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おやじの裏側 viii ( 8. オレ、失踪事件)

これから書く記事(複数)は、皆さんの知らない私(オレ)の父親(おやじ)の裏側の顔の紹介です。
私は自分のことを「オレ」と言ったこともなければ、父親のことを「おやじ」と言ったこともありません。
 
おやじはキリスト教会(プロテスタント)の牧師です。
牧師としての顔が「おもての顔」ということになります。
教会員からすると、「うらの顔」は、主として家庭で見せる顔と言えるのでしょうか。
オレはその両方を覗くことができる立場にいたのです。
 (ここまでは、「おやじの教訓(まえがき)」の書き出しよりのコピーです。)

 (この記事は、ここから始まります)
SG荘が遠すぎる。
帰りはいつも途中からは一人旅だ。
時には途中の寺院の庭で友達と遊んで帰る。
いや、その前には、学校の裏山の竹やぶで陣取り合戦を繰り広げる。
 
友達との放課後の遊びが終わると、
オレは独りぼっちになる。
 
うまい具合に友達と一緒に
帰るチャンスがあっても、
必ずどこかで別れなければならない。
 
それでも・・・時には・・・
帰るのを遅らせたくなる。
 
そんなある日、
オレは仲の良い友達と
別れたくない気持ちが強まった。
いつもは左右に分かれないといけないのに
オレは友達と一緒に彼の家に向かった。
 
友達が寄って行かないかと誘ってくれたからだ。
今ではその友達の名前も浮かばない。
転校してからは会ったことがないからだ。
彼の家に行ってびっくりした。
 
今なら普通に目にする建物だ。
4階建ての新築アパートの1室だ。
友達の後ろからおずおずとついて行く。
確か2階の場所が友達宅だ。
 
オレが退職してから、T君を訪ねた時に
ついでにその友達が住んでいた
4階建てのアパートがあるかどうか知りたくなった。
行くと、前と同じ場所に同じアパートが厳然として建っていた。
 
その同じ家族がいるとも思えなかったので、
アパートまでは行かなかった。
その同じアパートを見た時
オレは懐かしさで感激した。
そして、その家に一緒に行った時のことを
急速に思い出したのだ。
 
オレの友達が入り口のボタンを押すと
どんな音かは忘れたが、
中から、友達の母親が姿を見せた。
 
「まぁ、○○チャン、お入り、おはいり」
オレは玄関でもじもじする。
自分の家よりも高級感が
オレをもじもじさせた。
 
おずおずと入ると、
おばちゃんがいそいそと
オレたちにジュースを用意してくれた。
オレはどう行動していいかわからない。
 
頭の中では(もう帰らないと・・・)という気持ちが
右往左往していた。
 
おやじの顔が浮かんでは消えた。
おやじの顔が出現すると、
(帰らないと・・・)と思う。
ところが、おばちゃんはオレをとどめようとしてくる
 
「○○チャン、夕ご飯を食べてから帰りなさい」
モジモジ・・・!
帰らないといけない、などという勇気がない。
「いいんでしょ? 食べて帰りなさい」
オレはうなずく。
 
 
友だちと楽しいはずの時間。
オレの家にはないようなゲーム。
2人で遊ぶ。
楽しい。
時折出てくるおやじの顔。
 
そうこうするうちに、
おばちゃんが夕ご飯をテーブルに乗せる。
 
オレの家では食事前には
家族全員がそろってから食事が始まる。
 
正確に言うと、始まる前に
「食前の感謝の祈り」がある。
 
主におやじが代表して祈る。
その終わりに、家族全員で「アーメン」と言う。
それが終わると、
息せき切ってわずかなご飯にかぶりつく。
 
友だちの家の夕食は
カレーライスだった。
 
おいしかった。
勧められるままに
お代わりまでした。
 
窓の外が薄暗くなるのを
オレは見ながら心細くなる。
たびたび出てくるおやじの顔。
どんな顔をして出てきたのかは
思い出せない。
 
オレが小学生の時には
普通の家庭には電話はない
スマホなどと言う言葉もなかったのだ。
 
「もう家に帰らないといけないです」
「まぁ、そんなに急がなくていいんじゃない?」
「いや、その・・・ボソボソ・・・」
 
そんなやり取りをしていると、
玄関の(今式に言えば)ピンポ~ンが鳴る。
 
「は~い」
 
「すみませんが、お宅に○○はお邪魔していないでしょうか?」
 
「まぁ、○○ちゃんのお父様、いますよ。そろそろ帰ろうかと言っていたところですよ」
 
「○○ちゃ~ん、お父さんがお迎えに来ましたよ」
 
オレにとっては衝撃的なおやじの登場だ。
 
急いで玄関まで走る。
 
「○○ちゃん、ランドセル忘れてるよ」
 
おばちゃんがランドセルを持ってきてくれる。
 
玄関に行くと
 
おやじが立っていた。
 
おやじがおばちゃんに
しきりにお辞儀をしていた。
 
玄関でお別れの儀式。
ドアを閉めながら、またお辞儀だ。
 
オレは、ただただ呆然としていた。
まるで失踪事件の張本人だ。
 
さすがに辺りは暗くなっていた。
 
「お父さんは、探したんだよ」
オレは無言だ。
オレは落ち込んでいた。
相当叱られるという覚悟だ。
 
「楽しかったか?」
 
「うん」
 
「夕ご飯も食べたんだって?」
 
「うん、カレーライスだった。」
 
「おいしかったか?」
 
「うん、おいしかったよ」
 
「そりゃぁよかったな」
 
「うん」
 
「お母さんも心配してるよ」
 
 
「ごめんなさい」
「無事だったから、良かったけれどね」
 
「・・・」
 
「おとうさん、どうして◇◇ちゃんの家にいるって分かったの?」
「お前の友達の家で知っている家を全部訪ねて回ったんだぞ」
「それでもよくわかったね」
「T君の家で聞いたら、◇◇ちゃんの家じゃないかって」
「あ~、良かった~」
「でないと、分からないままだったんだぞ」
 
オレはわかってよかったと思った。
◇◇ちゃんの家には行ったこともなかった。
帰りに◇◇ちゃんと一緒だったことはあまりなかったのだ。
帰りに寄り道をするお寺での遊びに
◇◇ちゃんが一緒だったこともあまりなかった。
 
何故彼の家に吸い寄せられたのか
全く思い出せない。
オレの家とはとても違うことで
オレの中では冒険談となっている。
 
オレの失踪事件は
おやじと帰宅したときに決着がついた。
 
家族全員が飛び出してきて
口々にどこに行っていたのか、など聞かれた。
 
オレが家の中で中心的存在になった事件だった。
 
 

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