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NOTE2回目の投稿は、MotoGPチャンピオン・マルク・マルケスの速さ、強さについて書いてみました。写真は2016年MotoGPクラスで3度目(通算5回目)のチャンピオンを獲得したときにスペイン・セルベラで開催された祝賀パレードの会場で撮影したもの。それ以降、タイトな日程で開催されたためチャンピオンパレードに行くことが出来ず残念な思いをしています。

タイトル「疲れを知らないマルケスの時代はまだまだ続くのだろうなあと思うのだ」_

 これまでマルク・マルケスの速さについて、いろんなところで書いて来たが、今回は、その繰り返しにならないように書き進めていきたい。

 マルケスは2010年に125ccクラス、12年にMoto2クラスでチャンピオンになり、MotoGPクラスにデビューした13年には20歳で最高峰クラス史上最年少優勝、そして史上最年少でタイトルを獲得。以来、7年で6度チャンピオンに輝くという驚異的なリザルトを残してきた。

 それを可能にしてきたのは、想像を絶するライダースキルとそれを支える身体能力の高さ。その身体能力を最大限に発揮するためのトレーニングとここイチバンでの勝負所でのメンタルの強さ。加えて、速く走るための考察力。それが”マルケス流”の走りを生み出してきた。

 これまで速いと評された選手はたくさんいる。試合巧者もいる。しかし、マルケスは、そのどちらも兼ね備えるライダーである。

 とにかく、速くて強い。フリー走行、予選ではよく転倒するが決勝での転倒率は驚くほど低い。彼の言葉を借りれば、フリー走行、予選では限界を探る。転倒するのは勝負どころの低速コーナーが多く、リスクの大きいコーナーでの転倒は少ない。一方、決勝では、限界を超えないように走る。その結果が、最高峰クラス7年で6回のタイトル獲得につながっている。

 現在のMotoGPクラスは、シーズン中のエンジン開発禁止、共通ECU、タイヤのワンメーク、厳しい燃費制限など、アドバンテージを築くのが難しいレギュレーションである。そのためフリー走行では1秒差に10数台がひしめき、予選は1000分の1秒単位で競われる。故に決勝では優勝のチャンスはだれにでもあると言っていい。そういう状況の中で、マルケスの乗るホンダRC213Vに特別アドバンテージがあったというシーズンは何度もない。それどころか、共通ECUが16年に実施されてからの数年はエンジンのパフォーマンスを上手く引き出せず、この状況でよくタイトルを獲得したなというシーズンが続いた。

 その昔、ホンダのお陰で優勝できた、チャンピオンになった、といわれるライダーは多い。しかし、先にも書いたが、現在の厳しい状況の中でマルケスの残してきた記録は驚異的であり、マルケスは間違いなく天才ライダーと呼ぶに相応しいものだ。それだけではない。僕がグランプリを転戦したこれまでの31年間で、これほど興奮させてくれた選手はいない。野球で言えば、最終回9回の表裏の攻防、ツーアウトになっても諦めない勝利への執着心。マルク自身が”マルケス流”という手抜きのない走りで逆転勝利を何度も何度も掴みとってきたからだ。

 そして、ここからが本題となる。マルケスの凄さをありきたりな言い方で表現すれば、類い希なスピード感覚とマシンを操るバランス感覚があるからだ。その中でも、スピード感覚の凄さは、125cc時代から存分に発揮されていたし、いま、そのころのエピソードを紹介したい。

 マルケスがまだスペイン選手権に出場していたころ、タカこと中上貴晶も一緒に走っていた。そのレースでマルケスがタカのリアタイヤを何度もつついた。それを見ていたタカの母・由比子さんが「もうほんとうにマルクったら」とマルケスのやんちゃな走りにお冠だったという。GPを参戦するようになってからもコヤマックスこと小山知良との間に同じシーンがあった。そこでコヤマックスが「おい、あぶねーだろ」とマルケスにいうと「え?なにが?どうしたの?」とあの無邪気な顔で返されてしまい、コヤマックスにしてみれば、本当に返す言葉がなかったのだそうだ。つまりマルケスにとって125ccのスピードはミニバイクと同じ感覚であり、前を走る選手のリアタイヤと自分のマシンのフロントタイヤの接触も完全にコントロールされている状態。しかし、やられている側にしてみれば、おいおいマルクよ、というものだったんだろうなあと思う。

 その後、Moto2クラス、MotoGPクラスと世界の頂点に駆け上がっていくにつれ、マルケスの走りは再三クレームの対象となる。それは「近すぎる走り」。これもマルケスの驚異的な”車幅感覚”(これは完全に天性のものですね)が相手選手を驚かせ怖がらせることになったのだが、マルケスにとっては完全にアンダーコントロールなんだと思う。いまは、周囲の批判の中で、以前のような接近戦はしなくなったが、勝負所で見せるマルケスの走りは、ライバルたちにとっては驚異。「しかけてくるのがわかっていながらやられてしまう」シーンも多く、マルケスの熱い走りにライバルも脱帽し、ファンを大喜びさせている。

 思えば、マルケスがグランプリにデビューした08年、15歳の彼は身長148センチ、体重40kgというおちびちゃん。マシンにウエイトを30kg近く積んだというエピソードが残っている。当時のチームメートのティト・ラバットはそのときすでに170cmを超えており、デカチビコンビは話題になった。それが10年、17歳になったマルケスは、非力だったKTMからチャンピオンマシンのジレラ(アプリリアのOEM)で出場することになった。身長も一気に伸びて160センチを超える。いまでも覚えているのは、10年のカタールGP開幕前日に写真を撮らせてもらったときに、すっかりお兄ちゃんの身体になったマルクを見て、今年は間違いなくチャンピオンになるだろうなあと思ったし、それからの躍進と成長は、想像を遙かに超えるものだった。

 こうして、10年以来、マルケスの強さに僕は魅了される。時間を忘れ、サインをして写真撮影に応じるファンサービスにも驚かされる。こういうことが出来るのも体力のある証拠。まだまだ、疲れを知らないマルケスの時代は続くのだろうなあと確信させられるだ。

 そんなマルケスがどんな街で生まれ育ったのか。それを知りたいと思い、15年6月にバルセロナからクルマで1時間ほど走ったセルベラの街を訪れた。その翌年、16年11月には、最高峰クラスで3度目のチャンピオンを獲得したときのパレードに参加して取材をした。以来、マルケスが優勝するたび、そしてチャンピオンになる度にセルベラの街の盛り上がりを想像することになる。そして、マルケスは間違いなく、セルベラのひとたちにとって、そして世界の子どもたちにとってヒーローなんだろうなあと思うのだ。

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マルケス祝賀パレード2



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遠藤智です。スポーツライター&写真家として世界を飛び回っています。取材対象は2輪GPなどモータースポーツが中心です。現在、東京中日スポーツ、2輪専門誌ライディングスポーツ、スポーツグラフィックNumberなどで記事を書き、写真を掲載しています。サポートよろしくお願いします。
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