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2012年イタリアGPのMoto2クラス決勝の写真を見て書いたコラムである。マルク・マルケス、中上貴晶がまだMoto2クラスに出場していた頃のオハナシ。

「天才はいるんだよ」

この写真は、2012年のイタリアGPの決勝日に撮影したものである。Moto2クラスの決勝レースがスタートして2周目。ムジェロの最終コーナーを3速で駆け下りてきたトップ集団が、4速、5速と加速し、スタート・フィニッシュラインで6速へとシフトアップしようとしているときのものだ。

MotoGPクラスなら、このストレートエンドで340km/hの最高速をマークする。Moto2クラスでも290km/hを超える。5速から6速へシフトアップするこのポイントでは、270km/hを超えて、さらに加速していくことになるのだが、「このときトップグループは10台・・・いや、10台の集団は7台へと絞られていった」という一枚でもある。

このとき、トップを走るマルク・マルケスのサインボードには、ポジションもタイム差も出ていない。ただ、マルケスに向かって、ここで出しているからね・・・という合図というかサインを送っているだけだった。そして、マルケスを追いかけるタカこと中上貴晶のサインボードは「P6」。この数周後、グランプリに来て初めてタカは、数周に渡ってトップを走ることになるのだ。

F1は勿論のこと、クルマのレースは無線で交信する。ピットと何を話しているのだろう?と、興味津々だった時代もあるが、いまでは、すべてが公開されているので、「このやろー」とか、「くそったれ」などという暴言は吐けない。まさに、管制塔と交信するパイロットのように、確認事項のやりとりが続いていたりするので拍子抜けする。自転車のツール・ド・フランスも、無線でやりとりするようになってから、勝負の駆け引き、醍醐味が、なくなってしまった。

そういうのを分かっているのだろうか。オートバイレースは、無線の交信が禁止されている。・・・それ以上に、スタートしてゴールまで一発勝負のバイクレースで、しかも45分間前後の全力疾走で、「はい、あなたと後ろの差は1秒です。追い上げられていますよ」って言われてもなあ、どうにもならんだろうなあ・・・。その昔、無線のテストをしたMotoGPライダーに聞くと、「走っているときは、とても話なんか出来ないよ」と語っていたし、バイクのレースは、いつまでも無線禁止、通信禁止のままでいて欲しいと思ったりするのだ。

サインボードというのは、走っているライダーにとっては、唯一、自分とチームをつなぐツールである。サインボードにまつわる話はたくさんあるけれど、その昔、ケニー・ロバーツという偉大がチャンピオンが語っていたこんな言葉が僕は大好きである。予選のときのことだが、彼はいつも、サインボードに残り時間だけを要求した。誰がトップタイムで、その差が何秒あるか、なんてことは、まるで必要ないのだという。その心は、「そんなことを知って、どうなる。これがいまのオレの100%。オレはいつでも一生懸命走っているのだから・・・」というものだった。

もうひとつは、大ちゃんこと加藤大治郎にまつわる逸話である。15秒も20秒も後続を引き離してトップを快走する大ちゃん。チームスタッフがサインボードで「↓」を出す。もういいからペースを落とせ、という意味だが、レースを終えてピットに戻ってきた大ちゃんは、いつも平然と、こう言うのだそうだ。「だって、ゆっくり走っていたんだけど・・・」。

天才というのは、まちがいなくいるんだろうなあと思う。ロバーツ御大も大ちゃんも、間違いなく天才だったし、天才だから言える言葉だったんだろうなあと思ったりするのだ。


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