プロとしての仕事の流儀など、彼の姿勢や振る舞いから得ることは多い。セーヌ川クルーズの船内での演奏やルーアンの大聖堂前の夜会の折には現場で様々な会場設備の不具合が発生したが、彼はネガティブな発言を一切せず解決策に向かっていく。与えられた環境でどのように最大限のパフォーマンスができるかを常に考えていることがわかった。これがプロ根性なのだと、私自身の励みにもなり一緒に旅をつくりあげていこうという気持ちが高まった。
音楽は武道と同じように人格をも磨いていくものなのだと感じた体験である。

モスク アヤイリネ
イスタンブールのコンサート


マルタ島の夜会

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