見出し画像

世界最高のサウナはルクセンブルク郊外にあった


どんな記事か

私(Satoru)は、世界中のサウナを訪れるのを趣味としている。そうして旅の疲れを落とし、生きている意義を少しだけ思い出すのだ。

「Les Thermes」は、私の偏った見解によると、世界で最高のサウナ施設である。いつかあなたが、ルクセンブルクを旅したとき、この記事を頼りに、やさしく熱せられたタオルに鎮座して、あるいは寝転んで、滝のしぶきを、炎のゆらめきを眺めながら、静かなよろこびに包まれる。そんな日があなたに訪れることを祈っている。

つまりこの記事は祈りの記事である。

これまで私は、ハンガリー・ブダペストのキラーイ温泉(Király fürdő)を暫定1位として遇していた。しかし、コロナ渦の影響ゆえか、いまは閉業となったようだ。何事にも永遠というものはない。心のあたたまる場所には、足を運べるうちに運んでおいたほうがよい。

サウナの神さま(?)があなたを歓迎する


どこにあるのか

「Les Thermes」は、ルクセンブルク大公国の首都の郊外にある。フランスとドイツに挟まれたこの国は、おおむね神奈川県と同じ広さで、1人あたりのGDPが世界1位である。

要するにとても裕福な国なのだが、「ギラギラした感じ」はそこにはない。緑の山脈に覆われて、過剰な欲求には焦がされず、人びとは穏やかな呼吸で暮らしている(ように見える)。

この国では、公共交通機関が無料である。鉄道も、トラム/路面電車も、バスも、すべて無料だ。国際空港から旧市街へも、そこから地方の町までも――なにしろ小さい国なので、1時間くらいで国境沿いまで行けてしまう――、あなたは1ユーロも払わずにアクセスできる。私の知る限り、この地球上において、そのような国はルクセンブルクのほかにはない。


いくらかかるのか

24.5ユーロを払えば、あなたは時間の制限から解き放たれ、サウナとプールをたのしむことができる。

この価格設定をどうみるか。正直なところ、私はすこし高いと思った。私の愛する日本の施設は、静岡の「サウナしきじ」と、東京は稲荷町の「寿湯」であるから。けれども、ここでの体験の価値とを比較衡量すると、そうした考えもほどけていった。高いと思ったら、高いまま払えばよいのであった。


なにを留意すべきか

ヨーロッパでは珍しくないが、ここも男女混浴なので、抵抗を感じる向きがおられるかもしれない。サウナ室は薄暗く、穏やかな空間が醸されており、じろじろと他人の裸を凝視する輩はまずいないのだけれど。

「Les Thermes」は、サウナ室・浴槽では裸。それ以外のレストラン等ではバスタオルまたはガウン着用、というのが基本スタイルだ。

私は念のため水着を持参したが――たとえば、イスラエルのティベリア温泉では水着だったので――、このサウナでは不要であった。バスタオルは受付でレンタル可能だが、ホテルから持ちこむのも妙案だ(私はそうした)。

それから、注意書きはフランス語とドイツ語だけである。私はロッカー施錠のやり方がわからず往生した。「リストバンドの磁石をロッカーの番号部分に当てれば施錠も解錠もできる」旨の記述が読めなかったからだ。

でもまあ、そういう類の困惑こそが、異国の地で温浴施設に飛び込む醍醐味とも言える。同好の士におかれましては、ネタバレをしてしまって、お詫びを申し上げます。

ちなみに、サウナの解説文は、しばしばドイツ語に限られる。まあ、なにも読めなくとも、およそ10種類もあるサウナ室の特色は一目して瞭然である。マナー面についても、大勢の動きに従っていれば心配は無用だろう。

アウフグース(まごうことなきドイツ語だ)は、約1時間おきに催される。中庭のドア近くの銅鑼をスタッフが叩く。「ゴワぁ~ん」というアジア的な残響音。それを合図に、老いも若きも、目的のサウナ室に向かって歩を進めていく。どことなく動物園のエサやりを思わせる、そんな光景を前にして、あなたは特段の信念なしに流れてゆけばよいだろう。

熱波師/アウフギーサーが氷の塊を石山にくべる。巨大なゲイラカイトに似た扇子が、小刻みに空気を攪拌し、清涼なレモングラスの香りを鼻腔に運ぶ。熱風がじりじり皮膚を刺激する。汗が流れていく。汗と一緒に何かが流れていく。アウフグースの時間は約5分。熱波師に拍手が送られる。


アウフグースの時間割


どんなサウナがあるか

施設では写真撮影が許されない。よって、その保持能力に欠落を抱えることで知られる私の記憶力に頼るほかはないのだが、そこには、

肌に柔らかい水蒸気で満たされたトルコ式サウナがあり、
約60℃の微温空間で手足をのばせるバイオサウナがあり、
ドーミーインなど日本でもおなじみの乾式サウナがあり、
BBQの鉄板らしきもので焚き上げるハーブサウナがあり、
熱せられた椅子に背中をつける溶岩赤外線サウナがあり、
高温にて低湿なる木組みのフィンランド式サウナがあり、
ガラス越しに天井から水が流れ落ちる滝水サウナがあり、
S字カーブの寝椅子に海辺の香りが漂う塩サウナがあり、
中央のストーブで薪が爆ぜるのを眺める炎サウナがあり、

それから、
18℃の水風呂と、
30℃の温水プールと、
35℃のジャグジーがあり、
火照った身体を外気にあてるための寝椅子が並んでいた。

私は、2024年に、この施設を2回訪れた。

白雪のなかでチルアウトして融通無碍となった1月の外気浴も、夜9時でも明るく涼しいヨーロッパの恵みに瞑目した6月の外気浴も、それは身に余る僥倖ともいうべき体験であった。

スマホの通知に追われることのない時間は、たちまちに溶けて、気がつけば閉館のときが近づいて、やがて現実とも向き合わざるを得ないのだけれど、しかし、そこにひとつの救いがあるとすれば、それは、ホテルへの帰り路、ウェルビーイングの余韻を反芻し、おだやかな明滅に身を沈めるひとときを、無神経な資本主義の決まりごとに邪魔されることのないように、ルクセンブルク大公国が、あなたのために小さな計らいをしてくれていることだ。そう、この国では、公共交通機関が無料なのである。



ルクセンブルクのうんこ


ここから先は

506字 / 16画像

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?